第六七話 深まる愛情


 夜半。

 就寝時間を迎え、今宵も俺とエレノアは互いを抱き合った状態で、眠りに就く。


 しかして。

 彼女が夢の世界に旅立ってから、すぐ。


「旦那様。例の件について報告をしたいのだが、問題ないだろうか?」


 姿を現したエリーに、俺は首肯しつつ、


『こちらの受け答えは念話で行ってもよろしいでしょうか?』


「無論だ。安らかに眠る者を起こすのは、忍びないからな」


 肯定の意を示した後、エリーは例の件……

 セオドアの屋敷に存在する地下空間にて得られた情報を、語り始めた。


 それらは全てが重要なもので。

 なおかつ……

 こちらの方針を確定させる内容だった。


『まず、エレナの救済が確実なものとなったこと。これは実に喜ばしい』


「あぁ。だが……旦那様が抱えた問題については、いかにする?」


 アルヴァートを消し去って、平穏を取り戻す。

 その方法については、やはり。


『直接対決を選択します』


「……覚醒前の段階で、攻め込むというのは?」


『確かに、それをすればロー・リスクで邪神を討つことは可能でしょう。しかしながら』


 目的はあくまでもアルヴァートを消すことであって、邪神の討伐ではない。

 おそらく邪神の肉体をどうこうしたところで、奴は消滅することなく……


 管理者のもとへ、向かうはずだ。


 結果として、クラウス・カスケードの中に宿っていた彼と同じように、奴もまた交渉を行うのではなかろうか。


 管理者はシナリオの整合性さえ保たれていたのなら、特定個人の願いを拒絶することはない。


 実際、原作においてもアルヴァートは何度となく、管理者との交渉に成功し、己が望みを叶え続けていた。

 よって俺は、現時点での邪神討伐を悪手と捉えている。


 奴を管理者のもとへ向かわせることなく、この世から抹消するには、やはり。


『ミス・エリー。全ては貴女次第だ』


 端から見れば言葉足らずにも程があるだろう。


 だが俺はエリーの頭脳が聡明であることを知っている。

 ゆえに皆まで説明するのは、むしろ彼女への侮辱というものだ。


 そうした考えは、どうやらエリーにとって好ましいものだったようで。


「フッ……やはりわたしのことを一番理解しているのは、旦那様の方だな」


 そう述べた後。

 彼女はアルヴァートとの接触を伝えてきた。


『なるほど。であれば……そのまま、裏切ったフリを続けてください』


「うむ。それはかまわないが……相手方がわたしの本心に気付かなかったとしても、入念な対策をしてきた場合、旦那様の敗北が確定してしまうのではないか?」


 彼女の言う通りだった。


 もしアルヴァートがこちらの想定以上に慎重な人間だった場合、エリーを徹底的に洗脳し、彼女の意思とは真逆の行動を取らせるだろう。


 そうなったなら、俺は逆に、消されることとなる。


 だが。


『策の性質上、ミス・エリー、貴女の精神がどのような状態に陥っていたとしても、問題はありません』


「む……? それはつまり……最終段階に一手、変更を加えるという解釈でよいか?」


『その通り。具体的には』


 こちらの考えを包み隠すことなく伝えたところ、エリーは顎に手を当てて、


「なるほど。もしそのようになったのであれば、確かに旦那様の言う通りになるだろう。だがそれは……ある種の、賭けになるのではないか?」


『えぇ。しかしながら、避けては通れない道かと』


 アルヴァートとて、賭けに打って出たのだ。

 こちらが気後れしては、それこそ、自分は奴以下だと証明しているようなもの。

 俺もまた博打に臨み……見事、打ち勝って見せよう。


「……旦那様の意思は、理解した」


 どうやら納得してくれたらしい。

 エリーは小さく一礼すると、


「これにて失礼する。…………褒美については、期待してもよろしいか?」


『えぇ。この一件が終わったのなら、出来うる限り、最大限のお礼をさせていただきます』


「…………? 旦那様」


 彼女が何を期待しているのか。

 どういった行為に及ぶべきか。

 それは艶然とした笑みを見るに、明らかであろう。


 もしその瞬間が来たのなら……

 まぁ、頑張るしかないな、様々な意味で。


「しかし……邪神、か……」


 エリーが去った後、か細い声でボソリと呟く。


 その存在を耳にした瞬間、こうなるのではないかと予感してはいたのだが。

 果たして、アレを消し去ってもよいものだろうかと、不安に思っている。


 なぜならば。

 邪神の存在は、ある作品の世界観に深く関わっており……


 現段階で邪神が消滅した場合、その作品は成立しなくなってしまうのだ。


「……いま考えたとて、詮無きこと、か」


 将来に不安はあるが、そうかといって、これ以外に手立てもない。


「……先々のことは、未来の自分に任せるとしよう」


 俺はエレノアの体を抱き締め、その柔らかさと温かさを感じながら、夢の世界へと旅立つのだった――



   ◇◆◇



 敵方の目的は邪神の復活である。

 それは既に達成されたも同然の状況、だからか。

 エレノアに向けられてきた悪意の全てが、消え失せた。


 街中を歩いても絡まれることはなく、石を投げつけられるということもなく、罵声を浴びせられるということもない。


 まさに嵐の前の静けさ、ではあるが。

 後々の不安などは、ない。


 エレノアが心穏やかに過ごすことが出来るという、その一点に対する安堵と喜びだけが、我が胸中にはある。


 ただ……

 こちらからしてみれば、彼女の救済は確定した内容、なのだが。


 エレノアの立場からしてみれば。

 たとえ、こちらを信用しているとしても。

 どのように転ぶか分からないという不安は、ぬぐい去れなかったのだろう。


 だからこそエレノアは、日を重ねるごとに、自らの振る舞いをエスカレートさせていった。


 具体的に言えば――

 心を通わせる、だけでなく。

 肉体的な交わりをも、求めるようになった。


「んっ……♥ ふっ……♥」


 朝方。

 俺は彼女の嬌声を耳にしながら、起床する。


「お、おはようございます、です……♥ アル、くん……♥」


 アルヴァートが我が身から離れたことがわかった今、幻覚催眠を自らに掛け続ける必要はない。

 ゆえに今。

 エレノアと俺は、互いの欲を解消し合う関係となっていた。


「んんっ……♥」


 こちらに跨がった状態の彼女が、どのような行為に及んでいたかは……あえて言及すまい。

 ただ、子を成すような行いではないということだけは、断言しておく。


「あ、朝ご飯の支度を、する前に……も、もう一度、だけ……♥」


 その後。

 一度ならず、三度のそれを経て、ようやく彼女は満足した、わけだが。


「~~~~♪」


 朝餉の支度をするエレノア。

 そんな彼女の出で立ちは、空き時間に読んでいるという書物の影響を受けたのか……

 裸エプロンであった。


「…………」


 彼女の体は凹凸に乏しく、男好きするものでは断じてない。

 だが欲求を取り戻したばかり、ということもあって。

 小さく揺れる小ぶりな尻たぶを見ていると……どうしても。


「ひゃんっ……♥」


 エレノアが満足した、一方で。

 こっちは四六時中、不満と隣合わせであった。


 ……結局、朝食は昼食へと代わり、そして。

 俺達は一日中、互いを求め合った。


 時も場所も関係はない。

 屋敷の中は当然のこと、あえて外出し、開放感を味わいながら……といったエレノアの要求に応えもした。


 まるで発情期の獣のようだと自嘲しつつも、彼我を律するようなことはせず……


 夜半。

 風呂場にて。


 元来、ここは体を清潔にする場所、だが。

 エレノアはそうした用途の、真逆を求めた。


 俺はそんな彼女の想いに応え――

 互いに満足し合った後、一般的な入浴を楽しむ。


「んんっ……」


 湯船に浸かるエレノア。

 彼女は今、こちらの膝の上へと乗った状態になっていて。

 しかし互いに一時の休憩となっているため、そういった情念は湧いてこない。


「……すごく、恥ずかしいことを、してますよね、あたし達」


「そうだな。ただ……愛情を抱き合っている者達であれば、当然の行いとも言える」


 後ろから彼女の華奢な体を抱き締めつつ、俺は言葉を紡ぎ出した。


「……やはりまだ、不安か?」


「……はい、です」


 猫耳をしゅん、とさせながら、エレノアは頷いた。


 そもそもなぜ、彼女が自らの発情を隠そうともしなくなったのかといえば。

 俺の言葉を完全には、信じ切れないからだろう。


 無理もない。

 今の彼女だけでなく、過去の彼女達全員が、それに対して諦観を抱き続けてきたのだ。

 いきなりやってきた男が、そこへ導くと言ったとて、信用しきれるわけもない。


 だからこそエレノアは。


「アル、くん……今日で、最後かも、しれないから……」


 湯船の中で行われつつあるそれは、彼女の真意そのもの、だが。

 しかし俺はあえて、その要求を拒んだ。


「結ばれるのは七日目の先を迎えた後。……この考えを曲げるつもりは、ない」


 言ってからすぐ、エレノアの体を動かして。

 彼女を膝に乗せたまま、抱き合う状態になると。

 軽く唇を奪ってから、俺は言葉を紡ぎ続けた。


「未来への希望を持つんだ、エレノア。それ以外に、君を救う術はない」


 ここで事に及べば、彼女はむしろ全てを受け入れてしまうだろう。

 そうならないためにも。

 エレノアには、一線を越えることに対する期待感を、抱かせ続けねばならない。


「んっ……♥ ちゅっ……♥ ……アルくんの、いじわる」


 拗ねた様子のエレノアは、実に愛らしく、それゆえに。


「皆が来るまでに……二、三回は出来る、か」


 今よりおよそ、一時間後。

 この屋敷に全員が集結し、運命の瞬間を迎える約束となっている。


 そう。

 本日はエレノアにとっての、最終日であった。


「んぁっ……♥」


 彼女の嬌声を耳にしながら、俺は思う。


 確かに今日は、最後の日であるが、しかし。

 それは今のエレノアが消えるという意味ではない。


 これまでの。

 そして、現在の。



 ――エレノア・サンクトゥムが、苦痛に満ちた記憶ペインフル・メモリーズを、終わらせる日だ。






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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