第六一話 旅行初日にして、情報密度がエグい


 ふと窓を見たことで、俺は時刻が夕暮れ時になっていることに気付いた。


「もう、こんな時間か」


「あっ……長々と、引き止めちゃいました、ね。ごめんなさい、です……」


 あれから色々と話し込んだが、その大半は雑談であった。

 情報など何一つ引き出されることのない、無駄な時間。

 しかし、そうであっても。


「謝ることはない。君との会話は実に、楽しいものだった」


「ふぇっ……?」


「俺は何日か、この都市に滞在することになってるんだが……またここへ、足を運んでも良いだろうか?」


「も、もちろんっ! ぜひ、いらしてください、ですっ!」


 猫耳をピンと立たせながら、花が咲いたような笑顔を見せてくる。

 そんなエレノアは実に愛らしく……

 ゆえにこそ。

 心がじんわりと痛んだ。


「では……ここいらで、失礼させてもらう」


「あ、はい。でも、その」


 何かを言いたがっている様子のエレノアに、俺はそれを紡ぐよう促した。


「遠慮する必要はない。俺達はもう、友人なのだから」


「ゆ、ゆうじんっ……!」


 どうやら奇しくも、こちらの発言は彼女の意図に関係したものだったらしい。


「えと、その、ですね。お、お友達、同士は……あだ名で呼び合うと、いうじゃない、ですか」


「あぁ。君がそうしたいのなら、俺に対してどのような呼び方をしても構わない」


「っ……! で、では、今後、あなたのことを……アルくんと、お呼びしても……?」


「あぁ。そうしてくれると、こちらとしても嬉しい。君との距離が縮まったように思えるからな」


「ア、アルくん……!」


「こちらは、そうだな。エレノアをやや短縮し……エレナと呼ばせてもらおうか」


「は、はいですっ! ぜひ、そうお呼びくださいっ!」


 そうして、俺達は笑顔を向け合うと、


「では、またな。エレナ」


「はいっ! また来てくださいね、アルくんっ!」


 友人が出来たことが、よほど嬉しかったのだろう。

 エレノアは屋敷の玄関までこちらを見送ったうえ、姿が見えなくなるまで、ずっと腕を振り続けていた。


 ……なんとも健気で、可愛らしい少女だと、そう思う。


 そんな彼女の屋敷をあとにして、皆が待っているであろう宿へ。

 その道すがら。

 俺はエレノアのことを想いながら、呟いた。


「……こちらの問題に関わるか否かは、もはや関係ない」


 求むる平穏を合理的に得ようとするならば、彼女のことなど見捨てて自己中心的に動くべきであろう。


 しかし、俺はそのようなことを躊躇いなく実行出来るような人間ではないし、そのようになろうとも思わない。


「自分のことよりも、まずは」


 エレノアを救いたいと、俺は心の底からそう考えていた。

 そのためにも……情報が、必要だ。


 俺は宿へついてからすぐ、皆と合流し、一所に集った。


 リンスレットの部屋である。

 彼女のそれは特等室となっており、生徒達にあてがわれた部屋とは比較にならないほど広々とした空間となっている。


 ゆえに大人数が集っても狭苦しさなどは感じることなく、情報共有の場としてはなんのストレスもなかった。


「まず以て、こちらから重大な話をさせてもらいたい。ある意味で、皆の苦労を水の泡としてしまうような内容だが――」


 ルミエール、エリーゼ、セシル、クラリス、セシリア、エリー、そしてリンスレット。

 彼女等へエレノアの存在と、その背景などを包み隠すことなく話した。

 そうすることで、皆は考え込んだ様子となり、


「なるほど。確かに、我々の情報収集の意味は、なくなったも同然だが」


「うん。また新たな問題が生じたって感じだよね」


 顎に手を当てるエリーゼと、セシル。

 そんな二人に頷きながら、ルミエールとクラリスが言葉を紡いだ。


「兄様は、そのエレノアって子を、救いたいんですよねぇ?」


「あと四日で何もかもが消えてしまう少女……いったい、どうすれば……」


 ここでセシリアが小さく挙手をして、


「これからは……アルヴァートを、助けるための情報、じゃなくて……エレノアって子を、助けるための情報を、探せばいいんだよ、ね?」


「あぁ、そうしてくれると助かる。俺の問題については、一時保留だ」


 これにリンスレットが首肯を返し、


「ある意味じゃ、もう解決したも同然だものね、あんたの問題は。ただ……エレノアって子を救った場合、あんたの問題を解決する方法が一つ、失われるってことになるけれど」


 その通りだった。


 アルヴァートの人格を消し去りたいと願うなら、このままエレノアを放置して、四日後の時点で奴を彼女へ移せばいい。

 そうしたならリセットが発生した瞬間、奴の人格は綺麗さっぱり消滅する。


 だが、そのような選択をした場合、


“出来ねぇよなぁ?”


“そんなことしたら、あいつが死んじまうんだもんなぁ?”


 不愉快な声に、反論することは出来なかった。


 ……とはいえ。

 状況は最悪というわけでもない。


 ハイリスクではあるが、奴を消し去るための手段は確実に、存在するのだから。


「勝手を言って申し訳ないが……皆には明日から、エレノアに関する情報と、彼女のリセットを防ぐ方法について、探ってもらいたい」


 頭を下げるこちらへ、皆は愚痴の一つも漏らすことなく、


「うむ。任せておけ」


「ルミは兄様のそういうところも好きですからねぇ~♪」


「絶対に救ってあげようね、アルヴァート君」


「わたくしも、全身全霊を尽くさせていただきますわ」


「頑張る、ね……」


 そしてリンスレットもまた、


「問題が余計にややこしくなった感じだけど……だからこそ、面白い」


 どうやら乗り気なままで居てくれているらしい。

 そんな彼女等に感謝の意を述べて、再び頭を下げてから……解散。

 俺は自室へと向かい、ドアを開け、室内へ入り込んでからすぐ。


「ミス・エリー。貴女の報告を、お聞かせ願えませんか?」


 沈黙し続けていたエリーへ、言葉を投げる。

 瞬間、彼女はずいぶんと複雑そうな顔をして、


「旦那様。これから語る内容は、嘘偽りのないものだ。どれほど荒唐無稽であっても、それは我が目で見た真実。ゆえに……受け入れていただきたい」


 なんとも大仰な言い回しに、俺は自然と警戒心を抱いた。

 果たしてエリーが語ってみせた内容とは、


「……地下洞窟にて眠る、邪神」


「うむ、馬鹿馬鹿しい話だが……紛れもない事実だ」


 完全なる不意打ち。

 エリーがもたらした情報はまさにそれだったが……

 しかし、一方で。


「感謝いたします、ミス・エリー。やはり貴女は俺にとって、なくてはならぬ御方だ」


「むっ……!」


 少々、照れた様子のエリーに微笑を向けながら、俺は考えを巡らせた。


 眠り続ける邪神。

 それを呼び起こさんとする都市の支配者達。


 そして……


「贄は十分に捧げたはず、と。彼等はそのように述べていたのですね?」


「あぁ。一言一句、間違いはない」


 その贄とは、おそらく。

 エレノア本人か、あるいは彼女に関連した何かであろう。


「ミス・エリー。今夜あたりにでも」


「あぁ。寝込みを狙い、貴人達の記憶を覗いてみよう」


 やはり彼女が居てくれてよかったと、心の底からそう思う。


 邪神の復活を目論む者達が、いかなる情報を有しているのか。

 もしそれを得られたなら、事件解決へと一気に近付くだろう。


 と、俺がそのように、楽観的なことを考えた瞬間。


“眠り続ける邪神”


“受容の巫女”


“……なるほど、ねぇ”


 くつくつと、不愉快な笑い声が脳内に響く。


 何か、嫌な予感を覚えるが……しかし、奴がこちらの思考を共有しているのに対して、俺はアルヴァートの考えがわからない。


 ゆえに今は、捨て置くしかなかろう。


「……まったく」


 深々と嘆息しながら。

 俺は一日を振り返りつつ……自らの感慨を、呟いた。



「――初日の情報密度としては、あまりにも高すぎる」

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