第二二話 おめでとう! 勇者はド三流から二流にレベルアップした!


 彼我の戦術は、極端に対照的なものだった。


「おらおらおらぁああああああああああああああッッ!」


 虚空に浮かぶ無数の幾何学模様から、次々と放たれる黄金色の流線。

 莫大な物量で以て、ド派手にこちらを追い詰めようとするクラウスに対し、俺は。


「ファイア・ボール」


 虚空を縦横無尽に飛び回り、殺到する流線を躱しつつ、隙を見出した瞬間、火球を放つ。


 派手と地味。

 量と質。


 そうした幕開けとなったこの一戦は、現状、五分の状態といえよう。


「後ろがッ! ガラ空きだぜッ!」


 こちらが流線に気を取られた、一瞬の隙を突いて、クラウスが瞬時に俺の背面へ移動。

 振り返った頃には、敵方の拳が目前に迫っていた。


「おらぁッ!」


 ギリギリのタイミングでガード。

 刹那、凄まじい衝撃によって、我が身が突風を受けた紙切れのように吹っ飛ぶ。


 ……彼と真っ当にやり合うのは今回が初であるため、以前までの力量と比較するようなことは出来ないが。


 少なくとも、勇者となったクラウスの戦力は、こちらに比肩するものがある。


 さりとて。

 現時点においては、絶対的な畏怖を覚えるほどのものでは、ない。


「基礎性能こそ互角、だが」


 人としての力量は依然として、こちらの方が上に感じられる。

 その証明として。


「ファイア・ボール」


 隙を見出した直後に、発射された火球。

 これをクラウスは直撃寸前といったところで回避し、


「馬鹿の一つ覚えだなッ!」


 嘲弄を送ってくる。

 そんな彼へ、俺は。


「これが戦術というものだよ、クラウス君」


 作りたかったのは、肉体ではなく精神の隙。


 果たしてこちらの一辺倒な攻撃を嘲笑ったクラウスの心には大きな間隙が生じており……


 そこを突く形で。


「ライトニング・ショット」


 攻撃魔法の遠隔発動。

 刹那、クラウスの背面に幾何学模様が発生し、次の瞬間には、


「ぐっ……!?」


 直撃。


 属性魔法の推進速度は、雷属性がもっとも速く、火属性がもっとも遅い。


 スローな火属性魔法に慣れきったクラウスには、先刻の一撃がことさら速く感じたのではなかろうか。


「まずは、一撃目」


 次のクリーンヒットを狙うべく、攻防を積み重ねていき……

 そして。


「うぉッ……!?」


 これで、二撃目。


 現実世界での一戦であれば、この時点で勝敗が決定している。

 我が異能の一つ、適応の力によって、二撃目を浴びた者は力の全てを没収されるからだ。


 そのルールに当てはめたなら、クラウスはこちらが許可を下さない限り、もはや魔法の行使など出来ない、はずだが。


「ファイア・ボール」


 三撃目。

 通常であれば、確殺の一撃である。

 これを前にして、クラウスは全身を強張らせ、


「うわぁあああああああああああああ――――なんてな」


 厳めしい貌に笑みが浮かんだ瞬間、火球が彼の胴体を捉えた。

 が――


「効かねぇんだよなぁ~! 残念なことに!」


 彼の身に直撃してからすぐ、火球が跡形もなく消失する。

 そうした現象について、俺は。


 特別、驚いてはいなかった。


 何せ開幕時点から、適応の異能が働いていないことは確認済みだったからだ。

 もしそれが可能であったなら、そもそも敵方の流線を躱すために飛び回ったりはしない。


「ハッ! この状況でもポーカーフェイスたぁ、さすがだなぁ! けど、内心じゃあ焦りに焦りまくってんだろぉ!?」


 いいや。

 まったく以て、これっぽっちも、焦ってなどいない。


 なぜならば。

 結局のところこの勝負は、こちらの推測が当たるか否かの賭けでしかなく。


 そして俺は。

 あらゆる結果に対し、覚悟を決めた状態で、臨んでいるのだ。


 その一方で、クラウスはと言えば。


「ここで戦うことを選んだ時点でッ! てめぇの結末は決まってたんだよッ!」


 勝利の確信を抱き。

 微塵の覚悟もなく。

 慢心しきった在り様を見せ付けながら、喜悦の言葉を叫ぶ。


「この世界において! オレは神も同然の存在だ! ここじゃあ、何もかもが! オレの思い通りってわけよ!」


 得意げな調子で言い放ってから、再び流線を放ってくる。

 これを回避せんとするが……


 指一本、動かない。


 ゆえに俺は、殺到する攻撃を避けることが出来なかった。


 全弾直撃。

 頭の一部のみを残して、全ての部位が消滅する。


 苦痛はなかった。

 しかし……


 魂が削られ、虚無へと誘われる、この感覚は。

 なるほど。

 実に実に、不愉快だ。


「オレも一度、あえて味わってみたんだけどよぉ~。さいっていの気分だよなぁ~? けど、てめぇがそれを味わってると思うと……オレぁ、さいっこうの気分だぜぇ~!」


 ゲラゲラと笑いながら、彼はこちらを再生し……

 再び流線を用いて、全身を撃ち抜いてきた。


「こっからが! お楽しみタイムだ!」


 彼からしてみれば、入念な前振りを行い、こちらの心を折ったうえで、さらなる絶望と苦悶を与えているのだと、そんな感覚なのだろうが……


 実際は。

 特別、どうということもなかった。


 覚悟が完了している今、我が精神が揺らぐことは決してない。


 いかなる不快も。いかなる怖気も。

 何一つとして、問題ではないのだ。


「光線で穴ぼこにすんのも飽きてきたなぁ~! そんじゃ次は……素手で! ズタズタに引き千切ってやんよッ!」


 邪な笑みを浮かべながら、こちらを害するクラウス。

 そんな彼の様を冷めた目で見つめつつ、俺は思索を巡らせた。


 ……さて現状、問題となってくるのは、やはり。


 この世界における特別な権限の行使が、クラウスの中にある勇者の力によるものか。

 あるいは、こちらの予想通りの内容であるのか。


 それは――


「ギャハハハハハハハ! 今どんな気分だぁ~!? アルヴァート君よぉ~!」


「……少し静かにしてくれないか、クラウス君。思索の邪魔だ」


「ハッ! そうだよなぁ! 必死こいて考えるわなぁ! けど、ぜぇ~ぶ無駄なんだよ! !」


 …………おや?


「クラウス君。現状は、君の力によるものではなく、この世界の支配権が君に渡っているがために形成されているものだと。そのように解釈してもいいのかな?」


「あぁ? この世界を支配してんのはオレの力だ! てめぇは! オレの力の前に! ひれ伏すんだよぉッ!」


 苛立った調子で、再び拷問めいたことをし始める。

 そんな彼へ、俺は憐憫の情を抱きながら、


「なぁクラウス君」


「やっと命乞いかぁ!? 笑える乞い方出来たら、考えてやっても――」


「君はどこまで行っても、二流止まりの男だな」


 自らの未来は明るいと、心の底から信じ込み。

 明かす必要のない情報をベラベラと喋ったうえ。

 状況把握を、十全に行っているわけでもない。


 なるほど。

 確かにクラウスの中に宿る彼は、長年の時を経て成長はしたのだろう。

 さりとて、やはり。


「君は今や、敵として認識すべき存在ではある。だが……所詮は雑魚といったところだな」


 これは本心から出た言葉であるが、しかし。

 どうやらクラウスは、額面通りの受け取り方をしなかったようで。


「ハッ! 最後の最後まで、自分を貫いて死んでやろうってか! ……まぁいいや。もう飽きてきたしな」


 そして。

 彼はこちらを、見下しきった顔のまま。


「てめぇの周りに居るヒロイン共は、オレが責任をもって可愛がってやるよ」


 下卑た笑みを浮かべながら。

 最後の宣告とばかりに。

 掌を、こちらへと向けて。



「じゃあな! ド三流以下のクソ雑魚野郎ッ!」



 俺が、を施した、次の瞬間。

 彼の掌から光波が放たれ――



 我が存在は。

 、消失した。

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