第六九話 愚者の真実


 とある国家にて生まれ育ち、若くして宮廷魔導士へと至るが……

 権力争いに巻き込まれたことによって、全てを失う。


 裏切りに次ぐ裏切りを経て、心身共に疲弊した彼は国を出奔し、各地を転々とした末に……学術都市・セルエナへと辿り着いた。


 なぜ自分は生きているのか。

 その意味すらも失った彼は、一人の少女と出会うことで、それを取り戻していく。


 ……公式ホームページにて。

 主人公、アルト・リステリアは、そのように紹介されていた。


 俺が知り得ているのは、それだけだ。


 何せ原作未プレイであるため、彼がエレノアと出会って以降、どのような経緯を辿ったのかは、まったく以て不明である。


 ただ一つ、間違いなく言えることは……


 この世界において。

 アルト・リステリアは、バッドエンドへと至ってしまった。


 愛する者を守りきること叶わず。

 セオドアの手によって邪神の因子を植え付けられ。

 自己意思を保ったまま……


 自らの手で、愛する少女に、生き地獄を味わわせなくてはならない。


 ……そんな運命を背負ってしまったからこそ。


 アルトは自らの肉体を自己意思で以て動かせるうちに。

 エレノアの日誌から、自分のことを記述していたページを、破り捨てたのだろう。


 だが彼は。

 その全てを、消し去ることが出来なかった。


「……きっと、エレナと過ごした時間は君にとって、痛ましい記憶を忘れさせるほどの、大切な思い出だったのだろうな」


 原作のタイトル、ペインフル・メモリーズとは、エレノアの人生のみを表したものではない。


 主人公、アルトのそれをも意味する、ダブルミーニングだったのだ。


 過去が常に心を痛めつけてくる。

 そんなアルトにとってエレノアはかけがえのない存在で。

 だからこそ。


 ある意味で、彼女の記憶そのものである日誌から、自分を完全に消し去ることが、出来なかった。


「共に菓子を作り、食べながら笑い合った相手。たったその一文のみではあったが、しかし、君の存在を思わせる記述は確かに、残されていた」


 滔々と語るこちらに対して、アルトは何も返してはこない。


 当然であろう。

 俺が彼の立場であったなら。

 今、考えていることというのは――


 どのように自らを罰し、そして。

 どのような形で、地獄へ堕ちるか。


 それだけだ。


「……アルト・リステリア。君を救う方法は」


 と、言葉を紡ぐ、その最中。

 なんの脈絡もなく、地鳴りが生じた。


 そこからさらに。

 遠方より破壊音が轟き、小規模ながら、地面が揺れ動く。


「……どうやら、長話が出来るような状況ではなさそうだな」


 俺は皆を伴い、外へ出て。

 打ち倒すべき存在の姿を、目にする。


「あ、あれが……!」


「邪神……!」


 比較的、一般人に近しい存在であるエリーゼとクラリスは、遠方にて佇む怪物の巨体を目にして、冷や汗を流した。


「アレはかなりの脅威、だね」


 セシルもまた、危機感を発露させたが、しかしそんな彼女に反して。


「まぁ、なんとかなりますよ。だってルミ達には」


「頼もしい旦那様が、居るもん、ね」


 勝利を確信している様子の、ルミエールとセシリア。

 そして。

 彼女……リンスレット・フレアナインは。


「生まれて初めて……全力を、出せるかもしれないわねぇ……!」


 当代最強の目には、かの邪神すらも極上の玩具として映っているらしい。

 その眼差しには畏怖も不安もなく。

 ただただ、強い期待感と歓喜のみが宿っている。


『……まずはアレを、追い詰めねばならぬ、か』


 念話を送ってくるエリー。

 その声音には一抹の不安が宿っていた。


 ……実際のところ、最終段階にさえ到達出来れば勝利は確定するわけだが。


 その課程にて躓く可能性は、大いにありうる。


 そもそもの問題、我々が邪神を打ちのめすほどの戦闘能力を有しているか否か。

 さらには。

 第二の賭けに、勝てるか否か。


「前者はまだしも……さて、後者はどうなるか」


 遙か遠方にて。

 邪神の巨体がやおら動作する瞬間を、目にしたと同時に。


「我が身を害そうと企む、愚か者共よ」


「苦悶に満ちた末路をくれてやるゆえ」


「我がもとへ、来たるがよい」


 おぞましい音声が、飛び来たる。


 都市全域に轟いたであろうそれは、もはや声というよりも、音による攻撃と表すべきものだった。


 そして、次の瞬間。


『よぉ、偽物』


『この数日間、メスガキ相手にずいぶんと楽しんでたようだなぁ?』


 脳内に、アルヴァートの声が響く。


『やっぱこういうのはさ、前振りってのが重要だと思うんだよ』


『事前に味わったそれが幸福であればあるほどに……』


『絶望へと突き落とされたときの痛みは、デカいものになる』


 くつくつと不愉快な笑みを響かせてから。

 奴は宣戦布告の言葉を、口にした。


『お前という偽物を、地獄へ送り届けた後――』


『俺は本物のアルヴァートとして、最高にハッピーな人生を享受する』


『お前の周りに居る奴等は、ちゃんとメス豚に堕としてやるから、安心して死ねよ』


 ……言葉を返すつもりはない。

 それは、最後のお楽しみとして、取っておこう。


 今、俺がすべきことは。

 最終決戦の命運を分ける、第二の賭け。

 その実行者の心を、動かすこと。


 即ち――



「アルト・リステリア」



 俺は屋敷の只中へ戻り、再び彼と向き合いながら。


「残念だが、君を救う方法はどこにも存在しない」


 心痛を覚えつつも断言するこちらへ、彼はようやっと口を開き、


「……そんなものは、求めていないよ」


 彼の声音に宿る悲嘆と苦悶はあまりにも強すぎて。

 胸の痛みが一層、高まったが、しかし。

 俺は心を鬼にしながら、次の言葉を紡ぐ。


「いいか、アルト。これから始まる戦いには、君の存在が必要不可欠となる」


「……話を、聞かせてもらおうか」


 まるで暗黒を凝縮したかのような瞳を、俺は真っ直ぐに見据えつつ、


「君に救いはない。どのように転んだところで、君の存在はこの世から消え去ることになるだろう。だが、それでも――」


 拳を握り固めながら。


 俺は彼へ。

 バッドエンドを迎えたしまった、主人公へ。


 次の提案を、口にする。



「自らの犠牲で以て、愛する者を守り抜く。君にはその権利が、今なお残されていると言ったなら……どうする?」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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