閑話 彼は色んな意味で「夜王」だった


 当機の利用目的を思えば、そういった場面に出くわさない方が、むしろおかしいというものだ。


 ゆえにこそ、従業員達の大半はそれに対して、慣れきった状態となっている。


 だが新人となれば、そういうわけにもいかず。


「……なんか、メチャクチャですね、この職場」


 待機ルームにて。

 ボソリと呟いた彼に、先輩従業員は肩を竦めながら、


「まぁな。俺も入りたての頃は戸惑ったもんだ。なんせ一般的な社会倫理から、大きく外れた空間だからな、ここは」


 愛を育むための営みというのは、様々な事柄を弁えながら行うべきである、と。

 そのような倫理観が、この場においてはまったく機能していなかった。


「金持ちが思う存分、欲望をぶちまけるための場所。そんな異世界めいた空間なんだよ、ここは。そこについちゃあ、お前も理解して入ってきたんだろ?」


「えぇ、まぁ、それはそうなんですけど」


 つい数時間前のことを思い出しながら、彼は呟いた。


「……世の中、ずいぶんと不公平なもんですね」


 天井を仰ぎ見る彼へ、先輩は苦笑を浮かべつつ、


「あ~……アレか? 四八号室の」


「えぇ。もうかれこれ一〇回ぐらい、ルームサービスの注文を受けてて……」


「はは。そりゃあヘコむわな。俺でも衝撃を受けたぐらいだし」


 先輩は当機にて一〇年も務めた、ベテランの一人である。

 ゆえにこそ、どのような客がどのようなことをしていても、メンタルが揺らぐようなことはない……はずだった。


「俺のキャリアを振り返ってみても……アレほどの光景を目にするのは、初の経験だ」


 煙草をくわえ、火を点けながら、先輩従業員は言葉を紡ぐ。


「大概の客は囲ってても二、三人ってところだが……四八号室のあいつは、八人も相手にしてやがる。しかも、全員が全員、見たこともねぇってぐらいの美形で……恥ずかしながら、前屈みになっちまったんだよな、部屋に入った瞬間」


「せ、先輩でさえ、そんなふうになってたんですね」


「あぁ。だからまぁ、アレだ。お前が職務中にトイレ篭もりしてたことについちゃあ、誰も咎めやしねぇよ。本当はゲンコツものなんだけどな」


「うっ。す、すいません。どうしても、我慢出来なくて」


「まぁ、しょうがねぇよ。アレを見て自制心を維持出来るような新人なんて、この世のどこにも居やしねぇんだからな」


 紫煙をくゆらせる先輩。その慈悲に感謝しつつ、彼は次の言葉を投げた。


「……あいつら、いったい何者なんですかね?」


「客の素性なんざ、興味を持つもんじゃねぇ……と、普段ならそう言ってるところなんだが、俺も気になっちまってな。色々と、調べてみた」


「おぉ! そ、それで?」


「まず、大半がリングヴェイド王国の人間だ。しかも、かなりの有名人が揃ってる。赤髪のあいつなんか、特に有名らしいな」


「あ~……エグい腰振りしてた彼女、そんな感じだったんスね……」


 実のところ。

 彼はそれなりのプレイボーイであるため、異性との経験は豊富であった。


 しかしそれでも、彼は心の底からこう思う。

 あんな騎乗技術を味わったなら、一〇秒ともたないだろうな、と。


「で、ピンク髪の奴はなんと、王女様なんだってよ」


「あ、あんなにも下品な喘ぎ声を出す人が、一国の王女様……」


 抱えられた状態で、凄まじい嬌声を放っていた彼女。

 この世界においては、存在しない動物であるが。

 彼の脳裏には、まるでオットセイの鳴き声じみたそれが、ずっと焼き付いている。


「んで、黒髪のやつは、公爵家の御令嬢様、だとか」


「……リングヴェイド王国の貴人達って、淫乱な人が多いのかな」


 別の相手と行為に及ぶ、件の少年。

 そんな彼の手によって、あまりにも卑猥な言葉を叫びつつ……


 見たこともないぐらいの痴態を晒した、彼女。


 きっと普段は厳かな武人めいた姿を見せているのだろうが……

 ベッドの上においては、とんでもないドスケベであった。


「あと、これは不確定な情報だが……金髪のやつは、男の妹っぽいんだよな」


「えっ、マジっすか」


「あぁ。けどま、別に不思議な話でもないけどな。ここに勤めてりゃ、そういう客なんざゴロゴロと見かけるわけだし」


「まぁ、俺も別に、偏見みたいなのはないっスけど……」


 ただ、羨ましくはある。


 小悪魔めいた美貌と、小柄な体には不似合いな爆乳。

 あれほど男好きする美少女であれば、もはや血縁者であろうと関係はない。


 実際、件の少年は躊躇いなく、彼女との行為を楽しんでおり……


 乳房に挟み込んでフィニッシュを迎えたときの姿には、羨望を抱かずにはいられなかった。


「金髪といえば……中性的な見た目のあいつも一応、貴族の令嬢様、らしいんだが。家柄はけっこう下の方なんだろうな。特に有名って感じじゃなかった」


「まぁ……名が知れてようがいまいが、彼女の尻が世界レベルだってことには、違い

ないっスよね」


 アレを揉みしだきながら、腰を打ち付けられたなら、どれほど気持ちがいいのだろう。


 ……それを実際にやっている人間が居るという現実が、ひどく呪わしく感じられる。


「え~、ところで先輩。白髪の彼女は?」


「白髪っつっても、二人居るだろ? どっちだよ?」


「褐色肌の方っス」


「あ~、あいつな。全体的にとんでもねぇ淫乱の」


「ヤバいっスよね、彼女。あんなデッカいのを躊躇いなく、奥までいっちゃうんだから」


 窒息死するのではと、心配になってしまう一方で……

 そのえげつない運動速度と、技術力には、様々な意味で脱帽する。


「しかも最後まで離さないし……」


「あぁ。どうなってんだろうな、アレ。ぜったい吐くだろ、普通」


 と、ここで話が脱線したことに気付いたか、先輩は今一度、紫煙を吐きつつ、


「あいつの素性については、まったくわからなかった。まぁ、一般人じゃねぇかな」


「……あんな一般人、この世界に居るんですね」


「付け加えると。もう片方の白髪な。あいつも一般人だ」


「え~……? ど、どう考えても、超高級娼婦でしょ、アレ」


「あぁ。奴の超絶テクを一瞬でも目にすりゃあ、そう考えるのが普通だが……信じがたいことに、マジでガチの一般人だ」


 手技、口技、足技、乳技。

 全てにおいて、超一流のさらに先を行く、白髪白肌の美少女。


 年の頃は一〇代半ばといったところだが、しかし、そんな年齢であるにも関わらず、その道を極め尽くしたといっても過言ではなかろう。


 そうした彼女の実力と才覚は、驚嘆に値するものだが……


「相手取ってる奴の方は、もっと上手うわてなんスよねぇ……」


 あまりにも凄まじいシンボル・スペック。

 残弾数はまさに無尽蔵。


 それだけでも十分に驚異的だが、やはり特筆すべきは、白髪白肌の彼女をも敗北に追い込むほどの、圧倒的な技術力であろう。


「……自慢じゃないですけど、俺、かなり経験値高めなんスよね」


「あぁ。こっちも自慢じゃねぇが、一〇〇〇人から先は数えてねぇ」


「でも……」


「そうだな。白髪のあいつを俺等が相手取ったなら、きっと一〇分かそこらで終わりだろう。当然、こっちの惨敗だ」


「俺等が枯れ果ててる一方で、余裕の笑みを浮かべてそうですよね、彼女」


「あぁ。……そんなあいつを、あれほどコテンパンにやれるような男は、この世に二人と居ねぇだろうな」


 信じがたいことに。

 そんな彼女を含めて、八人も同時に相手取っているのだから。

 アレはもう、人間の領域を遙かに超えているとしか思えない。


「で、だ。獣人族の嬢ちゃんだが」


「彼女は一般人でしょ? さすがに」


「あぁ。紛うことなき一般人だ」


「ですよね~」


 他の面々と比べて、獣人族の彼女はやや劣後している。

 肉体的に見ると、憐れに感じるほど、恵まれていない。

 だが、それでも。


「なんか、グッとくるものがありますよね。あぁいう子に頑張ってもらってると」


「そうだな。普段は癒やし系って感じなんだろうが……そういうのがベッドの上であぁいう一面を見せてくると、男としちゃあ強い感慨を覚えるってもんだ」


 才能に恵まれず、技術的にも拙い。

 だが、心意気は十分。


 そんな彼女の成長を願うと同時に……

 その恩恵を誰よりも享受出来る少年へ、強い嫉妬を覚えてしまう。


「女の子の方は、だいたいわかりましたけど……」


「あぁ。そいつらを全員、もう三日も相手にしてるあいつ、な。どうやら祖国じゃあ、夜王って呼ばれてるらしいぜ」


「……大抵、そういう大仰なあだ名で呼ばれてる奴って、実はたいしたことなかったりすることが多いと思うんですけど」


「まぁな。実は俺も、そっちの界隈じゃあ同じあだ名で呼ばれてたんだけどよ。あいつに比べりゃあ、俺なんざチェリーボーイですらねぇ」


 奴こそが、正真正銘、本物の夜王だと。

 そんなふうに言い合った後。


「ていうかあいつら、リングヴェイド王国の出身なんですよね? だったら行き先は」


「あぁ。どうやらセルエナからリングヴェイドに帰還するのが目的、らしいんだが」


「……もうとっくに通り過ぎてますけど。次に到着すんの、今から一週間後なんですけど」


 延長料金さえ払えば、当機に乗り続けること自体は、問題ない。

 ゆえに彼が気にするのは、やはり。


「もう三日も四六時中、ぶつかり合ってるっていうのに……まだアレを、一週間も続けるとか……」


「いや。もしかすっと、さらに延長するかもしんねぇぞ?」


「えぇ……そんなのもう、人間じゃないでしょ……」


「実際のところ、四八号室の奴等はバケモンだと思った方がいい。だからまぁ、アレだ。今から一週間以上、俺達ゃあ奴等に悩まされるってこったな」


 と、先輩がそんな結論を出すと同時に。

 魔導式の通信器機が、鳴り響いた。

 発信元は……件の、四八号質。


「噂をすれば影ってやつっスね……」


 もうこの時点でげんなりしつつ、彼は通信機を取って、


「はい。どのようなご用件でしょうか」


 仕事モードに切り換えて、応答した、次の瞬間。



『んっ……♥ ド、ドリンク、を……持ってきて、ちょうだい……♥』



 あまりにも艶っぽい声。

 その主は、おそらく赤い髪の美女であろう。


「……ご注文の内容を、お聞かせ願えますか」


『んんっ……♥ な、なんでも、いいから……♥ 適当に…………んはぁんっ♥』


 先輩に目を向ける。

 と、彼は首を横へ振った。

 こういうことはよくあると、いわんばかりに。


 だからこそ。

 赤髪の美女が言葉を紡ぐ最中。

 ずっと背後にて鳴り響いている……



 パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!



 という、破裂音じみたそれについては、気にしないようにした。


「はい。ご注文の方、承りました。しばらくお待――」


『んきゅううううううううううううううううううっ♥』


 どうやら件の少年と、赤髪の美女とで行われていた一戦には、決着がついたようだが。


『お掃除しますねぇ~♥』


『わたし、も……♥』


 こちらが向かう頃には、また新たな一戦を展開させているとみて、間違いなさそうだ。


『『んぁ~むっ♥』』


 通信機の向こう側で、行為が始まると同時に。

 音声が、切れた。


「……まぁ、アレだ。多少時間掛かっても、文句は言われねぇだろうから」


「……えぇ。万全な状態にコンディションを整えてから、行ってきます」


 かくして。


 新人従業員の彼は、一〇〇年に一度現れるか否かといった珍客に、さまざまな意味で悩まされながら――


 独りトイレへと、向かうのだった――






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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