第六八話 七日目を、乗り越えて
夜半。
日付が変更へと至るまで、残り二〇分を切った頃。
エレノアの屋敷に全員が集結した。
ルミエール、エリーゼ、セシル、クラリス、セシリア、エリー……
そして、リンスレット。
教師である彼女は元来、昨日の段階で学園行きの飛行艇に乗り込んでいるはずだった。
何せもう、修学旅行は終わっているのだから。
しかしながら、彼女は俺達にとって必要不可欠な人材。
ゆえにこの場へと残ってもらったというわけだ。
……まぁ、リンスレットの性格上、帰れと言っても残っていただろうが。
さておき。
玄関にて、皆と再会してからすぐ。
「初めまして、だな。エレノア・サンクトゥム。アルヴァートから聞き及んでいるとは思うが……わたしはエリーゼ・ルシフォルという。今後はわたしとも、友好な関係を築いてくれると嬉しい」
「は、はいっ……! ぜひ……!」
エリーゼの発言を皮切りに、全員がエレノアへと自己紹介を行う。
そんな彼女等の言葉に、エレノアは嬉しそうな笑みを浮かべ、
「お友達が、たくさん……!」
七日目の先へ至ることへの期待感が、グッと増したらしい。
そんな彼女の姿に愛おしさを感じていると、
「アルヴァート」
「ん。どうした、セシリア?」
「……さっきまで、シてた、でしょ」
こちらの耳元でボソリと呟いた彼女の顔は、少しばかりムスッとしたもので。
しかし、セシリアはすぐさまその表情を艶然とした微笑に変えながら……次の言葉を、囁いてくる。
「エレノアと、シた回数、分……わたし達のなかに、注いで、ね……♥」
首肯を返すと、セシリアもまた満足げに頷いた。
……それから。
客間へと向かい、現状に関する情報を再確認した後、これからについて話し合う。
そのようにしていると、時間はすぐさま経過していき……
「いよいよ、か」
客間の壁面に掛けられた時計を目にしながら、俺は淡々と呟いた。
こちらの内心に不安などは皆無。
収集した情報を元に考えたなら、リセットが発生することは絶対にない。
だがその一方で。
エレノアは少しばかり、表情を暗いものにしながら。
「……アル、くん」
この数日間、彼女とは実に濃密な時を過ごし続けてきた。
ゆえに皆まで言わずとも、エレノアが何を求めているのか、手に取るようにわかる。
「大丈夫だ、エレナ。君が消えることは絶対にない」
言いつつ、彼女の体を抱き締める。
「んっ……」
気持ち良さげな声音には、強い安堵の情が宿っていて。
そんなエレノアを前にすると、さしものリンスレットも、茶化すような気にはなれなかったらしい。
「普段なら、見せつけてくれちゃって、とか言う場面だけど……今回はまぁ、空気を読むしかないわねぇ」
そんな彼女へ皆が同意の言葉を口にし終えた頃には。
日付の変更まで、残り一〇秒となっていた。
「……アル、くん」
互いの体を抱き締め合いながら、俺達はカウントを刻んでいき、そして。
日付変更の瞬間を、迎えると同時に。
「…………消えて、ない」
腕の中で、エレノアがポツリと呟いた。
「ア、アルくんっ……! あ、あたし、アルくんの、ことっ……!」
ポロポロと涙を零しながら、こちらを見上げてくる。
そんな彼女の頭を優しく撫でながら、俺は微笑を浮かべ、
「言った通りに、なっただろう?」
「うんっ……!」
再び、強くこちらの体を抱いてくるエレノア。
彼女がリセットを迎えなかったのは、その身に刻まれた異能……限定的な時間逆行の条件を、満たさなかったからだ。
「強いストレス環境に身を置くなどして、未来への希望を失った状態になると……エレナ、君の身には七日に一度、時間逆行が発生する」
別の言い方をするならば。
未来への希望を抱き続ける限り、時間逆行によるリセットは、発生しない。
「今後……君はずっと、君のままだ」
エレノアが未来への希望を捨てるような瞬間など、永遠に訪れることはない。
消えていった彼女の分まで、今のエレノアは、幸福を享受することになるだろう。
俺はそのような意思を固めながら、彼女へ次の言葉を送った。
「君の心を、友情と愛情で覆い尽くすことを、約束する」
「…………っ!」
言葉にならぬ想いを噛み締めているのだろう。
エレノアは何事も口にすることなく、こちらの腕の中で歓喜の涙を流し続けた。
……ここで全てが終われば、まさに完璧なハッピーエンド、だったのだが。
しかし、次の瞬間。
屋敷の只中に破壊音が轟いたことで。
「いよいよ大詰めといったところだな」
此度の一件において片付けるべきは、エレノアの問題だけではない。
俺が抱えたもの。
そして……彼が抱えたもの。
ここからは、それらへの決着を付けるための時間となる。
「エェエエエエエエレェェェェノォオオオオオアァァアアアアアアアちゃああああああああああああああんッ! あぁぁぁぁぁそびぃぃぃぃぃぃまぁしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」
玄関先へ向かうと、そこにはフールマンが立っていて。
その全身には複数の魔装具が、身に付けられていた。
きっとこれまでの戦力とは比にならぬ状態、なのだろうが、しかし。
敗北の予感は皆無。
俺は現在、二つの異能を行使可能な状態。つまりは万全ということだ。
そこに加え、この場には頼もしい仲間達が一堂に会してもいる。
ゆえに彼を消し去ることは、赤子の腕を捻るかの如く容易い
……しかしながら。
そうなってしまった場合、おそらく俺は、敗北を喫することになるだろう。
「まずは、第一の賭けといったところか」
アルヴァートがそうしたように。
こちらもまた、二つの賭けに勝利せねばならない。
果たして今より行う、第一のそれは。
「邪神の因子を、我が異能で以て消すことが出来るのか、否か」
それを確かめるべく、俺は自らの左手首を切断し……
踏み込んだ。
「今回はッ! 合理的にてめぇをブッ殺――――あれっ!?」
両手に携えた杖と剣。
二つの魔装具で以て迎撃せんとしたのだろうが……無駄なことだった。
我が異能、適応の能力は、こちらの身に対して有害な概念の全てを無効化するというもの。
それは直撃を浴びるだけでなく、目視確認した概念に対してもまた、効力を発揮する。
ゆえに彼が装備している魔装具の数々は今、俺が視界に捉えている以上、そもそも機能することがない。
「ちょ、待っ」
想定外の状況を前にして、フールマンは身動きが出来ず。
次の瞬間。
俺は彼の腹部へと、左腕をねじ込んだ。
「うげぇッ……!」
フールマンの体内へ、切断面が入り込んだことにより、俺と彼は接続状態となった。
結果として、適応の異能はフールマンにも効力をもたらし……
「さぁ、どうなる……?」
期待すべき結果は、彼に植え付けられた邪神の因子が消失すること、だが。
正直、かなり怪しいところだ。
状況証拠を思えば、邪神はあらゆる異能を弾く性質を有していると見るべきであろう。
その因子を植え付けられているからこそ、フールマンにもまた、その性質が付与されていた。
さりとてそれは、あくまでも因子による効果であり、フールマン自身が邪神そのものになっているというわけではない。
であれば、その効力は邪神本体のそれよりも遙かに劣るものではないか、と。
そうした希望的観測は、次の瞬間。
「――――そう、か。君の力で、俺は」
見事なまでに。
真実であると、証明された。
「…………」
俺は無言のまま、彼の腹部から腕を抜いて。
自らの切断された部位と、穿たれた彼の腹部とを、同時に再生させる。
そうしてからすぐ。
フールマンは。
愚者と名付けられた、哀れな彼は。
おぞましいマスクを脱ぎ捨てて。
俺達へと、その素顔を見せてくる、
それを目にすると同時に……
俺は、次の言葉を紡がずにはいられなかった。
「……まさに、悪辣の極みだな」
果たして。
フールマンの、正体は。
原作にて主人公を務めた青年。
アルト・リステリア、その人であった――
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