第一九話 わたしのことを――


 クラウスによる騒動が原因で、参席者の大半が式典に臨めるような精神状態ではなくなっていた。


 ゆえに本日の挙式は中止となり、


「新郎新婦の皆さんにとっては、おつらいところでしょうが……ここは日を改めるということで」


 女王陛下の決定により、挙式は日を改めて…………

 いや、ちょっと待て。


「畏れながら、陛下。質問してもよろしいでしょうか?」


「はい、なんなりと」


「……挙式は、実行されるのですか?」


「当然でしょう? 貴方達は正式に婚約されるわけですから」


「……多重婚に関しても、未だ、お認めになると?」


「逆に尋ねたいのですが……アルヴァート様、貴方は何か誤解をされておられるのでは?」


 小首を傾げる女王・レミエルに、俺は汗を浮かべながら、


「以前、謁見の間にておっしゃられたことは……嘘偽りなき、真実だった、と?」


「ふむ。なるほどなるほど。貴方様のいわんとすることが見えてきましたわ」


 レミエルは聡明な女王である。

 このやり取りだけで、クラウスの能力や野心など、全てを看破したのだろう。

 そのうえで、彼女は次の言葉を口にした。


「謁見の間にて述べた内容は、わたくしの真意であって、件の下郎に言わされたことではございません」


 なるほど。

 これは…………実に実に、想定外だ。


「ではアルヴァート様。わたくしもこの辺りで、失礼させていただきますわ」


 ニッコリと微笑んで。

 女王は去り際に、俺の耳元でこう囁いた。



「夫としての務め、しっかりと果たしてくださいまし。……子作りの方は、特に」



 頭が痛くなってきた。


 大仕事の前に、よもやこんな爆弾が投下されるとは。


 ……まぁ、対応不可な問題でもないので、今はあえて捨て置こう。


 現時点において、もっとも優先されるべきは、二つ。


「セシル君。以前、頼んだ通り」


「うん。共和国へ向かえばいいんだね?」


 その目的は……原作ヒロイン達へのアフター・ケアである。


 クラウスが消失した今、彼女達の記憶が元通りになっている可能性が高い。

 そう……

 徹底的に陵辱されたうえ、愛する者まで失ったという、最低最悪な記憶が今、彼女達を苛んでいるやもしれないのだ。


 これを捨て置くほど、俺は無情ではない。

 ゆえにセシルを派遣させ、彼女の能力で以て、苦痛を消し去ってもらう。


「……最後の大仕事、頑張ってね、アルヴァート君」


 そう告げたセシルの顔には、苦渋が浮かび上がっていた。


 彼女には今後の展開、全てを明かしてある。

 だからこそ理解しているのだ。

 次の戦いにおいては、なんの役にも立てないということを。


 そんな彼女の肩に、俺は手を置いて、


「気に病むな、セシル君。確かに君が隣に居てくれたなら、これ以上頼もしいことはないが……居ないなら居ないで、上手いことやってみせるさ」


 それから。

 俺はセシリアへと向かって、


「夜半。学園の屋上で、話がしたい」


「……うん」


 こんな言葉を交わしてから――



 数時間後。



 俺は約束した通り、学園の屋上にて、セシリアと対峙する。

 夜闇が世界を覆う現在、当然ながら、この場に立っているのは俺達だけだ。


 そうした状況の中。

 セシリアは微笑を浮かべながら、囁いた。


「ここで……する、の……?」


「あぁ、そうだな」


 肯定の意を返した後。

 俺は、言葉の真意を口にする。


「わかっているとは思うが……猥褻な行為をしようってわけじゃない。君も、そうした認識だろう?」


「…………最後に、初めてを、貰ってくれるのかと、思ってた」


 どうやら少しばかりの行き違いがあったようだが、俺はそこを無視して、話を進めていく。


「今回の一件はクラウス主導の可能性が高いと睨んだ時点で、俺の中に一つの疑問が芽生えた。それは……彼がなぜ、ここへ真っ先に足を運んだのか。そこがどうにも、不自然に思えてならなかったんだ」


 クランク・アップ作品というのは、基本的にマルチバース展開がなされている。


 よって一つの世界に数多の主人公とヒロインが存在しており、俺やクラウスもまた、その一人ということなる、わけだが。


 そうだからこそ、不自然に思えてならない。


「クラウスの目的は言動から察するに、特定の人物から全てを奪い、陵辱するというもので間違いないだろう。そして……その特定の人物というのは、俺以外にも数多存在する」


 クラウスはまず共和国にて、最後の楽園における主人公とヒロイン達を毒牙にかけた。


 その次に狙ったのが、復讐の仮面鬼と高貴なるスレイブの主人公。

 つまり、この俺だ。


 時系列からして、そこは間違いがない。


 最後の楽園のシナリオは、主人公・ザイルとヒロイン達が学園に入学するところから始まる。


 その描写からして、季節は春だった。


 ゆえにクラウスの中に宿っていた彼が転生を自覚したのは、俺がアルヴァートの内側に宿った瞬間と、全く同じタイミングであろう。


 俺が学園にて、ヒロイン達やセシルなどに振り回されている中、クラウスに宿った彼は聖アルヴィディア学園を舞台としたシナリオを、破壊し続けていたのだ。


 そして。

 俺がセシルの事件を解決する前の段階で、彼は状況に飽きを感じ……別の主人公へと、狙いを定めた。


 そこで俺を選んだのは、果たして偶然であろうか?


 いや、違う。


 この世界には修正力というものがある。

 シナリオを破壊したなら、そこに対して、なんらかの修正が働くのだ。


 クラウスの中に宿る彼もまた、その法則に囚われているに違いない。

 だからこそ。


「セシリア。君はある瞬間、神託を受けたんじゃないか?」


「……やっぱり、アルヴァートはすごい、ね」


 こちらの推測を肯定してから、セシリアはその詳細を語り始めた。


「夢の中で、ね。誰かが、言ったの。リングヴェイド王国へ行け、って」


「君はそのとき、クラウスの存在によって、目的が果たせない状況にあった」


「うん。それを、変えられるかも、って。そう、思ったから」


「クラウスを、ここへ誘導した、と」


 やはり結局のところ、此度の一件は。


「俺がクラウスの掌の上で踊っている間……彼は、君の掌の上で踊っていたというわけだ」


 ここに至るまでの展開は総じて、セシリアの思惑通りの内容だったのだろう。


 つまり彼女は、最初から今に至るまで。


 嘘偽りのない真意を、口にし続けていたのだ。


「……当初、君の行動は様々な可能性が存在する内容だったため、俺は断定を避けていた。しかし、今となっては」


 きっとクラウスの介入も多少はあったのだろう。


 だからこその色仕掛け……だが、そこで口にした想いは。


 俺への、愛は。



「うん。ぜんぶ、本音、だよ?」



 だからこそ。

 彼女は今、原作における隠しルートへと、突入しているのだ。


 しかも、それは……

 現時点において、既に、末期の状態にある。


「ねぇ、アルヴァート。もう、ぜんぶ、わかってるん、でしょ?」


「……あぁ、そうだな」


 次の瞬間。

 俺はセシリアが背負う、を口にした。


「勇者の転生体。……君が、そうなんだろう?」


「うん。だいせ~かい」


 小さな首肯を返してから、セシリアは新たな問いを投げてきた。


「勇者、が……どんな存在、なのかは、知ってる?」


「あぁ、おおよそはな」


 無論、今し方の発言は、共和国発祥の伝説を指した言葉ではない。


 邪悪な魔王を討ち、人々に国土を与えた、聖なる勇者。

 それは全て、虚構である。


 実際は……真逆なのだ。


「聖なる王と、その領土を不当に侵略し、。それこそが勇者の正体だ」


「うん。だから、魔王よりも、勇者の方が」


「遙かに強大であると同時に……比べようもないほど、邪悪」


 そんな魂が今、セシリアの中に在る。


 いや、もっと正確に言えば。


 


 ゆえにこそ。


「ねぇ、アルヴァート。わたしの、初めて……ほんとうに、もらって、くれないの?」


 そう、問うた瞬間。

 彼女の美貌に、亀裂が走った。


「……もう、抑え、られない、よ」


 苦悶と寂寞、そして悲哀。


 そんな情念を見せた彼女は、ぽつぽつと語り始めた。


「わたしは、アルヴァートが、すき。だいすき。あなたが存在する世界も……ほんのちょっとだけ、すき。だから」


 壊したくない。


 壊させたく、ない。


 そう口にして、彼女は。


「わたしの中の、勇者、が……表に、出てくる、前に……」


 亀裂が走った美貌に、微笑を浮かべ。


 しかし。


 その瞳に、涙を湛えながら――


 セシリアは、懇願する。



「お願い、アルヴァート。わたしを――――殺して、ほしい」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 なにとぞよろしくお願い致します!


 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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