第六〇話 胸クソ設定のオンパレードじゃねぇか


 客間にて。

 俺は再びエレノアと茶を飲みつつ、言葉を交えていた。


「まず聞きたいのは……つい先ほど撃退した怪人について、君が知り得ている情報を、教えてくれないか?」


「は、はい……」


 彼のことをよほど畏れているらしい。

 エレノアは猫耳を伏せ、顔を青ざめながら、言葉を紡いだ。


「名前は……フールマンと、いう、です」


「フールマン。直訳すると……愚かな男、か」


 ずいぶんと自虐的なネーミングだ。

 そこにどのような意味があるのかは、今後明らかになっていくだろう。


「それで、えっと……彼は定期的にやって来て……仕事を、させて、きます。拒んでも、無理やり……体を……」


「無理はしないでくれ。話せる内容だけでいい」


「……ごめんなさい、です」


 暗い表情のエレノアを見ていると、フールマンに対する義憤が湧き上がってくる。

 よくもまぁ、このようないたいけな少女を、と。

 そんなふうに考えながら、俺は次の問いを投げた。


「彼の、あるいは彼等の目的は?」


「えと……わかりません、です……」


 ただ定期的にやって来ては、望まぬ仕事をさせてくる存在。

 エレノアが知り得るフールマンの情報は、それだけだった。


「では続いて……君の能力に関する質問を、させてもらいたい」


 ここはかなり、重要な内容となる。

 もしも次の問いに、彼女が肯定の意を示した場合……

 アルヴァートを消し去るための選択肢が一つ、増えるからだ。


「君が受容出来るマイナスというのは、病魔に限ったものか?」


「い、いえ。相手が災厄だと捉えていれば、どんなものでも肩代わり出来る……、です」


 とうことはつまり。


“俺をこのメスガキに移そうってかぁ?”


“ハハッ、そりゃずいぶんと身勝手な話だな”


“もしそんなことをしたら……こいつの精神を、ブッ壊してやる”


 研究所にて、ある魔道具を前にしたときは威勢のいい声音を響かせてきたものだが、今回は真逆だった。


 その言葉には間違いなく、強い焦燥感が宿っている。


 どうやら奴にとっては不都合な選択肢のようだが……

 しかし、エレノアにアルヴァートの人格を移した場合、どんな問題が生じるかわからないというのもまた、事実。


 よって今は、彼女への人格移行という選択肢は、保留とすべきか。


「では続いて……少々、おかしな質問になるんだが」


 俺はについて、問い尋ねた。


「君の周囲にはこれまで、君を助けてくれるような男性は居なかったのか?」


「は、はい。アルヴァートくん、だけです。……


 はまだ、エレノアに接触していないということだろうか。

 そう考えつつ、彼女が口にした内容の一部について、俺は問いを投げた。


「多分、とは?」


「えと、その……書かれて、なかったので」


「書かれていない?」


 エレノアは小さく頷いた後、


「ちょっと待っててください」


 そう述べてから部屋を出て……およそ五分程度が過ぎた頃、一冊の日誌を抱えながら、戻ってきた。


「あたしの情報は、これに全部、載ってます、です」


 差し出された日誌を手に取りつつ、俺は怪訝となった。

 なぜ口頭説明ではなく、わざわざ日誌を読ませるといった形を取るのか。

 そうした疑問を抱きながらも、俺は受け取ったそれの中身を検めていく。


「一ページ目に記されているのは……君の能力に関する情報、か」


 エレノアの口から説明されなかった情報は、一つだけ。


 どうやら受容の儀というのは、身体的な接触と相手方の意思が重要なトリガーとなるらしい。


 つまり体を触れ合わせ、自らが抱えた災厄を相手に移すと念じたなら、それを彼女へ一方的に押し付けることが出来るということだ。


 そして個人的に、重要な内容と捉えたのは。


「必要なのはあくまでも身体接触であって……性交渉を行わねばならないというわけではない、か」


 まぁ、当然ではある。

 もし相手が女性だった場合、擬似的な性交渉しか出来ないからな。

 ゆえに身体接触が性的な行為に限定されないというのは、納得の内容だ。


 しかしながら……

 そうであるならば、なぜ、フールマンはエレノアに体を売ることを強要しているのか。


 ただの嫌がらせ?

 あるいはそこに、なんらかの意味が?


 ……現時点においては判然としないため、あえて捨て置くことにしよう。


 俺はページをめくり、情報を確認していく。

 と、そのとき。


「……エレノア。ようだが」


「あっ。そ、それは、あたしも気になってて……」


「君がやったわけじゃないのか?」


「えと、その……わからない、です……」


「わからない、とは?」


「も、もしページをあたしが破ったとしたら……その意味を、日誌に書いてるはず、です」


 この際、なぜ日誌に書くのかということについては、あえて聞くまい。


「ということは……この数ページ分を破いたのは、君以外の誰かである可能性が高いというわけか」


「は、はい。でも、もしかしたら……あたしが、自分の行いを、なんらかの理由で書かなかったという可能性も……」


 いずれにせよ、謎が増えたということになるな。


 その一方で。

 ページをめくり続けたことにより……


 一つ、謎が解けた。


 付け加えて言えば。

 今、俺が抱えている問題の解決法が、また新たに一つ、増えることになった。


 しかもそれは、とは違い、実に完璧な内容である。


 俺にはなんのリスクもなく、ただ時が経つのを待つだけで全てが解決するといった、あまりにも都合がいい選択肢。


 だが、そんな方法を得たことで、むしろ。


「……これぞまさに、一難去ってもう一難というやつか」


 我が胸中に喜悦など皆無。

 感じているのはむしろ……苦痛である。


「俺の問題を解決出来たとしても、エレノア、君は」


 解けた謎というのは、彼女の言動に関するものだった。


 なにゆえ頻繁に、「らしい」という文言を付け加えていたのか。

 なぜわざわざ、自分の情報を日誌に纏めていたのか。


 その理由は。


「はい、です。あたしが肩代わりした厄災は、七日目を迎えた瞬間……えと、は、四日後、ですね。そのときになると、消えてなくなる、です。ただ、そうなったなら、あたしは――」


 一度言葉を句切ってから。

 エレノアは、切なげな表情をして。

 自らの運命を、語り紡いだ。


「七日目を迎えると……あたしの全てが、リセットされます、です」


 そう。

 そうなのだ。


 七日目を迎えると同時に、彼女の中にある全てが消えてなくなる。


 抱えた厄災、だけでなく。


 人格や記憶すらも、消え去って。


 まったくの別人へと、変異する。


 即ち――


「エレノア、君は」


「はい、あたしは」


 残り、四日で。



 ――実質的な死を、迎えてしまうのだ。

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