第二一話 勇者になった悪役
いったい誰が、このような状況を想定出来るというのか。
力の全てを奪われ、モブも同然の状態となりながら。
最低最悪の主人公が暴れ回る、パラレル・ワールドへと飛ばされた。
その時点で。
クラウス・カスケードの中に宿る彼の物語は、終わったも同然の状態であろう。
にもかかわず、なぜ。
彼がこの場に立っているのかといえば。
「未来世界へと飛ばされた後、君は大きな賭けに打って出た」
「あぁ、そうとも。内容に関しては……どうせ、思い当たるところがあるんだろう?」
悠然とした佇まい。
俺が知るクラウスであれば、無視をするか、あるいは苛立ったような態度を取っていただろう。
紆余曲折を経て、彼も人としての成長を遂げたということか。
そこに一定レベルの脅威を感じつつ、俺は次の言葉を紡いだ。
「……管理者を相手取っての交渉。それ以外に、この状況が発生することはありえない」
「さすがだねぇ、アルヴァート君よ。完璧に大正解だぜ」
得意満面に笑いながら、クラウスはここへ至るまでの顛末を語り始めた。
「正直、絶望しかなかったね、飛ばされた直後は。どう考えたって野垂れ死に確定の状況で、いったいどうすれば……元の世界へ戻り、てめぇ等に復讐出来るのか。その答えは、まるで見えてこなかった」
そんな彼の未来世界生活は、惨憺たるものだったようで。
「いやぁ、貴重な経験をさせてもらったよ。人間ってのは飢え死にしそうになると、なんでもやるようになるんだな。信じられるか? カネが欲しけりゃ汚物を食えって言われてもさ、迷うことなくイケるようになるんだぜ? マジでやべぇよなぁ! ギャハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
ゲラゲラと腹を抱えて笑ったかと思えば、次の瞬間には無表情となって。
「ま、そこまでやっても、結局は飢え死にしたんだけどな」
肩を竦めつつ、クラウスは話を続けた。
「しかし……火事場の馬鹿力ってのは、知性にも適用されるらしいな。死に際になってようやく、思い付いたんだよ。てめぇ等に復讐する方法をな」
それが、管理者との交渉だった。
この世界の住人は例外なく、死後、管理者のもとへと召喚される。
大概はそのまま、別の何かへと転生することになるわけだが。
クラウスはそこで、博打に打って出た。
「管理者ってのは特定の個人に肩入れすることはない。だが、そうかといって、奴が完全にマシンも同然の存在かといえば、それは違う。管理者には確固たる人格が設定されていて……かなり、好奇心が強い」
そこに彼は、付け入ったのだろう。
「管理者が重視してんのは、シナリオの整合性だ。そこが極度に狂わなければ……奴は遊ぶことに躊躇がない。そんな管理者へ、オレはこう言ったのさ。アルヴァートの中に居るアイツが、特に掘り下げもしていない勇者の魂を倒して終わり。そんな結末でいいのか、ってな」
こちらが想定していた、シナリオの最終段階。
どうやら彼も、そこに行き着いていたようだ。
そうだからこそ。
クラウスの中に宿る彼は、次の言葉を、管理者に放つことが出来だのだろう。
「オレを元の世界における、過去の時間軸へ転移させ……勇者に仕立てる。そんなオレが最終的に、アルヴァートの中に宿るあいつとぶつかるって展開の方が、面白いんじゃねぇのか……と、そんな感じに提案した結果が、この状況ってわけだ」
なるほど。
よく考えたものだな。
確かに、彼が勇者になったとしても、シナリオの整合性が崩れることはない。
むしろクラウスの中に宿る彼には、相応しい役どころであろう。
「いやぁ~、生き地獄から一変して、天国そのものだったぜ。勇者としての人生はよ。殺すのも犯すのも自由自在だった。まさに我が世の春ってやつさ。……ただな。それでもやっぱり、どうしても、消えねぇもんがあった」
彼は言う。
陵辱と残虐を極め尽くしてなお、心が満たされることはなかったのだと。
その理由は。
「てめぇだよ、アルヴァート。やっぱりオレぁ、てめぇをブチ殺さねぇと気が済まねぇらしい。だから……予定通り、この状況をセッティングしたのさ」
当初、俺は修正力によって発生した神託が、セシリアを動かしたことによって、現状が形成されたものと考えていた。
しかし、実際は。
彼女の中に宿っていたクラウスが、巧みに誘導した結果、このようなことになった、と。
そういうことになるわけだが。
――もはや、真実がいかなるものであるかなど、どうだっていいことだ。
俺が。
いや、俺達が。
成さねばならぬこと、成したいと願うこと。
それらは既に、決まり切っているのだから。
「さてさて。オレが長々と語った理由も、ちゃ~んと分かってんだろ?」
「あぁ。復讐の前振りといったところかな?」
「そうそう。オレがどんだけの地獄を味わったか。そこをな、ちゃんと説明しておかねぇと……」
次の瞬間。
クラウスは、牙を剥くような笑みを浮かべ、
「オレをッ! そこまで追い詰めやがったことに対してッ! てめぇが後悔する瞬間を、作れねぇんだよなぁッッ!」
莫大な殺意が、相手方の総身から放たれる。
そうして彼は、叫び続けた。
「ここで死ぬってことはなぁッ! 魂ごと消滅するってことになるんだよッ! したら、もう永遠に転生出来ねぇッ! 完全な無になるんだッッ!」
「……ほう。それはそれは、ずいぶんと恐ろしい結末だな」
「ハハッ! そうだろう!? だが、安心しろよ! てめぇは最終的にッ! その結末を、望むようになるからなぁッッ!」
それほどの苦痛と恐怖を与えてやるという宣言。
今の彼ならば、あるいは可能かもしれない。
ただ。
そうであったとしても。
やはり、俺がすべきことには、変わりがないのだ。
「クラウス君。今一度、前言を撤回させてもらうよ」
秒を刻む毎に、殺意を膨らませていく敵方へ。
俺は、静かに闘志を燃やしながら、宣言した。
「君の命の責任……しっかりと、背負わせてもらう」
今や彼は、羽虫も同然の存在ではない。
我が平穏を脅かす、大いなるリスク。
即ち。
排除すべき、害悪である。
「クラウス・カスケード」
「アルヴァート・ゼスフィリア」
我々は、互いを睨み据えながら。
次の瞬間。
同一の意思を、口にした。
「これから君を――この世界から、抹消する」
「これからてめぇを――完全に、消し去ってやるッ!」
かくして。
最後の戦いが、開幕の瞬間を迎えるのだった――
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