第五二話 愛ゆえに生まれた、新たな“障害”


 元居た世界において、俺が貞操を守り続けていたのは、相手方に対する不満と将来的なリスクが主たる原因であった。


 こちらに寄ってくる者は皆、肩書きしか見ていないような女か、あるいは財産狙いの女ばかり。


 そうした手合いと肉体関係を持ち、既成事実など作られようものなら、我が生涯は暗澹たるものになるだろう。


 ゆえに誰とも関係を持つことなく、数十年の人生を童貞のまま終えたわけだが……


 異世界にて結ばれた者達は。

 俺にとって、理想的な存在だった。


 誰もが肩書きや財産ではなく、こちらの存在を真っ直ぐに見て、愛し続けてくれる。


 心根は優しく、こちらの話を良く聞いて、甲斐甲斐しく尽くしてもくれる。


 しかもそのうえ。

 全員が全員、絶世の美貌を有しており……


 体に至っても、男の欲望を掻き立てるような、扇情的な形をしている。


 そんな彼女達が今。

 薄着のネグリジェだけでなく、下着すらも脱ぎ去って。

 生まれたままの姿となりながら、こちらに熱烈な眼差しを向けているのだ。


 高名な僧侶でもなければ、煩悩を打ち払うことなど出来はすまい。

 無論、俺とて例外ではなかった。


「…………」


 無言のままに、立ち並ぶ妻達へと向かい……

 まずはルミエールの唇を奪った。


「んむっ……♥ ちゅっ……♥」


 舌を絡ませ合うディープ・キス。

 そうしていると、セシリアがこちらの衣服を脱がせ、準備を整えていく。


 彼女のされるがままとなりつつ、俺はルミエールから唇を離して。

 次は、クラリスの唇を奪う。


「んっ……♥ ちゅむっ……♥」


 すぐ目前にある瞳が蕩け始めたのを確認すると、彼女から離れ……

 エリーゼ、セシルと、順番に唇を重ね合う。


 その最中。

 エリーがこちらを見つめつつ、


「くぅっ……♥ こ、この期に及んでなお、手出しが出来ぬ、とはっ……♥」


 悔しがりながらも、それはそれで気分がよい、と。

 そんなエリーの様子を尻目に、俺はセシリアとのディープ・キスを済ませ……


「ぷぁっ……♥ ふふっ……♥ 準備万端、だね……♥」


 扇情的な口づけを交わしたことで、俺だけでなく、妻達の心身も完璧な状態となっていた。


 ……しかしながら。


「アルヴァートの体力は、すごい、から……すぐに、交尾するのは……もったい、ない……♥」


 そのように述べた後。

 セシリアは自分以外の面々へと視線を配り、


「朝、出来なかった、人は……夜に、させてもらえば、いい……♥」


 この言葉に皆は大きく頷いて。


「さんせ~ですっ♥ 兄様も、色んな人のテクを味わいたいでしょうし……♥」


「うむ。まさに名案というものだな……♥」


「こ、これも、その……妻の務め、ですわよね……♥」


「ふふっ……♥ 毎日の楽しみが、増えちゃったな……♥」


 それから。

 朝の先着に間に合わなかった三人。

 エリーゼ、セシル、クラリスがこちらの前に跪いて。


「こ、こういったことは」


「初体験、ですから」


「拙いとは、思うけど……」


 精いっぱい奉仕して、気持ち良くなってもらう、と。

 そんな意思を露わにしながら、三人が上目使いで見つめてくる。


「じゃあ、ルミはこっちをいただきますねっ……♥」


 そう口にすると同時に、ルミエールがこちらの背面にて膝をつき、


「皆に、シてもらってる、あいだは……わたしと、えっちなキス、しよ……♥」

 

 セシリアが、こちらへと美貌を近づけてくる。


 彼女の動作に合わせて、全員が同時に動き……

 皆の唇がそこへ触れる寸前のタイミングで。


 ズキリと、頭が痛んだ。


 さりとて。

 行為を止めようとまでは、思えない。


 俺は完全に、愛と肉欲の虜となっていた。


 セシリアと口づけを交わしつつ、皆々の奉仕を受けた後。


「今度、は……わたしが、気持ち良くしてあげる、ね……♥」


 セシリアの凄まじい技能を堪能し、それから。


「わ、わたくしの体……ご自由に、お使いくださいませ……♥」


 作中一を誇るクラリスの爆乳を思うがままに扱い、


「こ、このようにすれば、よいのだな……♥」


 セシリアの指導を受けたエリーゼによる、手業を愉しみ、


「んっ……♥ ボクのお尻で、気持ちよくしてあげる、ね……♥」


 セシルの尻たぶを、好き放題にする。


 欲を満たす度に頭痛は強くなったが……止まることが、出来なかった。


 そして、ついに。


「あはっ♥ さすがです、兄様っ♥ まだまだすっごく元気……♥」


 俺はベッドの上で仰向けとなり。

 跨がったルミエールが、それを始めようとしていた。


「いきますよ~♥」


 艶然と微笑みながら、ゆっくりと腰を上げていく。

 そんなルミエールの姿を目にした瞬間――



“俺の体を、返せッ……!”



 ひときわ強烈な頭痛と共に、全身が総毛立った。


 ヤバい。

 何か知らんが、確実にヤバい。


 そんな予感が脳裏をよぎってから、すぐ。

 左手が、勝手に動いた。


「ッ……!」


 ルミエールのもとへ向かう我が左手。


 何がなんだかわからない。

 だが、この動作を続行させたなら、大きな問題が生じるだろう。


 そんな確信を抱くと同時に。

 俺は風属性の魔法で以て、自らの左手首を切断した。


「っ……!?」


 今まさに行為を始めようとしていたルミエールが、こちらの凶行に目を見開く。

 そんな彼女から逃れるように、俺は身を捩って、


「離れるんだ……! ルミエール……!」


 こちらの緊迫が伝わったのか、彼女はすぐさま、言われた通りにした。

 そして俺は、ベッドの上に転がった左手首を見つめつつ、


「…………まさか」


 一つの可能性に思い至った、そのとき。



“あぁ、そうだよ。そうだとも”



 我が脳裏に、声が響いた。


 その音色は第三者のそれではなく。


 俺が普段、口にしている声と、全く同じモノで。


“やっと、干渉出来るようになった……!”


 しかして。

 この声の主は、俺ではなく。



“よくも、体を奪ってくれやがったな……!”



 本来、主人公を務めるはずだった少年。

 そう、即ち。



 ――本物のアルヴァート・ゼスフィリア、その人である。

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