第五七話 セカイ系ヒロインの、現状
昨今、成人向けノベルゲームの業界は、斜陽にあると聞く。
市場規模は縮小傾向にあり、だからこそ攻めた企画が通りにくいとか。
過去に一時代を築き上げた「泣きゲー」や「シナリオ重視」といった作品は滅多に出ることなく、比較的売り上げを伸ばしやすい「実用性重視」な作品がよく目立つ。
そうした業界の在り様に一石を投じるかの如く、クランク・アップは堂々たる泣きゲーを投入せんとした。
それこそが、ペインフル・メモリーズである。
公式ホームページを見るに、業界内に蔓延る風潮を真っ向から否定するような作風であることは間違いない。
まずキャラデザの時点で実用性など欠片も感じさせず、さらには攻略対象という概念がない、完全な一本道のシナリオ。
そもそもが作品紹介ページに「風潮を変えるための作品」であると明言されてさえいる。
クランク・アップというメーカーらしい、尖った在り様に俺は強い興味を持ち、本作を手に取ることを決めたわけだが……
発売前の時点で重度の鬱を発症し、結果、衝動的に命を絶ってしまったがために。
俺は終ぞ、本作をプレイすることが出来なくなった。
……そんなクランク・アップの最新作に登場する、唯一のヒロイン。
エレノア・サンクトゥムが今、目の前に立っている。
「え、えと、その……あたしの顔に、何か付いて、ます?」
「……いや、すまない。君に良く似た人を知っていてな」
見れば見るほどに、公式ホームページの情報が蘇ってくる。
中でも重要な、あらすじ部分。
当然ながらシナリオの全貌を明かしてなどいなかったが……
薄幸の美少女であるエレノアと、平凡な男性である主人公が出会うことで物語が開幕し……彼女の秘密に触れた主人公が、いかにしてエレノアを救おうと藻掻くのか。
そういったあらすじを思い出し……俺は一つの仮説を立てる。
ペインフル・メモリーズは他のクランク・アップ作品と同様、安直なハッピーエンドには絶対にならないだろう、と。
……思い出したあらすじと、打ち立てた仮説が、俺の現状にどう関わるのかは、今のところ判然とはしない。
ただ間違いなく断言出来るのは。
エレノアが辿るシナリオと、我が身のそれは、確実にリンクしている。
そう確信したがために。
「もしよければ……家まで送らせてもらえないか?」
「……ふぇっ?」
「いや。君はどうにも、不幸を呼び込むような感じがしてな。クサい台詞になってしまうが……その全てから、守ってやりたくなる」
「っ…………!」
瞬間、彼女は大きな瞳をじんわりと涙で濡らし、
「……ぜ、ぜひ、送ってもらいたい、です」
ということで、俺はエレノアに付きそう形で、都市の中を歩き続けたのだが。
どうやら彼女は足が不自由であるらしく、片足を引き摺るようにして歩いていた。
衣服から覗く素肌には包帯が巻かれていて、ずいぶんと痛々しい。
先ほど、少し優しい言葉をかけただけで涙を浮かべたことからしても……
エレノアを取り巻く状況というのは、やはり、憐憫を誘うようなものであろう。
「ア、アルヴァート、さんは」
「呼び捨てでいい」
「えっ、いや、でも」
「難しいようなら、君付けでもいい」
「え、と……じゃ、じゃあ、アルヴァート、くん」
初対面の相手にかなり馴れ馴れしいとは思うが、しかし彼女と距離を詰めることを目的とした場合、かなり積極的になるべきだと直感した。
その考えは的中していたらしく、早くもエレノアはこちらに好意を持ち始めたらしい。
純白の頬をほんのりと紅く染めながら、彼女は問い尋ねてきた。
「アルヴァートくんは……都市の外からやって来たって、言ってました、よね?」
「あぁ。リングヴェイド王国という、それなりに大きな国だ」
「も、もしよければ、その」
「あぁ。道すがら、色々と話をしようか」
「っ……! ア、アルヴァートくんはすごい、ですね……! あたしの心の中、全部わかってるみたい……!」
「そんなことはない。ただ、君が望んでいることを真剣に考えているというだけのことだ」
なんの気なしに紡いだ言葉、だが。
これもエレノアにはよく効いたらしい。
……この子は、優しさというものに触れたことがないのか?
「まずは、そうだな。俺は貴人学園という学び舎に通っているんだが」
王国での学園生活を語ってみせると、エレノアは目を輝かせて、聞き入っていた。
どうやら外への憧れが、かなり強いようだな。
それは彼女が、自らの環境に強いストレスを感じている証であろう。
「す、すごいんですね、アルヴァートくんは……!」
「第三者の目には、そのように映るのかもしれないな」
と、会話を繰り返すうちに。
「あっ。ここです。あたしの、家」
こじんまりとした家屋……といった、こちらの想像に反して、彼女の住処はそれなりに立派な屋敷だった。
しかし長年手入れがされていないのか、壁には亀裂が走り、蔦などの植物も見受けられる。
その外観はまるで、幽霊屋敷のように不気味なものだった。
「え、と。その……」
「不躾であることは重々承知のうえで、一つ、頼みたいことがある」
「あっ。な、なん、でしょう?」
「少々、喉が渇いてしまってな。君の屋敷で茶など出してくれると、助かるんだが」
「っ……! も、もちろんですっ! はいっ!」
彼女との接し方が、完全に掴めたような気がする。
そうして俺はエレノアと共に屋敷へと入り、客間に案内され……
「お客っ♪ お客っ♪ 初めてのお~きゃ~く~♪」
遠くから聞こえてくる調子外れな小唄を耳にして、口元を緩ませた。
それからしばし、客間で待機していると、彼女が二人分の茶を持ってきて、
「あ、あたしも一緒に、飲んでもいい、ですか?」
「もちろんだ。道すがらにした雑談の続きなども交えつつ、ティータイムを楽しもう」
「は、はいっ!」
向かい側のテーブル席に腰を落ち着けるエレノア。
そうして我々は会話に華を咲かせ、穏やかな時を過ごす。
「し、信じられないような経験を、されているんですね、アルヴァートくんは」
「業腹ではあるがな」
肩を竦めて見せた後、俺は彼女へ問うた。
「君はどうだ、エレノア」
「ふぇっ?」
「君のことを教えてくれると、嬉しいんだが」
これまでの会話は常に、俺の身の上話をエレノアが聞くという形となっていた。
しかし、ここからは。
彼女から、情報を聞き出したいと、考えている。
「もちろん、君さえよければの話だが」
「え、えと、その……」
彼女の態度は……警戒、ではないな。
どちらかといえば困惑と呼ぶべき表情だ。
ゆえに……彼女は自分の身の上を、なんらかの事情で話せないと、推測すべきか?
であれば。
「この屋敷は実に立派な出で立ちをしているな。そのようなところに住んでいることから察するに……君は、長者の御息女ということだろうか?」
確信を得るための言葉を、繰り出す。
果たしてエレノアは、困ったような顔をして俯きながら、
「……わからないん、です」
わからない?
……この発言から察せられる、設定のパターンとしては、やはり。
「エレノア。君は」
言葉を紡ぐ、その最中の出来事だった。
バンッ、という音が耳に入る。
何者かが屋敷の入口を派手に開いて、入り込んだのだろう。
瞬間、エレノアが全身を震わせ……
「し、仕事の、時間……!」
カチカチと歯を鳴らし、顔を真っ青にする。
そんな彼女の様子に怪訝を感じる中、靴音がこちらへと近付いてきて。
再び、派手な音を鳴らしながら。
闖入者が、客間のドアを開け放った。
「エェ~レノォ~アちゃああああああんっ! お仕事の時間だよぉ~~~~んっ!」
ねっとりとした、気持ちの悪い声音。
果たしてドアの先に立つ人物は……
まさに、怪人と呼ぶべき出で立ちをした男であった。
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