第七七話 勝者となったのは、俺の方だ


 セシリア・ウォルコットは平時において、人類種の姿を装っている。

 だが実のところ、彼女は魔族の一種……サキュバスだ。


 そんなセシリアには、いくつかの特殊な能力が備わっていた。


 その一つに、精神世界への誘致というものがある。

 これを以て、サキュバスという種族は対象の心を自らの精神世界へと引きずり込み……


 意のままに操ることが、可能であった。


 しかしてそこには二つの弱点が存在する。

 まず一つは、対象の数が単体に限られるということ。

 そしてもう一つは、悪影響を無効化する異能を持つ者に限り、コントロールが出来ないということ。


 それらの弱点はアルヴァートにとって、好都合なものだった。


 よしんば奴を精神世界へ誘ったとしても、逆にセシリアの方が追い詰められることとなろう。


 なぜならば、奴もまた俺と同じ異能を有しているからだ。


 適応によって悪影響の全てを無力化し、そこからさらに幻覚催眠で以て、セシリアを逆にコントロールしたなら……俺は妻の一人を敵に回すこととなる。


 だが。

 それらの弱点を全て、排除することが可能となったなら。


 アルヴァートを消し去るための策が一つ、浮き上がってくる。


 そのことについて――

 次の瞬間。


「腕輪型の魔装具。アレを使えば、精神世界に入れ込める対象人数が増加すると、お前はそう考えたんだよなぁ?」


 アルヴァート・ゼスフィリア。

 今の俺とまったく同じ外見をした敵方、だが……


 人格が違えば、ここまで人相が変わるものなのか。


 姿形こそ同じでも、その風貌から受ける印象は、きっとこちらのそれとは別物であろう。

 そんなアルヴァートは得意満面な調子で、言葉を紡ぎ続けた。


「複数の対象を精神世界に引きずり込めるとなれば……色々と、選択肢が浮かんでくるよな。二人に増えるってだけでも十分に、俺を消すためのプランが何種類も思い付く。実際、腕輪の存在を知った瞬間、お前は大量の策を考えやがった」


 アルヴァートは言う。

 本当に大した奴だ、と。


 だがそれは素直な称賛ではなく、嫌味や皮肉の類いであろう。

 あるいは……勝者の余裕といったところか。


「対象人数が二人なら、俺とお前を精神世界に引きずり込んで争わせるってプランが、一番手っ取り早い。ただそうなると……以前、セシルとやり合ったときみてぇに、互いの異能を打ち消し合うことになるんだよな。そこへさらに、基礎能力がまったく同じってところも加味したなら……リスクが高い、と。お前はそう考えた」


 その他の策についても、確実性がなく……

 次に奴が語った内容についても、当時の段階においては、勝率一〇〇%と断言出来るものではなかった。


「対象人数が三人までとなれば。俺とお前、そしてエリーゼの三人を入れ込むのがベストな選択になる。純粋な戦力と精神的な強さを思えば……リンスレットとかいう、わけわかんねぇババァも択に入っては来るんだろうけどな」


 それをあえてしなかったのは、彼女の不確定要素があまりにも強すぎて、展開の先読みが困難であったからだ。


 ともすれば精神世界にて、簡単にアルヴァートを討ち取り、消し去るかもしれない。


 だが一方で。

 アルヴァートの能力が彼女を上回り、結果として俺が消えるという可能性も否定出来ない。


「お前はそういう奴だよな、偽物。なんでもかんでも、自分でコントロール出来なきゃ気が済まねぇ。そっから外れるようなことはリスクが高いと判断する」


 だからこそ。


「お前にとっての最適解は……エリーゼの異能を利用するって内容だった」


 そう。

 彼女の身に宿る存在消滅は、単なる隠密能力では断じてない。


 そこにはある程度の応用性が秘められており……


 特に今回、注目したのは。

 概念系の魔物に対する、特攻性能である。


「エリーゼの異能は、実体を持たねぇ相手を問答無用で消すことが出来るんだよな。だからゴーストとか、そこらへんの魔物に対しては無敵といってもいい。んで、当然……今の俺達は精神体なわけだから、存在消滅の対象範囲ってことになる」


 エリー以外の存在をここへ招いた場合、アルヴァートの消去法は交戦の末に勝利を収めるといった内容に限定されるわけだが……


 そこをリスクに感じた俺は、奴が述べた通り、エリーの異能に頼ることを最適解と捉えた。


 しかしながら。

 そこにも不安要素が存在する。


「確かにエリーゼを利用すりゃあ、戦わずして俺を消せるだろうよ。ただ……それを思い付いた時点では、エリーゼを完璧に信じ切ることが出来てなかった。そうだろ? 偽物」


 あえて反論はすまい。

 実際のところ、俺の人間不信は完全に消え去ったわけではなく、そうだからこそ。


「口じゃあどんだけ愛を囁いていたとしても。結経のところ、お前はエリーゼのことを信じちゃいなかったってわけだ」


 嘲笑うように、こちらを指差して笑う。

 そんなアルヴァートへ、俺は次の言葉を返した。


「言い訳をするつもりはない。事実、その時点においては君の言う通りだった。しかしながら……今は、違う」


 俺はエリーのことを、完全完璧に、信じ切っている。

 だからこそ。


「くくくくく。そうだよなぁ。エリーゼは今回、とことんお前の味方だったし、誰よりも役に立ってた。ツラが良くて、体がドエロくて、そのうえ優秀かつ従順。こんなメス豚を、信じねぇって方がおかしいわな」


 アルヴァートはこちらへの嘲弄を見せ付けたまま、次の言葉を紡いだ。



「だからこそ…………俺は、おかしな人間ってことになるわけだ」



 ここに至り。

 アルヴァートは冷然とした表情となりながら。

 エリーへと視線を向けて。


「俺はお前を高く評価してる。そこはマジだ。けどなぁ……信頼ってのはさ、対等な人間に向けられる感情なんだよな。だから……俺が、お前みたいなメス豚を、信頼するわけねぇだろ」


 高評価も結局のところは、性処理ようの肉便器としてのそれでしかなく。

 アルヴァートはとことん、エリーのことを人として見ては居なかった。

 それゆえに。



「偽物君よぉ~。ここいらで……お前の前提条件を、覆させてもらおうか」



 そう述べた後。

 アルヴァートはエリーへ命令した。


「おい。隠してたアレ、そこの間抜けに見せてやれ」


「……はい、ご主人様」


 エリーは無表情のまま、自らの下腹部へと手をやり……


 次の瞬間。

 そこへ、紋章が浮かび上がる。


 果たして、それは。



「……誓約の魔法による、刻印」



 ルミエールとセシルにも刻まれているそれが、今、エリーの下腹部にある。

 俺は彼女に誓約をさせた覚えがない。

 となれば、残された可能性は一つ。


「そう! 事前に仕込んどいたんだよ! ここで高笑いするためになぁ!」


 勝ち誇ったように胸を張りながら、アルヴァートは叫び続けた。


「エリーゼよぉ~! お前は内心、こっちを裏切って偽物に付こうとしてたんだろぉ!? バレてねぇとでも思ったのかよ、この薄汚ぇメス豚がッ!」


 奴は言う。

 邪神の肉体に移った後のファースト・コンタクトの時点で、エリーの思考は把握していた、と。

 そのうえで。


「あえて泳がしたんだよッ! この結末を見越してなぁッ!」


 きっとエリーは、自らの意思で全てを実行していたと、そう考えていたのだろう。

 だが実際は、違っていた。


「幻覚催眠ってのは実に便利な異能だよなぁ~? 仕掛けられた当人は、それに気付けねぇまま、こっちの思い通りに動きやがる」


 エリーは今に至るまで、アルヴァートに操られていた。

 自らの情念はそのままに、しかして、無意識の領域を支配され……

 だからこそ。

 アルヴァートは言う。


「なぁ偽物。お前でさえ、気付けなかったろ? エリーゼがそっちの味方に見せかけた、俺の駒だってことをさぁ~」


 巧妙に仕掛けられた幻覚催眠。

 確かにそれは、見抜けるものではなかろう。

 何せ当人の感情や思考そのものは一切、弄られていないのだから。


「誰よりも役に立ち、常々、自らの想いをぶつけ続けてくる。そんな女に、心を開かない男は居ねぇ。結果として、お前でさえエリーゼに気を許し……リスクが高いと判断した策を、実行することに決めたってわけだ」


 まるで支配者然とした笑みを浮かべながら、奴は自らの策略を語り始めた。


「エリーゼに幻覚催眠を付与しつつも、当人の思考や人格には一切関与しない。となれば必然、お前はエリーゼへの信頼を深めていく。その結果、俺を消し去る方法を、存在消滅の異能を用いたそれに決定する、と……そこまで読めたなら、後は簡単だ」


 事前も事前。

 最終決戦のギリギリまで、泳がせた後。


 こちらがエリーに対して、完全に無関心となるであろうタイミングで。

 誓約の魔法を仕込む。


「エレノアとかいうメスガキに、お前はずいぶんとご執心だったよなぁ~? 取り戻した欲を遠慮なくぶつけまくって、四六時中サカってやがった。その頭にあるのは、メスガキの体だけ。エリーゼのことなんざ、気にしちゃいなかったろ?」


 それを隙とみなしたアルヴァートは、幻覚催眠にてエリーを操り……


「誓約させたのさ。このタイミングが来たなら、……偽物、お前の方を、消し去れってなぁ」


 なるほど、なるほど。

 やはりアルヴァート・ゼスフィリアという男には、悪だくみの才覚がある。


 客観的に見れば、俺が追い詰められているように映るだろう。


 何せ、前提が覆されたからな。


 エリーが消し去るのは、自己意思でいえば間違いなく、アルヴァートの方だった。

 そこを前提として、全てが進行していた。


 しかし、その全てがアルヴァートに読まれており……


 奴は俺達を出し抜いたのだと。

 そんなふうに、見えるのかもしれないが。


「やはり、君への評価を高くしておいて、正解だったよ」


「……あぁ?」


「クラウスの中に宿っていた彼は、最終的に二流の人間となったわけだが……君に対する評価は、最初から今に至るまで変わらない。そう……頭が良くキレる、最低最悪の極悪人だと。俺は君の存在を、そう捉え続けてきた」


 だからこそ。


 こういう状況を仕組んでくるだろう、と。

 早期の段階で、結論付けていたのだ。


 そしてそれは、つまるところ。

 現状が俺にとって、対処不能な窮地でないということを、意味している。


「君がこちらの内側に居たとき、全ての情報は筒抜けとなっていた。それが維持されていたなら……敗者となっていたのは、こちらの方だったろうな」


 そう。

 奴がこちらから分離した時点で、カンニングと呼ぶべき思考の共有は失われ……

 我が策略に思い至らぬまま、アルヴァートはここへ至ったというわけだ。


「……おい、エリーゼ」


「はい、ご主人様」


 悠然としていたアルヴァートは、しかし、そこへ僅かな不安と緊張を宿しながら。


「偽物をッ! 今すぐに――」


 消してしまえと、そう叫んだのだろう。

 だが、しかし。

 その声は、誰の耳にも届いてはいない。


「詰めの甘さというべきか。あるいは、のかな? まぁ、いずれにせよ――」


 こちらの呟き声もまた、きっと誰の耳にも届いてはいないだろう。

 そんな状況にて。

 俺は確信を持ちながら、次の言葉を紡ぎ出した。



「――勝者となったのは、俺の方だ」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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