閑話 異常存在の発見


 未来世界のエリーゼ。通称・エリー。

 彼女の心は今、モヤがかかったように曇りきっていた。


「……わたしは、どうすべきなのか」


 セルエナの只中を行きながら、ボソリと呟く。


「……わたしは、どうしたいのか」


 当初の目的は、過去へ戻ってクラリスを殺害し、彼女の存在を抹消。

 そうして、愛する主人に自分だけを見てもらう、といった内容だった。


 されど過去へ戻ったはいいが、どうやら自分が生まれ育った世界線とは別の過去へと飛んでしまったようで。


 主人は、自分が知る彼では、なかった。


「……当初こそ、ガワだけの存在たる彼を憎く感じたものだが」


 主人の姿で、主人の名を騙り、主人とは別人のように振る舞う。

 そんな彼を衝動的に否定し、消し去ってやろうと思い至ったがために。

 彼女は彼を襲撃し……返り討ちに遭った。


「腹に受けた一撃の痛みと重み。アレは実に、よく響いた」


 主人から日常的に受けてきた暴力とは、また違った快感。


 それがエリーの心をほんの僅かに動かして。


 以降、どんどんと彼にのめり込むようになっていった。


 ……しかしながら。


「彼の中に本物の主人が居る。であれば……わたしは、真の主人にこそ、協力すべきではないのか?」


 彼を助け、真の主人を消し去るのは、あまりにも不義理というものだろう。


 そう考えている、はずなのに。

 体が勝手に、彼を救おうとしている。


 ゆえにこそエリーは、自分にしか出来ないことをしようとしているのだ。


「……ここに、あるかもしれないな。彼を救うための、情報が」


 目前に聳え立つ巨大な建造物を見上げながら、呟く。


 都市中央に設けられたそれは、通称・叡智の塔。

 セルエナに集積されし全ての知識は、ここに保存されているという。


 その性質上、一般人は立ち入りを禁じられており、入場の権利を持つ者は都市を治める一部の上位者か、少数の編纂者に限られている。


 当然のこと、出入り口の周辺は厳重に警備されていて、蟻の一匹すらも侵入は不可能……ではあるのだが。


 エリーの異能、存在消滅の力と、超高レベルな隠匿の魔法を掛け合わせたなら。


「特にどうということもなく、素通りという結果になった、か」


 警備網をあっさりと抜けて、塔の内部へと侵入。

 そこには現状、誰一人として存在せず、不気味なほどの静寂が広がっていた。


「ずいぶんとまぁ、凄まじい光景、だな」


 塔はそれ自体が巨大な本棚となっており、壁面にびっしりと資料が詰め込まれている。


「ふむ……資料を閲覧、あるいは編纂する方法は……」


 塔の内部には階段などは存在しない。

 資料が収められた壁面。ただそれだけである。


 しかしそうした殺風景な場には、いくつかの魔道具が備え付けられていて。

 エリーは箒に似たそれへ近付くと、


「察するに、これで空を飛ぶことによって、情報の閲覧ないしは編纂を行っているのだろうな」


 エリーは箒型の魔道具を手に取って、跨がると、魔力を流し……

 考察通り、自らの体を浮き上がらせた。


「さて……どこから手を付けたものか」


 壁面へと向かい、資料の背表紙を確認してみると、そこには内容を表す題名が記されていた。


 それを頼りに、彼の現状を解決するのに役立つような資料を発見すべく、空を飛び回る。


「……全ての情報が集積されているだけあって、あまりにも数が多すぎるな」


 無論、一日やそこらで成果が出せるとは思っていなかったが、それにしたって、これは。


「長丁場を覚悟する必要がある、か」


 呟きつつ資料探しを続行するエリー。

 そんな最中の、出来事だった。


「む……?」


 眼下にて、何者かが塔の中へと足を踏み入れてくる。


 七名の集団。

 人間が五名。魔族が二名。


 年齢は総じて老年。

 身なりの良さからして、都市を支配する上位者達であろう。


 エリーは彼等の目的を、情報資料の確認であると、そのように推測する。

 何せここには資料以外、何物も存在しないのだから。


 ――しかして。


 彼等は空など飛ぶことなく、床を歩き、壁面へ到着すると。

 七冊の資料、その背表紙に手を当て、同時に押し込んだ。


 瞬間。

 棚の一部が音を立てて開き、昇降機が姿を現す。


「……ッ!」


 エリーは直感する。

 彼等は何か重大な秘密を、今から確認しに行くのだと。


 それが夫たる彼の役に立つかどうかはわからない。

 しかしながら、この機を逃せば、次はないかもしれないと考えた結果。


 エリーは急ぎ地面へと降り立ち、彼等と共に昇降機へと乗り込んだ。


 存在消滅の異能と隠匿の魔法の掛け合わせによって、誰もエリーの存在を認識出来てはいない。


 果たして昇降機は地下へと降り進んでいき……

 辿り着いたのは。


 巨大な、洞穴といった様相の、地下空間であった。


 そこには魔導式の光源が複数取り付けられていて。

 ゆえに。

 エリーは彼等と共に、を見た。



「ッ……! な、なんだ、このバケモノはッ……!?」



 名状し難い、巨大な怪物。

 無数の触手が翼を持つ人型を成したようなそれは、まるで眠るように沈黙しており……

 そんな怪物へと、七人の老爺達は叫んだ。


「邪神よッ! 邪神・ヴェヌカ=ウルヌスよッ!」


「なにゆえ、未だ目覚められぬのかッ!」


 邪神。

 その文言を耳にした瞬間、エリーは身震いした。


「空想の存在では、なかったのか……!?」


 魔王や勇者といった存在は、御伽噺や伝説だけでなく、史書にさえ記されていることもあってか、その実在性を疑うことはない。


 だが、邪神という存在は信憑性のある資料のどこにも記載されてはおらず、ゆえにこそエリーは今まで、それを空想や妄想の産物でしかないと、そのように捉えていた。


 されど、今。

 伝説や御伽噺の中にしか、ありえないモノが、目前に在る。


「贄は十分に捧げたはずだッ!」


「これ以上、何を求められているのかッ!」


 老爺達の様子は、異常極まりないものだった。

 まるで願いを聞き入れてくれない親を相手に、泣き喚く子供のような姿。

 事実、老爺の中には滂沱の涙を流す者も居て……


「我が命をお望みならばッ! 今すぐに、自らの胸を裂きッ! 血の滴る心臓を、捧げましょうぞッ!」


 狂気。

 老人達は皆、誰もが、吐き気を催すほどの狂気に、囚われている。


「……彼等は都市の支配者達とみて間違いなかろう。しかして、そんな彼等は」


 邪神なる怪物を、目覚めさせようとしている。


「……彼の現状に関わる情報か否かは、さておいて」


 エリーは冷や汗を流しながら、呟いた。



「此度の一件は、こちらが思った以上の、大事になりそうだな……!」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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