第五六話 舞台への到着 そして……邂逅


 学術都市・セルエナ。


 その総面積はリングヴェイドの王都と同等か、やや下回る程度。

 人口に至っては数百分の一に届くか否かといったレベル。


 そこに加えて。

 教皇が治めている土地であるといった特殊性もなければ、地政学的に目立たない場所にあるといった事情もない。


 にもかかわらず、なぜ、このセルエナが長年に渡り、独立を保ち続けているのか。


 世界中から叡智が集う。特別な土地だからだと、皆はそのように認識しているが……


 俺はそのように捉えてはいなかった。


 なぜならば。

 この学術都市・セルエナは、クランク・アップの最新作、ペインフル・メモリーズの舞台となっているからだ。


 現在、俺が抱えている問題も相まって、この土地における数日間は、実に刺激的なものとなるだろう。


 不本意極まりない現状に溜息を吐きつつ、俺は皆と共に飛行艇のタラップから降りて、セルエナの地に足を着けた。


「初級生のガキ共~。ちゃちゃっと集まりなさいな」


 今回の修学旅行は全学年合同の行事であるが、巡る場所は学年毎に違いがある。


 それぞれの学年には引率の教師が付いており、初級生を担当するのは、リンスレットであった。


 さりとて。

 基本的に子供嫌いな彼女が、引率の役目をわざわざ買って出たのは、教え子への愛に目覚めたからではなく、


「いやぁ~、ほんっと楽しみよねぇ? アルヴァート」


 俺が抱えた問題の顛末を、特等席にて見届けるためだろう。


「ではアルヴァート様。しばしのお別れ、ですわね」


 クラリスは上級生であるため、常に我々と行動を共に出来るわけではない。


 そんな彼女に別れの挨拶を済ませた後。

 まずは宿泊施設へ向かい、荷物を置いてから、学修地へ。


 移動手段はおおよその国において、馬車が使われるわけだが……

 このセルエナの文明レベルは、他国と比べて一世紀以上、上回っているらしい。


 我々が乗り込んだのは、魔導仕掛けの自動車両であった。


「むぅ……! いったい、どのような仕組みで動いているのだ、この乗り物は……!?」


 隣席のエリーゼが窓の外を見やりつつ、当惑したような顔で呟く。

 他の面々も似たような反応を示す中、俺は特に感慨を抱くようなこともなく……


 もう一人のエリーゼへと、想いを馳せた。


 彼女は現在、別行動中となっている。

 もちろんそれは、独自に情報を収集してもらうため、だが。


 ……果たして彼女の心境は、いかなるものだろうか。


 何せ今回の仕事はエリーにとって、真の主人を抹消するための方法を探るといった内容だ。


 乗り気になれないという程度であれば、問題はない。

 しかし、ともすれば。


 ……いや、これ以上はよそう。


 俺は婚約を果たすと同時に、彼女のことを信じ抜くと、決めたのだから。



 ……さて。



 そうした思索の果てに、自動車両は目的地へと到着した。


 リンスレット曰く、ここは魔装具の保管と研究をテーマに設営された施設とのこと。


「やぁやぁ皆さん。ようこそ、我がラボへ」


 中年の男性所長。

 彼は人間ではなく、魔族であった。


 尖った耳からして、エルフ族であろうか。


 王国では希少種。共和国においては被差別対象。

 そんな魔族は、しかし、セルエナの地に自然と溶け込んでいて、誰も特別視することはない。


「まずは古代遺跡から発掘された魔装具達を、見学していただきましょうかね」


 所長の案内のもと、我々は施設内を巡り、


「これはおよそ、二〇〇〇年前に開発された魔装具で――」


 彼の蘊蓄や解説を耳にする。

 学者の説明というのは、興味のない人間からしてみれば実に退屈なものであろう。


「ふぁ~……」


 すぐ横でルミエールが欠伸をかます一方で、俺は相手方の文言を一言一句聞き漏らさぬよう、意識を集中し続けていた。


 何がどういう形で現状を解決するのか、依然として不明な今、入り込んでくる情報は総じて、無碍には出来ない。


 そうした考えのもと、所長の魔装具解説を聞き続け――

 一つ、気になるものにブチ当たった。


「これはかつての人魔戦争において、魔族達が開発した魔装具だね」


 腕輪型のそれを指差しながら、所長はその効力を口にする。


「これは魔族限定ではあるのだけど、基礎能力と固有能力を大きく向上させる力が秘められているんだ」


 この説明を聞いた瞬間。

 俺は、セシリアへと目をやった。


「……? どう、した、の……?」


「いや。ともすれば……今回は逆に、と、思ってな」


 我が脳裏に策が浮かび上がる。


 しかしながら、それは。


“いいんじゃねぇの~?”


“試してみようぜ、その作戦をさぁ~”


 脳内にアルヴァートの声が響く。

 されどその声音には危機感もなければ畏怖もない。


 こちらが思い付いた策は、確実に奴を消し去る方法、ではあるのだが。


 同時に。

 俺自身が、消え去ってしまうかもしれない策でも、ある。


“いやいや。チャレンジしてみないとわかんねぇって”


 ……奴の言う通り、試してみてもいい。


 だが、本日はまだ初日である。

 もっとロー・リスクな方法が見つかるやもしれぬため、一時保留ということにしておこう。


 ……それ以降は特に重要な情報など得られぬまま、施設見学は終了を迎え、そこからさらに二つの施設を巡った後。


 昼を過ぎたあたりで、我々は自由散策の時間を迎えるに至った。


「何事もない修学旅行であったなら、共に巡ろうという話にも、なったのだろうが」


「うん。ちょっと残念ではあるけれど」


「ここは効率を重視すべきところ、ですねぇ~」


「アルヴァートのため、だから。仕方、ない」


 各自、ばらけて情報収集。

 そうした判断を自発的にしてくれた彼女等に感謝の意を伝えると、


「あたしも手伝ってあげる。どうせ暇だし、ね」


 そう述べてから、リンスレットはこちらの耳元へ唇を寄せると、


「……問題を解決出来たら、ご褒美をいただこうかしら?」


 冗談か、本気か。

 意図が掴めぬ声音で囁いた後、彼女もまた何処かへと去って行った。


「さて。俺はどちらへ向かうべき、か」


 セルエナに点在する各機関は当然、事前に調べ尽くしてある。

 一般客である我々が入り込める場所は二八カ所。

 そのうちの一つである第七図書館が、ここからだと一番近い、か。


 皆、そことは別方向へ向かったようなので、俺は第七図書館を目的地として、歩き始めた。


 件の場所はここからそう離れておらず、自動車両の乗り場も近場にはないため、徒歩で移動する。


 そうした道すがら、俺は脳裏にある予感を覚えた。


 ……このセルエナのどこかには、原作ヒロインと主人公が、確実に存在する。


 果たして彼女等と出会うことなく、この一件が終わりを迎えるだろうか?


 否。

 確実に、否である。


 ではもし、出会いがあるとしたなら……

 ここら辺が、適当なタイミングではないか。


 と、そんなふうに考えた、矢先の出来事だった。


「いやっ……! は、放して、くださいっ……!」


 少女の声。

 危機感と畏怖に満ち満ちたそれは、すぐ目前から飛び来たもので。


「……叡智の集結地を謳うような土地にも、居るのだな。脳が下半身に在るような連中が」


 暴漢達に路地裏へ連れ込まれる、哀れな少女。

 そんな相手方を救出すべく、俺は早足でそこへ向かい、


「一応、忠告しておく。ここで踏み止まるのなら、痛い目を見ることもないが……さて、どうする?」


 こちらの文言に対し、相手方は血走った眼を向けてきて、


「あぁッ!? 余所者か、てめぇッ!」


「邪魔すんじゃねぇよッ!」


 ……彼等が放った言葉に、を覚えたが、しかし。


 詮索する間もなく襲い掛かってきたので、返り討ちにした。


「ふむ。俺が余所者であるか否かを、なにゆえ気にしたのか」


 倒れ込んだ連中を見下ろしつつ、ボソリと呟く。


 これは深読みやもしれないが……

 彼等の文言からして、、という解釈が出来る。


 もしそうだった場合。

 救助した少女は、害されることが義務づけられているような存在、ということになるわけだが。


「え、えっと、その……!」


 鈴の音を思わせるような、愛らしい美声が横から飛んでくる。


 それは暴漢の魔の手から救い出した少女の口から、発せられたもの。


 果たして彼女は、大きな瞳を涙で潤ませながら、


「あ、ありがとう、です……! 助けて、くれて……!」


 礼の言葉に対して、俺は決まり切った言葉を口にする。


「……気にしないでくれ。当然のことをしたまでだ」


 言い終えると、相手方の姿を改めて確認する。


 ピクピクと動く猫耳が特徴的な、獣人の美少女。

 亜麻色の髪は少々傷んでいてボサついているが、その下にある顔立ちは実に整ったものだった。

 体つきは凹凸がまったくない幼女体系で、その身に纏う衣服は露出度など皆無。


 そんな彼女の姿には……

 明確な、見覚えがあった。


「……先に自己紹介をさせてもらおう。俺はアルヴァート・ゼスフィリア。リングヴェイド王国からやって来た学生だ」


 こちらの意図が読めないのか、きょとんとした顔をする猫耳少女、

 そんな彼女へ、俺は次の言葉を送る。


「もしよければ……君の名前を、教えてはもらえないだろうか?」


「あ、はい。あたしは」


 次の瞬間。

 彼女が、口にした名は。



「エレノア・サンクトゥムと、いいます、です」



 耳にすると同時に、確信を抱く。


 暴漢達から救助した、この少女は。


 薄幸の美少女そのものといった、この少女は。



 ――ペインフル・メモリーズに登場する、、ヒロインである。

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