第六三話 頭は熱く、しかして、心は冷ややかに


 一般的な道徳を尊重している人間であれば、いたいけな少女に乱暴を働く男を目にしたなら、義憤を覚えるのが必然というものだろう。


 そこに加えて。


 被害者が自分と関わり合いのある人間で。

 相手のことを憎からず想っていたのなら。


 加害者に対する怒りは筆舌に尽くし難いものとなろう。


 ゆえに、俺は。


「まぁぁぁぁぁた邪魔――」


 無言のままに。

 まずはフールマンの顔面を殴打する。

 彼の頑強性は把握しているので、それなりに力を込めて、強く殴った。


「ぼがぁッ!?」


 漫画のようにブッ飛んで、屋敷の只中を一直線に突き進む。


 またもや家内を壊してしまった。

 エレノアには後で謝っておこう。


 今はとにかく――

 この真っ黒な熱意を、加害者達にぶつけたい。


「左の頬に一発。鳩尾に二発。下腹部に二発。そこに加え、彼女が作った菓子を踏み砕いたことと、強姦未遂による精神的な苦痛」


 未だ彼女へ覆い被さり、唖然とこちらを見つめる初老の男。

 彼の罪状を口にしてから、俺は。


「これに倍する痛みを、受けていただこう」


 やおら接近し、そして、


「ま、待――」


 かなりの手加減を加えた打撃で、まずは両頬を殴打する。


 奥歯と顎が砕けたようだが、狙い通り、失神には至っていないし、絶命してもいない。


 エレノアに覆い被さっていた彼はこちらの殴打によって軽く吹っ飛び、彼女から離れた後、


「ひぃ、ひぃ」


 まるで芋虫のように地べたを這い、逃げようとするが、当然ながら。


「どこへ行こうというのかな」


 見下ろすこちらへ、彼は何事かを口にしようとする。

 されど顎が砕けているため、上手く発音が出来ない。


「……よろしい。弁明の機会を与えよう」


 胸中に残っていた、ほんの僅かな冷静さが、俺にそのような選択を取らせた。

 果たして初老の男は、こちらの回復魔法で喋ることが可能となった後、


「ま、待ってくれ! わ、悪いのは全部、あいつらだ! 私は奴等に……そう! 奴等に操られていた! い、今やっと、正気に戻ったんだ!」


 これに対して、俺は。


「もしそれが真実であるのなら、君も被害者ということになるが」


「そ、そうだ! そうだとも! 私は――」


「しかしながら。君も大人ならわかっているだろう? 証拠なき弁明ほど、信用に値しないものはないということを」


 冷ややかな視線を浴びせながら、俺は次の言葉を放つ。


「君が操られていたという証拠が、どこにあるというのかな?」


「そ、それ、は……」


 ひとしきり唸った後。

 初老の男が繰り出した答えは。


「こ、この娘は! 私のような者のために存在するのだ! そ、それを利用して、なにが――ぐぎゃあああああああああああッ!?」


 居直った愚者の左手を踏み砕き、グシャグシャにする。

 そうしてから俺は、彼へ皮肉の言葉を口にした。


「ありがとう。名も知らぬ愚か者よ。今し方の発言のおかげで……良心の呵責は、完全に消え失せた」


 言うや否や、彼の肩を掴み、無理やり立たせると……

 鳩尾に四発、拳を打ち込む。


「おげぇぇぇぇ……!」


 嘔吐する初老の男。

 その下腹部へ四発、膝を叩き込み、それから。


「ついでに、を潰しておくか」


 股ぐらを蹴り上げ、男性としての機能を消し去る。


「ぎぃいいいいいいいいいいいッッ!」


 悲鳴と共に白目を剥き、泡を吹いて失神するが……

 魔法を用いて、無理やり意識を呼び起こす。


「さて。精神的苦痛となれば、やはり」


 みだらに使用することを禁じている、我が異能の一つ。

 幻覚催眠を用いて、彼の精神に甚大な苦痛をもたらした。


「あが! あががが! げべばばべぼば!」


 彼が今、幻想世界の中でどのような目に遭っているかは……あえて言及すまい。

 想像しうる最上級の悪夢を見せているとだけ、述べておこう。


「これにて罪の精算は完了した。後は……お引き取り願おうか」


 昨日の客とは違って、その身に抱えるマイナスを取り払ってやるつもりはない。


 俺は初老の男の胸倉を掴み、持ち上げると……

 玄関先から、天空へ向けて、放り投げる。


 一応、防壁を付与したので、落下先への衝突によるダメージは最小限となろう。


 しかし狙い通りの場所へ向かったのであれば、そこは都市近くにある樹海のド真ん中となる。


 今の彼がその後、まっとうに生きて帰れるかどうかまでは、知ったことではない。


「ア、アル、くん……」


「すまないな、エレナ。恐ろしい思いをさせてしまった」


 大きな瞳に涙を湛えた彼女の頭を、優しく撫でた後。

 俺は向かい来る気配へと意識を集中させる。


「ぬぁああああああああああああんッ! もぉおおおおおおおおおおおおおッ! このクソお邪魔虫がよぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 屋敷の只中に穿たれた穴。

 その先から、漆黒のオーラを纏いて、やって来る。

 そんなフールマンは、此度も近接戦を挑んできたのだが……


「遅い」


 相手の動作はまるで、蠅が止まるかのようだった。

 そんなフールマンの横っ面を、思い切り殴打する。


「ぼべらッ!?」


 再び屋敷の只中を貫通する形で吹っ飛んでいく、マスクの怪人。

 その姿を追って、俺は屋敷の外へ出た。


「二度目だな。ここで対峙するのは」


 中庭にて。

 俺はやおら立ち上がるフールマンの姿を睥睨する。

 彼は全身を不気味に揺らしながら、


「俺は言ったよなぁぁぁぁぁぁ? 殺さなきゃ、止まんねぇってよぉぉぉぉぉぉ」


 フールマンの声音には、さまざまな情念が宿っていた。


 こちらへの憎悪や殺意、だけではなく。

 実に、奇妙な話だが。


 俺は彼の声に、を感じ取っていた。


「俺を殺さねぇと……明日も! 明後日も! 明明後日も! ずっと、ずっと、ずぅうううううううっと! アイツの前に姿を現すぜ! まぁ、殺したところで代わりはいくらでもいるんだけどさぁぁぁぁぁぁ! ひゃははははははははははは!」


 ゲラゲラと腹を抱えて笑う。


 それに合わせて、歯茎を剥き出しにした悪魔のような、気持ちの悪いマスクもまた、笑みの形を作った。


 しかして、その表情はすぐにニュートラルな形へと戻り、


「……客は世界中からやって来る。現時点で、一〇〇人以上が待ってんだよ。俺はその案内人でしかねぇ。死んだところで、次の案内人が立てられるだけだ」


 意図が少々、掴みがたい。

 なぜ、彼はこんなことを言うのか。

 そう疑問に思った、矢先。



「アイツを、救い、たいんだったら、よぉぉぉぉぉぉ……四六時中、見張るだけじゃ、なくて……………傍に、居て、やれよ」



 まるで苦痛に耐えるような。

 いや、あるいは。


 何かに、抗うような様子で。

 フールマンは、言葉を紡いだ。


 しかし、そんな彼へこちらが何かを思うよりも前に。


「あ~~~~~~~~~…………死ねぇえええええぇアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 漆黒のオーラを爆裂させ、こちらへと踏み込んでくる。

 そんな彼を俺は、今一度。


「ウインド・ブラスト」


 風の魔法を用いて、遙か天空へと吹っ飛ばした。


 そうして一人、中庭に取り残された状態になると。


「…………今し方の発言、黒幕の意図とは、明らかに矛盾している」


 まず、手元にある情報をもとに、此度の一件がいかなる内容であるか、推察してみよう。


 首謀者は間違いなく、エレノアの祖父、セオドア・オーガス。

 彼はエレノアに苦痛を与えることによって、それを邪神復活の材料としている。

 だからこそ、セオドアにとって我が存在は邪魔者以外の何者でもない。


 しかしながら……

 セオドアの配下であろうフールマンは、今し方、こんなことを口にした。


「エレナの傍に居ろ、と。彼は確かに、そう言ったな」


 これはセオドアの目論見とは矛盾した発言だ。


 彼はエレノアを苦しめようとしている。


 であれば、そこに荷担しているであろうフールマンは、セオドアの意思を曲げているこちらを排除するか、あるいは。


「エレナへ近付くなと、そう口にするのが道理というものだろう」


 しかして実際に彼が吐いたのは、真逆の言葉。

 これがいったい、何を意味しているのか?


 ……いくつかの可能性が、浮かび上がってくる。


 もし、そうだとしたなら。

 俺は今、エレノアを救う方法を、手に入れたのかもしれない。


「現状、それを試す以外に、方法はない、か」


 そう結論付けてから。

 俺は玄関先にて、今なお倒れ込んでいるエレノアのもとへ戻り、


「……ふむ。少々、崩れているが、しかし」


 招かれざる客によって踏み砕かれたクッキー。

 その欠片を手に取ると……

 迷うことなく、口に入れた。


「ア、アルくん……ダ、ダメだよ、そんな……汚い、から……」


「自慢ではないが、腹は頑丈な方だ。問題ない。そんなことよりも」


 俺は彼女の頭を再び優しく撫でながら、微笑を向けて、


「このような形になってもなお、君が作ってくれたクッキーは実に美味だった。……今度、作り方を教えてはくれないか? 共に作り、そして……共に、楽しもう」


「っ……! は、はいっ!」


 涙を零しながら、エレノアが顔を明るくさせる。


「じゃ、じゃあ今すぐ、作りましょう! あたしがあたしで居られるのは、もう四日しか――」



 彼女の言葉を、遮って。

 俺は、次の言葉を送る。



「君と共に菓子を作るのは――――






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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