第四九話 主人公を気取るつもりは、ないけれど


「ふ……くく……」


 肩を震わせながら、クラウスは口端を吊り上げ、そして。

 次の瞬間、噛み締めている絶大なカタルシスを、表現するように、


「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 狂ったように哄笑するクラウス。

 それもむべなるかな。

 彼の人生における大半を占めていたであろう怨恨を、今まさに、晴らすことが出来たのだから。


「ククク……! もうちょっとばかし、苦しみ悶えてほしかったところだが……それでも十分に、気分がいいぜ……!」


 手を叩きながら、浮かれた調子で、小躍りまでし始める。


「ははははははは! 本当に、いい気分だッ! まるで大掃除を終えた直後みてぇにッ! スッキリ爽やかな感覚ッ! これを味わいたかったんだッッ!」


 と、まぁ。

 ハイになっている彼の背中へ――

 俺は、水を浴びせるような言葉を叩き込んだ。



「相も変わらず、詰めが甘い男だな、君は」



 刹那。

 クラウスは小躍りを止めて。

 弾かれたように、振り向いた。


「……ッ! う、嘘、だろッ……!?」


 信じられないものを見るような目。

 あるいは、悪夢でも見ているような顔と表現すべきか。


「て、てめぇはッ! 完全にッ! 消し去ったはずだッ!」


 こちらを指差しながら叫ぶ彼へ、俺は肩を竦めて見せた。


「そんな台詞を吐いている暇があるなら……現状に対する考察を行った方が、有意義というものじゃないか?」


 呆れた調子で紡いだ言葉。

 これを受けて、クラウスは額に青筋を浮かべ、


「こ、の……くたばり損ないがぁッ!」


 虚空に顕現する無数の幾何学模様。

 次の瞬間、そこから煌めく流線が放射され……


「なんべんでもッ! 消し去ってやるよッ!」


 と、そんな台詞が繰り出されると同時に。

 彼は、知ることになった。

 今し方の言葉が、実現不能であるという現実を。


「ッッ………!?」


 吃驚するクラウス。


 それも無理からぬことだろう。

 無数の流線が直撃したにもかかわらず……


 俺の体には、いっさいのダメージが入っていなかったのだから。


「なん、だよ……!? これは……!?」


 まったく現状が把握出来ていない。

 そんな彼の姿を、俺は冷然と見据えつつ、


「この空間における君の優位性が、君自身の能力によるものであったなら、俺は為す術もなく敗れていただろう」


 しかし、実際は。


「君はこう言ったな? 自分に支配権がある限り、我が身は神も同然である、と」


 そこまで把握しておいて、なお。

 ここに誘い込むことが必勝の策であると思い込んでいる時点で。

 やはり彼は、どこまでいっても二流の男ということになる。


「クラウス君。君はな、まず前提の段階から間違っていたんだよ」


「前、提……!?」


「そう。ここが君の内側であったなら、なるほど、君の思惑通り、誘い込んだ時点で勝利が確定していたのだろう。しかしながら……実際のところ、この空間は君の内側にある世界ではない」


 となれば。

 真の支配者と呼ぶべき存在は、クラウスではなく。


「セシリア・ウォルコット。彼女こそが、この空間における絶対的な支配者ということになる」


 さて。

 ここまで説明したことでようやっと、クラウスは現状を把握出来たらしい。


「ま、まさかッ……!」


「あぁ、そうだよクラウス君。俺は……」


 我が身に宿る異能の一つ、幻覚催眠の力を。

 この世界の完全なる支配者、セシリア・ウォルコットに対して、発動したのだ。


「彼女の認識を少々、弄った結果……この空間の支配権は今、こちらへと移っている」


 それ以前の段階においては、確かに、クラウスこそが支配者であった。

 ゆえに彼への危害はどのような形であろうとも実現することはない。


 その一方で。

 彼ではなく、セシリアに対してであれば。

 どのような影響であろうとも、与えることが出来る。


 それゆえに。


「き、消えやがれぇッッ!」


 虚空に幾何学模様が……顕現するようなことは、ない。


「ッ……!?」


 目を見開きながら、クラウスはカチカチと歯を鳴らし、


「う、嘘だ……! こ、こんな……! こんな、ことが、あるわけ……!」


 ここに至り、畏怖の情を見せ始めたクラウスへ、俺は次の言葉を送る。


「君が一流の人間でなくて、本当によかったよ。もしそうだったなら、君は自らが勝利するための前提条件を間違えることなく……現実世界で戦うという正解を、導き出していただろう」


 勇者となった彼が積年の恨みを晴らすには、二つの前提条件を満たす必要があった。


「前述した通り、現実世界で我々と交戦するというのが、勝利を収めるための第一条件となる」


 とはいえ、それは第二の条件と合わせて選択しない限り、むしろ敗北の原因となろう。


 こちら側の切り札であるセシルを攻略し、さらには当代最強の魔導士・リンスレットすらも打倒するには、単なる勇者として復活を遂げただけでは不十分である。


 ゆえに。


「第二の条件は……魔王の魂を、現在軸のクラウスに奪わせないこと。彼がそうしてしまったがために、君は大きな弱体化を受けた」


 原作において、復活した魔王が世界を滅ぼすほどのパワーを発露させたのは、魔王と勇者、二つの魂が反発したことによって生じた、絶大なエネルギーによるものだった。


 もし、彼がそれを獲得した状態で臨んでいたのなら。

 きっと我々は、敗北を喫していただろう。


 つまり、結論としては。


「なんらかの形で、セシリアに原作通りの結末を迎えさせ……復活した魔王を、その内側にて支配する。それを実現することこそが、君に用意されていた唯一の勝利条件だった」


 この言葉を受けて、クラウスは苦虫を噛み潰したような顔をして、


「出来るわけ、ねぇだろうが……!」


「あぁ、そうだな。実現するにはかなりの工夫を必要とするうえ、あまりにもリスクが高い。ゆえに君は、楽な道へ逃げたというわけだ」


 もし彼がリスクを背負えるほどの度量を持っていたのなら……少なくとも、現材軸のクラウスがセシリアから魔王の魂を奪うといった展開は阻止していただろう。


 半分だけとはいえ、かの魂を利用したなら、勇者たるクラウスは今に倍するほどの力を得ていたに違いない。


「……結局のところはな、クラウス君。君の敗因というのはやはり、人としての力量不足。ここに尽きてくるんだよ」


 そして俺は、彼のもとへ向かうための一歩を、踏み出しながら。

 淡々と、言葉を叩き付けていく。


「勘違いをしてほしくないんだが……こちらが言う力量不足というのは、頭脳面のことを指した言葉ではない。以前までの君ならいざ知らず、今の君は必要十分な知性を有している。よってこの勝負は、知恵比べによる敗北というわけでは断じてない」


 ビクリと震えるクラウス。


 だが、逃げることは出来ない。


 この俺が、許さない


「勇者と魔王、二つの魂による反発は、君に圧倒的な力をもたらす反面……十中八九、コントロールが利かず、やがて君自身を消し去ってしまうだろう」


 だが、そうであっても。


「なぁクラウス君。他者の命を奪うというのは元来、なんじゃないか?」


 俺は、彼のすぐ目前で足を止めて。

 怯えきった彼の瞳を真っ直ぐに見据えながら、次の言葉を口にする。


「他者の人生、その全てを奪うという行いは……自らの人生をなげうつ覚悟で行うべき大仕事であると、俺はそのように定義している」


 そう。

 何かを奪うというのなら。

 逆に、その何かを奪われるということを、覚悟するべきだ。


「少なくとも……俺は、そのつもりでここへ来た。勇者の魂を消し去るという決意が、自らの消滅という帰結を招くやもしれぬ、と。そのようなリスクを十全に理解したうえで……俺は、覚悟を決めて、この戦いに身を投じたのだ」


 ひるがえって。

 相手方はといえば。


「冷暖房が効いた部屋で、ジャンク・フードを食らうかのように、他者の人生と尊厳を奪わんとする。そこには命に対する敬意も責任感もなく、また、リスクを背負う覚悟もない」


 そして俺は、彼へと掌を向けながら、



「――君のような人間が、なぜ、俺に勝てるというのかな?」



 果たして。

 クラウスはこちらの言葉に対し、怒気を放つようなことはせず。

 むしろ。


「ゆ、許してくれっ……!」


 脂汗を浮かべながら。

 怯えきった様子で。

 両膝を、つき。


「た、頼むよ! 同郷のよしみってやつがあるだろ!? なぁ!?」


 そして彼は、土下座の姿勢を取ったうえで。


「じょ、冗談だったんだよ! 冗談! 女寝取ったり、人を殺したりとか! まともな人間がやることじゃねぇだろ!? だ、だから――」


 刹那。

 彼の言葉を斬り裂くように。

 俺は、次の言葉を口にした。


「なぁクラウス君。俺は以前の君が行っていたかの如く、主人公を気取るつもりはない。よって今から君にかける言葉については、単なる俺自身の感想に過ぎないということを前提に、聞いてほしいんだが――」


 こちらを見上げるクラウスへ。


 あくまでも淡々と。

 あくまでも冷徹に。


 完了した覚悟と決意を、取り下げるようなこともなく。


 俺は、彼という存在が最後に聞くことになるであろう言葉を、口にした。




「――――今さら謝っても、もう遅い」




 それはまさに死刑宣告に等しいもので。

 次の瞬間。

 俺は掌から光波を放ち――


「う、うわぁあああああああああああ――――」


 事前に述べた通り。

 相手方の存在を、この世から抹消した。


「……ある意味において、俺達は似た者同士だったのかもしれないな」


 純白の世界にて。

 俺は独り、佇みながら。


「先ほど、彼も言っていたが」


 ここで一つ、吐息を漏らすと。


「クラウス君。君が居なくなったことで――」


 自らの胸中を満たす感覚を、俺は、次のように表現した。



「――――大掃除を終えた後のように、スッキリ爽やかな気分だよ」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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