第六二話 黒幕との接触


 一夜明けて。

 修学旅行、二日目を迎える。


 朝方。

 本日も俺は柔らかな感触を全身に覚えながら、起床することになった。


 まずは右隣を確認。


「むにゃあ……兄様ぁ……ルミのおっぱい、気持ちいいですかぁ~……?」


 どうやら淫らな夢を見ているらしい。

 そんなルミエールの他に一人、こちらを抱き締めながら眠る者が居た。


「んん~……旦那様の、ぶっといモノで……わたしの奥を……」


 俺の左隣で眠るエリー。

 こちらも淫夢を見ているようで、実に気持ち良さそうな調子、だが。


「ミス・エリー。おやすみのところ申し訳ございません。起きてください」


 声を掛け、体を揺さぶると。


「ふぁっ…………あぁ、夢だったのか……」


 残念そうに呟くエリー。

 そんな彼女へ、俺は昨夜の報告を促した。


「仕事の成果について、お聞かせ願えますか?」


「う、うむ。それが、だな」


 歯切れの悪さからして……芳しい結果ではなかったようだ。


「全員の記憶を探るべく、寝込みを狙って接触したのだが、しかし」


 皆一様に、強力なプロテクトが掛かっていて、記憶を覗くことが出来なかった、と。

 エリーは悔しげな顔をして、そう言った。


「しかし……これを収穫と呼ぶべきかは、難しいところだが」


 彼女は語る。

 なんらかの情報を得んとして、貴人達の屋敷を探った結果……


「都の長たる老爺、セオドア・オーガスの屋敷にて、気になるものを発見した」


 果たして、それは。


「特にどうという気もなく、ふと目にした家系図に……エレノア・サンクトゥムという名が、記されてあったのだ」


「……ほほう」


 つまり、都長にして、邪神復活を目論む首謀者たるセオドアは。


「エレナと血縁があるということか」


「うむ。それも親戚筋などの遠縁ではない。祖父と孫の関係だ。サンクトゥムというのはセオドアの娘……エレノアの母にあたる人物が、嫁いだ家の名であるらしい」


 ふむ。

 セオドアは孫娘を贄として扱い、邪神の復活を狙っているというわけだな。

 ずいぶんと胸クソの悪い話だが……そうした個人的な感情はさておき。


「情報提供、まことにありがとうございます、ミス・エリー」


「……礼などよしてくれ。わたし自身、理解しているつもりだ。此度の情報には特別な価値などないということぐらいは、な」


 沈んだ調子で目を伏せながら、エリーは呟いた。


「役に立てず、申し訳ない」


 悔恨の情を見せるエリー。

 俺はそんな彼女の頬を撫でながら。


「役に立つか否かは重要なことではありません。貴女が当方のために働いてくれた。それだけで感謝するには十分ですし……こちらにとっえは、望外の喜びです」


「だ、旦那様……!」


 こちらの優しさは、エリーの心を多少なりとて楽にさせることが出来たらしい。

 彼女は決然とした顔をして。


「つ、次は必ず、役に立ってみせるぞ、旦那様!」


 意気込む彼女の白髪を撫でてやると、右隣でルミエールが起床し、


「おはようございます、兄様っ♥」


 頬にキスをしてくる。


 これへ対抗するかのように。


「わ、わたしもっ!」


 ルミエールとは反対側の頬へ、エリーがキスをしてくる。


 ……よくよく思い返してみれば、彼女に目覚めのキスをされるのは初のことだな。


 彼女の心境や、関係の変化を感じるような朝。

 そんな時間を経て。



 現在。



 俺は修学旅行二日目の学修課程を受けていた。


 歴史博物館へと足を運び、学術都市・セルエナの歴史を学ぶといった内容である。


 学生達からすると特に旨味のないものだが……

 修学旅行というのは、学園側と修学地側とで、大人の取引があるものだ。


 これはその一環であろう。


 我々にはなんのメリットもない学修内容でも、大人達にはなんらかの利があるに違いない。

 そんな学修について、俺は当初こそ、興味の埒外であったが……


 しかし。


「貴人学園の皆様。私はセオドア・オーガス。都市の長を務めております」


 博物館の案内人として。

 事件の黒幕と思しき老爺、セオドアが我々の前に姿を現したことで、俺は今回の学修に興味が湧き始めた。


 彼はいったい何を語るのか。

 その内容は、此度の事件に関係があるものか。


 そうした期待と共にセオドアの案内を受け――


「こちらの一室は、ヴィジョン・ルームと名付けられておりましてな。この装置を起動いたしますと」


 台座型のそれへセオドアが魔力を流した瞬間。

 何もない真っ白な空間が、別世界へと変わった。

 これは元居た世界で例えると、ホログラム装置といったところか。


「順々に、時代を繰り下げていきつつ……皆様には都市で起きた主要な出来事を、追体験していただきましょう」


 まるで一種のアトラクションのようであった。

 セオドアの言う通り、ホログラムを用いたそれは追体験と呼ぶに相応しい。

 当時のセルエナに迷い込んだかのような没入感。

 しかしてそれは現状、俺が抱えた問題にはなんの関係もないもの……だったのだが。


「さてさて。次が最後となります」


 セオドアが装置を操ってからすぐ、再び映像が切り替わり……

 周囲の光景が、超古代と思しき世界へと変化する。

 果たして、そこには。


「都市建造の切っ掛けとされる伝説。邪神と女神の大戦おおいくさを、御覧に入れましょう」


 天使のような出で立ちをした女神。

 そんな彼女の前にそびえる、巨大な怪物。

 まるで触手の塊が人型をなしたようなそれは――


「旦那様……! アレはわたしが見た邪神の姿と、酷似している……!」


 なるほど。

 アレが邪神の姿というわけか。


「セルエナが建造される以前。この地は邪悪なる神が支配していたとされています。そのおぞましき所業に人々は苦しめられており……しかし、ある日、一柱の女神が降り立ち、邪神を封印した」


 激しい一戦の映像。

 その果てに、セオドアが述べた通りの結末がやって来た。


「セルエナは今でこそ学術都市として知られておりますが……かつては、邪神の封印を守護する土地として、扱われていたのです」


 とはいえ、とセオドアは前置いて。


「全ては伝説に過ぎません。当然ながら、封印されし邪神など存在しておりませんので、ご安心を」


 好々爺といった調子で笑うセオドアに、生徒達も皆、笑い声を返した。

 ……真実を知る身としては、まったく笑えないな。


「さて。ここでの学修は、これにて完了となります。皆様、お疲れ様でした」


 ふむ。

 得られた情報の中で考慮すべきは、やはり。


「邪神と女神の伝説、か」


 そこからは様々な可能性が読み取れる。

 だが。

 深く掘り下げるべく、考察へ進もうとした、そのとき。



「孫娘が世話になっているようだね、アルヴァート・ゼスフィリア君」



 セオドアが、こちらへと声を掛けてきた。


 ……これはまた、想定外の展開だな。


 言葉の用意がなかったので、俺はとりあえず、相手の出方を窺うことにした。


「エレノアは見目麗しく、君にとって魅力的に映るのだろうが……」


 ここで、「手出しをするな」と述べたなら、孫思いの老爺という印象になるのだろう。

 しかしながら。

 セオドアが次に述べた言葉は。


「関わらない方がいい。さもなくば……彼女の身に降り注ぐ厄災が、君にも悪影響を与えることになるだろう」


 と、そのような脅し文句を口にしてから、彼は足早に去って行った。


「……情報提供に、感謝するところ、だな」


 こちらの動向は不都合な内容である、と。

 彼は言動で以て、そのように教えてくれたのだ。

 であれば当然。


「こちらが取るべき選択は一つ、か」


 エレノアとの交流。そして守護。

 それらを今後も維持したなら、こちらにとっては好都合なことが起きる可能性が高い。


 無論、先ほどの言動自体が罠であるという可能性もあるが……

 今は自分の第六感を信じることにしよう。


 ともあれ。

 博物館での学修を終えた後は、自由時間となる。

 それを迎えたと同時に、俺は仲間達へ頭を下げて、


「邪神と女神にまつわる情報を、探ってもらいたい」


 皆、二つ返事で了承。

 そんな彼女等に感謝の意を述べた後。


 俺はエレノアの屋敷へと向かうべく、移動。


 その道中、千里眼の魔法を用いて彼女の今を確認する。


 プライベートを暴くような行為だが、しかし、必要なことだ。

 エレノアはいつなんどき、不幸を享受するかわからないのだから。


 ゆえに俺は、定期的に彼女の現状を確認するようにしていた。


 そして――



「――やはり、こりない奴だな」



 最悪の事態が発生する直前であるということを悟った俺は、全速力で現場へと向かう。


 かくして、エレノアの屋敷へと到達してからすぐ。


 我が目に、不愉快な光景が飛び込んできた。


「ア、アルくんっ……!」


 屋敷の玄関先にて。

 エレノアが、今。


「おいおいおいおいおいおいおい! まぁぁぁぁぁた、てめぇぁよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 マスクの怪人、フールマンの、目の前で。


「見世物じゃないんだ! さっさと邪魔者を追い払え!」


 客と思しき男に。

 強姦される、直前の状態で。

 だからこそ。



「たす、けてっ……!」



 涙を流すエレノア。

 その姿を前にして。

 俺は。


「……今回は少々、痛い目を見てもらおうか」


 らしくないと考えつつも。


 

 怒りに身を、委ねるのだった――

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