第七二話 失敗した主人公の末路(前編)
この世に生まれ出でてより、一九年。
全く以て――情のない人生であった。
魔法の天稟を有していたがゆえに、貴族たる両親は幼少の頃から華を愛でるように接してきたが、しかし。
彼等の愛情はあくまでも、才覚に向けられたものでしかなかった。
そこを除けば結局のところ、こちらには価値などないのだと。
そんなふうに常々言われているかのようで。
アルト・リステリアにとっての家庭は本質的に、居心地の悪い空間でしかなかった。
で、あるからこそ。
彼は外の世界に、自らの孤独を埋める何かを求めたが……
誰一人として、寄り添ってはくれなかった。
才に対する羨望と嫉妬。
才に対する憧憬と打算。
彼を肯定する者も、否定する者も、皆総じて、アルト・リステリアという人間を見てはくれず……
それならば。
人との交わりではなく、使命や職務に没頭することで、孤独を忘れようと考えた。
以降は魔法の才を磨くだけでなく勉学にも積極的に取り組み、そうした努力の甲斐あって、学園卒業後、宮廷魔導士という立場を獲得するに至る。
王に仕える者としての職務は多忙を極めたが、そうだからこそ、孤独を感じるようなこともなかった。
そんな日々の中で、アルトは自らの使命と立場に、生きる意味を見出しつつあったのだが……
出世頭へと至りつつある彼を妬んだ同僚と、出る杭を打ちたい上司の画策により、無実の罪を着せられ、国外へと追放される。
そのような帰結を迎えた瞬間、アルトは失意の底へと沈んだ。
職務と使命を奪われたなら、残っているのは不要な才覚と、強い孤独感のみである。
それでもなお自害を選ばず、生き恥を晒し続けたのは……
不本意なまま人生を終えるという敗北を、認めたくなかったからだ。
この世に生まれ出でたなら、誰だって、幸せになる権利を持っているのではないか。
そう。
自分にだって、それは、与えられているはずのだ。
なのになぜ、こんな、不幸な人生のまま終わらなくてはならないんだ。
そんな意地と執念の果てに。
アルトは学術都市・セルエナへと辿り着き……運命の出会いを果たす。
エレノア・サンクトゥム。
下衆な悪意から救い出したことで、アルトは彼女との縁を得た。
浮浪者も同然の彼を、エレノアは案じたがゆえに、
「えと、その……お礼といっては、なんですけど……あたしの屋敷でよければ、ご利用ください、です」
断るような理由もなかったので、アルトは彼女の提案を受諾し――
彼女との同居生活を経たことで。
生まれて、初めて。
アルトは、他者を愛した。
「かつての俺は、誰かに愛される人生を求めていたが、しかし、自分が誰かを愛するという発想は、まるで持ち合わせてはいなかった。……エレナ、君と出会うまでは」
生まれて初めて、アルトは他者を愛称で呼び、
「今のあたしは、あなたのおかげで、幸せですよ。……アルくん」
生まれて初めて、アルトは他者から、愛称で呼ばれるようになった。
「君と過ごす時間だけが、俺にとっては、唯一の」
かけがえのないもの。
そうだからこそアルトは、決意した。
自らの身命に賭けて、エレノアを守るのだと。
自分にはその能力がある。
これまではただ忌まわしいだけだった魔法の才覚、だが。
今やアルトは、それを与えてくれた神に感謝するようになった。
「誰にだって、幸福になる権利はある……! 俺にも、そして、エレナにも……!」
愛する者を守り抜くと決めた彼は、たった一人で、都市の全てを敵に回し……
もう一歩というところで、膝を折ることになった。
七日で失われるエレノアの全て。
その運命をいかにすれば変えられるのか。
都市全体が彼女に向ける、悪意の数々。
その首謀者は、何者であるのか。
救済の手段と打ち倒すべき巨悪。
それらを突き止めるに至った彼は、しかし。
「……相手が悪すぎる」
自らの限界を超えた存在を、敵に回していた。
それを知ったことで、アルトは現実的な策に打って出る。
「ここから脱出しよう。そうすれば、君は」
実現したいのはあくまでも、エレノアの救済である。
ならば都市に留まり、巨悪を討つといった目的など、捨て去ってしまうべきだ。
無論、これまでエレノアが受けてきた仕打ちに対する報復は、是が非でもしてやりたい。
しかし、それを優先して失敗するわけにはいかぬと、アルトはそう考えた。
「もうすぐだ……! もうすぐ、君を……!」
決死の覚悟で、都市からの脱出を図ったアルトは、しかし。
「まったく。よくもまぁ、ここまで手こずらせてくれたな」
セオドア・オーガス。
エレノアを苦しめる、悪意の元凶。
アルトは一手、敵方に及ばず、そして――
「およそ、初のことであろうな。我等が主への贄が、ここまでの期間、送られなかったというのは」
セオドアの悪意が。
アルトを、生き地獄へと突き落とした。
「貴様が犯した罪を思えば、いかなる拷問処刑も生温く感じる。ゆえにこそ……貴様にとって最大限の責め苦となるであろう罰を、与えてやろう」
そして。
アルトは、アルトではない別の誰かへと、変えられた。
邪神の因子を植え付けられ、操り人形と化した存在。
フールマン。
そのようになってしまった、瞬間。
アルトは自己意思を明確に保ったまま。
愛する者を、傷付けなくては、ならなくなった。
「エェエエエエエエエレノォオオオオオオオオオアちゃあああああああああんッ! お仕事の時間だよぉおおおおおおおおおおおおおおおんッ!」
誰か。
「ヒャハハハハハハハハッ! お前が泣き喚くさまを見てるとッ! ガッツリ元気になっちゃうなぁあああああああああああああッ!」
誰か。
「お客様ぁ~ん。こちらのメスガキは、お客様のどのような要望にもお応えいたしますぅ~ん。ですからぁ~……遠慮せず、色んな意味でスッキリさせてくださいねぇ~!」
誰か。
――俺を、殺してくれ。
そんな懇願は、しかし、叶うことはなかった。
植え付けられた邪神の因子によって、アルトの戦闘能力は飛躍的に向上している。
だから。
ヒロイズムに従って、エレノアを守ろうとする者が、現れても。
「わ、わかった……! もう二度と、彼女には近付かない……! だ、だからもう、勘弁してくれ……!」
暴力で以て叩きのめし、彼女の、そして自分の希望を、打ち砕く。
そんな、
一人の少年によって、打破されることになった。
「申し訳ないが、出ていってもらえないかな? 付け加えると……彼女の前に、二度と姿を現さないでもらいたい」
アルヴァート・ゼスフィリア。
彼は圧倒的に強く、賢く、そして。
エレノアを救うことが出来る、唯一の存在なのだと、アルトはそう確信した。
そうだからこそ。
――今。
彼の手によって因子の支配から脱した、直後。
エレノアの屋敷にて、アルトは彼と対峙し、
「自らの犠牲で以て、愛する者を守り抜く。君にはその権利が、今なお残されていると言ったなら……どうする?」
彼の言葉、全てを。
アルトは肯定した。
「……地獄へと堕ちる前に、そんな僥倖が与えられるというのなら。俺は、どんなことだってしてみせよう」
かくして。
アルヴァートが提案した、内容とは。
「ある方法で以て、君の精神を邪神の内部へと送り込む。そして、そのときを迎えたなら……そこに存在する精神体、セオドア・オーガスを、消し去ってもらいたい」
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