第六五話 そして始まる、甘やかな生活


 獲得した情報をもとに導き出した、エレノアの救済方法。

 それを実践するには……彼女との同棲生活が必須となろう。

 ゆえに俺は、エレノアへ次の提案を口にした。


「俺を君の屋敷に、住まわせてくれないか?」


「えっ?」


「今後、二度とこういったことがないよう、常に君の隣に居続けたい。そうしたなら、どのような不幸が訪れても、俺が君を守ってみせる」


「っ……! で、でも、アルくんは、いいんですか? 修学旅行の最中なんじゃ」


「学業などもはやどうでもいい。最優先すべきは君だ、エレノア」


「~~~~っ!」


 彼女は猫耳を激しく揺らしながら、顔を真っ赤にして、


「ア、アルくんさえ、よければ……ずっと一緒に、居てほしい、です」


 再び抱きついてきたエレノアの華奢な体を抱き締めつつ、俺は言葉を紡ぐ。


「夕刻になったら一度、屋敷を出る。皆に君との同居を報告しなくてはならないからな」


「……はい、です」


「ほんの一時、留守にするが……不安に思うことはない。俺は君の状況を常に把握している。もしなんらかの問題が生じたとしても、瞬時に駆けつけることが可能だ」


 どうやら納得してくれたらしい。

 こちらの胸の中で小さくこくりと頷くエレノア。


 それから俺達は客間へ向かい、夕刻になるまで歓談を楽しんだのだが……

 エレノアの愛らしさ以上に、気になることがあった。


 それはやはり、アルヴァートの存在である。


 奴が意味深な言葉を脳裏に響かせて以降、左手の調子が完全に元通りとなった。

 ここから考えられる可能性は、二つ。

 奴がエレノアの内側へと移動したか、あるいはそのように見せかけているか。


 エレノアの能力は、災厄と認識した概念の全てを受容するというもの。

 であれば。

 アルヴァート自身が、自らを災厄と認識したのなら。

 奴が自己意思のもと、エレノアへと移ることは可能であろう。


 だが……なんのために?


 そこの答えが判然としていない以上、奴がエレノアの体へ移ったフリをしているという予測を前提に、動くしかない。


 奴は今、俺を油断させて幻覚催眠の効果をオフにさせたいのだと、そのように考えて行動するということだ。


 その場合、アルヴァートの狙いは肉欲の復活と、そこに伴うこちら側の暴走であろう。


 幻覚催眠の効果によって性的欲求の全てが遮断され、EDすらも付与されているわけだが……それらは日々、蓄積された状態にある。


 もしもこれを解き放った場合、御しきれるかどうかは微妙なところだ。


 少なくとも、そうなった際に奴が俺の内側に残り続けていたなら……

 おそらく、こちらの肉体はアルヴァートの手に渡ってしまうだろう。


 それを防ぐためにも、幻覚催眠の効果をオンにしたまま過ごす必要がある。


 そうした考察を行いつつ、エレノアと時を過ごし――

 夕刻を迎えてからすぐ、俺は宿へ向かい、リンスレットの自室にて皆と対面した。


「情報収集の成果を聞く前に、話しておきたいことがある」


 エレノアとの同居生活に関する説明を行ったところ、リンスレットが小さく挙手をして、


「その子が住んでるとこってさ、けっこう大きな屋敷なんでしょ? だったら――ここに居る全員が押し掛けても、問題ないわよね?」


 なにゆえそのような言葉を口にしたのか。

 そこについて問うような野暮はすまい。

 ただ……個人の感情としては、肯定したいところではあるのだが。


「彼女との同棲には、があります。それは」


 こちらの目的を口にしたところ、皆、納得した様子で頷き、


「なるほど、ね」


「そうなると……いま我々が押し掛けるのは、悪手といえような」


「うん。エレノアがそれを望むまでは」


「……兄様と、二人っきりにすべき、ですけど」


 ここでルミエールが抱きついてきて。


「ルミはいい子だから、ちゃんと我慢します。でも……兄様と数日間も離れてしまったら、ルミは死んでしまいますから。ここで兄様成分をたっぷりと、補給させてください」


 こちらの胸元に顔を埋めつつ、匂いを嗅いで……小柄な体に不釣り合いな巨乳を、腹部に擦り付ける。

 そうしてから、彼女は上目使いでこちらを見て、


「んっ……」


 瞼を閉じ、唇を突き出してきた。


 そんな愛らしい要求に応えてやると……


「わ、わたしも! アルヴァート成分を補給させてもらうぞ!」


 ルミエールが離れたタイミングで、エリーゼが抱きついてくる。


 そんな彼女と色気たっぷりな抱擁とキスを済ませた後。


「わ、わたくしも……よろしい、かしら?」


 クラリスの柔らかな体と体温。そして爆乳の感触を楽しみつつ、口づけを交わし、


「当然、ボクもやらせてもらうよ」


 セシルとの抱擁。

 そして激しいキスをしつつ、彼女の尻たぶを揉みしだく。


「わたし、も……えっちなハグとキス、したい、な……♥」


 セシリアの美しい銀髪を撫でながら、舌を絡ませ、クラリスに負けず劣らずの乳房を堪能する。


 こちらが彼女等の体に触れるのは、欲望によるものではない。

 きっとそうしてほしいのだろうと、そのように捉えた結果によるものだ。


 実際、そういったスキンシップは皆を満足させたらしい。


 ただ……エリーについては、悪いとは思うのだが、見学に徹してもらった。


 さて。

 後はもう、エレノアの屋敷へ向かうだけ、というところで。


「あたしも、やらせてもらおうかしら?」


 そのようなことを口にしてから、すぐ。

 リンスレットがこちらへと急接近して――


「ん、ちゅっ」


 唇を、奪ってきた。


「ちゅっ……んむっ……ちゅぷっ……」


 リンスレットと行う初めてのキス。

 それは彼女の紅蓮色の美髪みたく、実に情熱的なものだった。


「ぷぁっ…………これ、あたしのファースト・キスだから。初めてを捧げた意味、ちゃんと理解してよね?」


「もちろんです、先生」


「ふふっ。ここで即答出来る、その男らしさ。ますます気に入ったわ」


 にんまりと笑ってから、リンスレットは大胆に露出させた乳房を、こちらの胸板に擦り付け、


「へぇ~、あんた、着やせするタイプなのね」


 頬を朱色に染めつつ、リンスレットは細くしなやかな指で、遠慮することなく……


については……ふふ、着やせってレベルじゃ、ないわね……♥」


 どこをどのようにさすられようとも、幻覚催眠が効いている限り、こちらにはなんの感慨も湧いてはこない。


 だが、それでも。


「……あんたに協力してあげた、そのご褒美。楽しみにしてるから、ね?」


 耳元で囁くリンスレット。

 その体からは、大人の色気がムンムンに立ちこめていて。

 このままでは幻覚催眠を貫通してくると、そんな予感を抱いたがために、俺は早急に彼女から離れた。


「……では、本日の情報収集について、成果のほどを聞かせてもらいたい」


 皆の報告は、特別、どうという内容ではなかった。

 少なくとも現状を打破するためのヒントに繋がる情報は、皆無といえる。

 だが、一方で。


『旦那様。ともすれば、朗報になるやもしれぬ報告が、一つ』


 念話を送ってきたエリーに、こちらも念話を返す。


『お聞かせ願いましょう』


『うむ。旦那様の意向からは外れていると承知しつつも……わたしは本日、貴人達の屋敷を探っていた。そこに何かが秘められているのではないかと、直感したからだ』


 さすがはエリーといったところか。


 主人に絶対忠実でありつつも、思考を放棄しているわけではなく、むしろ必要なときに独断専行で動くことが出来る。


 そんな彼女へ敬愛の情を抱きつつ、俺は脳内に響く声を聞き続けた。


『此度の一件における、首魁……セオドアの屋敷だが、どうやら秘密の地下室が存在するらしい。そこを突き止めてからすぐ、奴が帰宅したため、潜入するところまではいけなかったのだが……まず間違いなく、重要な情報が眠っているだろう』


 エリーは言う。

 明日、そこを調査し、必ずや有用な情報を持ち帰ってみせる、と。


 ……彼女は我が隠し玉である。


 ゆえにその存在は常々、秘匿せねばならない。


 と……そんな合理性をかなぐり捨ててエリーを抱き締め、互いが満足するまで口づけを交わしたい。


 肉体的にも人格的にも、そして能力的にも。

 エリーは極めて魅力的な、女性であった。


 しかして俺は、自らの衝動を必死に抑え込みつつ、彼女へ称賛の言葉を贈る。


『実に素晴らしい。やはり諜報活動において、貴女の右に出るような存在はどこにもおりませんね、ミス・エリー』


『~~~~っ! ま、まぁな! わたしは旦那様の懐刀! これぐらいのことは、こなせて当然というものだろう!』


 口にした内容とは裏腹に、頬を紅くして、嬉しそうに笑うエリー。

 そんな姿は過去の彼女……エリーゼに、そっくりだった。


 ……エリーは別世界のアルヴァートによって調教され、人格と人間性を破壊されている。


 だがそれでも。

 彼女は、彼女なのだ。


 そのことを認識したがために……エリーへの信頼感が、一層強くなった。


『ミス・エリー。……よろしく、お願いします』


『あぁ、任せておくがいい』


 果たして彼女は、こちらが込めたを、汲み取ってくれたのだろうか。


 まぁ、いずれにせよ、ここでの用件は済んだ。

 と、そのように納得した後、俺は宿を出て、真っ直ぐにエレノアの屋敷へ向かう。


 到着した頃には、陽が沈んでいて。

 彼女の屋敷に入ってからすぐ、俺は香ばしい夕餉の匂いを感じ取った。


「あ、アルくん! ちょっと待っててくださいね! 夕ご飯がもうすぐ、出来上がりますから!」


 キッチンにて、輝くような笑顔を向けてくるエレノア。

 その姿はまるで、天使のようだった。


 ……俺には幾人もの妻が居る。しかし所帯を持ったことへの実感は未だ、味わったことがない。


 それを初めてもらたしたのは、妻ではなく、エレノアだった。


「ふん、ふん、ふぅ~ん♪」


 鼻歌を口ずさみながら夕餉の支度をする彼女の姿は、まさに新妻のそれ。


 エプロンを纏い、俺のために腕を振るう彼女を見ていると……

 強く、込み上げてくるものを感じる。


 幻覚催眠が効いていなかったら、どんな行動を取っていたやら、わかったものではないな。


 と、そんなふうに自嘲しつつ、俺はエレノアに微笑を向けて、


「何か、手伝えることはないか?」


「えっ。そ、そうですね。では……配膳の方を、よろしくお願いします、です」


 頷き、出来上がった食事をリビングへと運ぶ。

 そうしながら俺は、この同棲生活に対する狙いについて、思考を巡らせた。


 本日を含め、残り四日。

 その期間中、俺は全身全霊を以て、エレノアに絶大な幸福感を与え続ける。


 しかしそれは、最後の思い出作りなどでは断じてない。

 そうすることによって――



 ――俺は、彼女の運命を、覆すのだ。

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