第五四話 最強先生に頼ってみよう


 リンスレット・フレアナイン。

 当代最強の魔導士にして、貴人学園に属する教師の一人。


 その智恵を借りようというクラリスの提言に、まずセシルが小さく頷いた。


「彼女は世界中を飛び回った経験があるからか、並外れた知識を持ってるんだよね」


 これに対し、ルミエールが顎に手を当てて、


「最初はただ強いだけのお馬鹿さんだと思ってたんですけどぉ……実際は、真逆なんですよねぇ」


 そうだ。

 リンスレットが有しているのは絶大な暴力だけではない。

 桁外れに優秀な頭脳と、膨大な知識をも、併せ持っている。


「……善は急げというやつか」


 時刻は夜半であるが、ともすれば、まだ起きているかもしれない。


 ゆえに我々は衣服を着て学生寮を出た。


 教師達の住まいは人それぞれで、王都に屋敷を構える者は毎日そこへ帰宅している。

 一方で、屋敷を持たぬ者は教師専用の寮が用意されており……


 リンスレットはその中でも、特上の一室をあてがわれていた。


「リンスレット先生。起きておいででしょうか」


 数回ノックした後、ドア越しに問うてみる。

 と――


「夜遅くに女の部屋へ足を運ぶってことは……そういうことだと、期待してもいいのかしら?」


 軽い口調で紡がれた言葉に、俺は溜息を吐いて。


「いいえ。緊急事態が発生したため、ご相談したく」


「……へぇ? それはそれで、面白いわね」


 この言葉を入室の許可と受け取った俺は、ドアを開き、皆と共に室内へと入った。


「ふぅん。ぞろぞろと引き連れてるあたり……ずいぶんと楽しい状況になってるようね?」


 深刻さを理解してなお。

 いや、理解したからこそ、か。

 リンスレットは楽しげに微笑んだ。


「さぁ、聞かせてもらおうかしら。あんたの言う、緊急事態の詳細を」


「はい。実は――」


 まずは改変した自分の素性を話す、と。


「悪しき者に宿った善の人格、ねぇ」


 さすがに彼女は勘付いたのだろう。

 こちらが口にした内容の一部が、虚言であるということを。

 されど彼女は追及することなく、視線で続きを促してくる。


「ある感情に身を委ねた結果、悪しき人格が今、こちらを侵食しつつあります。このままでは――」


「ある感情って、なに?」


 言いづらいからこそ曖昧な表現にしたわけだが、やはり彼女は見逃してくれなかった。


 俺は少しばかり躊躇いがちな調子で、受け答える。


「……恥ずかしながら。下半身に振り回された結果が、このザマということになります」


「ははぁ。なるほどなるほど」


 リンスレットの微笑と声音に、そのとき、ほんのわずかな怒気が……

 いや、これは怒りというよりかは、


「あんた等どこまで行ったの? ……あたしのこと、差し置いて」


 拗ねている。

 明らかに、拗ねている。


「……子を成すような行いには、及んでいません」


「ってことは、その手前までは行ったってわけね。ふぅぅぅぅぅん」


 唇をとがらせ、不興の念を見せつつも。

 しかしリンスレットはこちらを見捨てるようなことはしなかった。


「……まぁ、いいわ」


 と、前置いてから。


「話をまとめると……その悪しき人格って奴を消し去るか、あるいは別の器に移すか。いずれにせよ、あんたの中からそいつの存在を排除する方法を求めてるってわけね」


 皆と共に首肯を返した、次の瞬間。


“余計なこと吹き込みやがったら……”


“体取り戻した後、そのドエロい体、徹底的に嬲り尽くしてやるからな、赤髪ババァ”


 不愉快な声を黙殺しつつ、俺はリンスレットの言葉を待った。


「そう、ね。……結論から言えば、あたしの中には答えがない」


 彼女の返答に、ルミエールやエリーゼは落胆の色を見せたが、しかし。

 俺はリンスレットの真意を探るべく、口を開いた。


「お言葉から察するに……答えが存在する場所、ないしは答えを持つ人物を、ご存じである、と?」


「いいえ。悪いけれど、答えがあるかないかは、正直わからない。ただ……それが見つかるかもしれない場所を、知ってるってだけの話よ」


「……その、場所とは?」


 こちらの問いにリンスレットは頬杖をつきつつ、


「今日のホームルームで、伝えておいたわよね? 三日後に修学旅行があるって」


「……まさか」


「えぇ、そのまさかよ。なんともまぁ、運命じみたものを感じるわよね」


 興味のない事柄であったため、完全に聞き流していた。


 しかし今。

 件の場所に対する注目度が高まったことにより……


 俺は、を思い出す。


「修学旅行地の名は……学術都市・セルエナ、でしたね?」


「えぇ、その通り、だけど……どうかしたの?」


「……いえ、特別、どうということもありません」


 首を横に振りながら、俺はある種の感慨を抱く。


 今し方リンスレットはこのように言った。

 運命じみたものを感じる、と。


 ……まさにその通りだ。


 学術都市・セルエナ。

 それは修学旅行地であり、現状の解決法が眠るやもしれぬ場所であり……


 そして。

 クランク・アップが世に送り出さんとする、最新作の舞台。


 だが、しかし。

 そうだからこそ。


 俺は、その作品を、

 そうする前に、命を絶ったからだ。


 つまり今回のシナリオは――

 原作をまったく知らぬ状態で、攻略を行わねばならないということになる。


「…………」


 希望が見えたかと思いきや、先々の不安がセットでやって来た。

 そうした状況に対し、俺は内心にて呟く。



 ――どうしてこうなった、と。

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