第一八話 魔王になったとて、ド三流であることに変わりはない


 絶大な力の奔流が、クラウスの総身から放たれる。


 人型の異形と化した彼は今、その圧倒的なパワー感に酔いしれていて。


「オレはもう、誰にも負けるようなことはねぇ……! 完全な、無敵の存在だ……!」


 なるほど。

 単純な戦闘能力だけで見れば、確かにこちらを上回るものを感じる。


 実際、原作においても魔王の力は凄まじいものだった。


 もっとも……

 クラウスが再現したのは、隠しルートにおける魔王であり、通常ルートのそれではない。


 彼はセシリアの中から、魔王の魂のみを奪い取ったのだ。

 それゆえに原作の主人公、ザイルが隠しルートで見せたように、力の制御が可能となっている。


を省いたからか、ちと物足りねぇところもあるが……てめぇをブッ殺すには、十分だよなぁ?」


 現在、クラウスの中には、ため、世界を滅ぼすほどの力はない。


 さりとて、彼の言う通り、こちらを殺害するという目的を果たすことは十分に可能である。


 ……と、そのような結論に至ってもなお。

 俺は彼のことを、これっぽっちも、敵として認識してはいなかった。


「クラウス君」


「ハッ! さっきも言ったよなぁ!? 今さら謝ろうが命乞いしようが、てめぇの人生は――」


 意趣返しというわけではないが。

 今度はこちらが彼の声を遮って、先刻、口に出来なかった言葉を叩き付けた。



「君という奴は、とことん、ド三流だな」



 この期に及んでなお平然としているこちらに対し、クラウスは怒気を滲ませ、


「なんっ、だよ、その態度は……! 自分の置かれた状況がわかってんのかッ!?」


 相手方からしてみれば、こちらを追い詰めた形なのだろう。


 あとは俺を戦闘不能にして、遠隔で嬲り殺しにしつつ……

 花嫁姿のヒロイン達を、陵辱する。


 そんな未来が、彼の中では確定しているのだろうが……しかし、そのようになることは決してない。


 今回もまた、始まる前から終わっているのだから。


「俺が口にした敗因を素直に受け止め、工夫を凝らしていたのであれば、君の想い描いた未来が、あるいは訪れていたかもしれない。しかし君はあくまでも、異能の優劣にこだわった」


 その時点で、ド三流の証明を上塗りしたようなものだ。


「いいか、クラウス君。君に宿った異能は最強と呼ぶに相応しい力だ。よって君が敗れたのは、異能の差異によるものでは断じてない。人間としての力が、俺と君とでは段違いに開いている。そこを受け入れない限り……俺が君を、脅威と認識することはない」


 最初から最後まで。

 俺は彼に対して、なんのヘイトも感じはしなかった。


 なぜならば、今し方述べたように、脅威として認識していないからだ。


 この程度の相手なら、どのように転んでも自分が勝つ。

 そんな矮小過ぎる存在に、ヘイトなど感じるはずもない。


 むしろ彼に対しては、憐憫の情を覚えるばかりだ。


「…………てめぇ、は」


 こちらの心理を読み取ったか。

 クラウスは肩を大きく震わせて、


「てめぇはッ! ただ嬲り殺すだけじゃッッ! 済まさねぇッッッ!」


 怒気の爆発と同時に、凄まじい力の奔流が、破壊力と指向性を持って放たれた。

 周囲の有象無象が崩壊し、参列客や花嫁達が小さな悲鳴を上げる中。

 俺は依然として泰然自若な態度を崩すことなく。


「悪いな、クラウス君。君からしてみれば、今からが始まり、なのだろうが――」


 次の瞬間。


 未だ、クラウスが捕捉しきれていないであろう、存在が。

 未来からやって来たエリーゼ、通称・エリーが。


 この、戦いですらない些末なイベントを、終わらせた。



…………起動ッ!」



 三角錐の形状をした、掌に収まる程度の魔道具。

 それは彼女が未来からこちらへ至る際に用いた、時間跳躍装置である。


 この魔道具は使い切り型となっており、未来と過去とを一往復した時点で、再使用が永遠に出来なくなる。


 果たして、エリーは自らの魔力をそこへ流し込み――


 効果発動の直前。

 クラウスへと、投げ付けた。


「あぁッ!?」


 何かが体にぶつかった。

 彼がそんなふうに認識してから、すぐ。


 時間跳躍装置の力により、クラウスの存在がある場所へと送り込まれていく。


 そう……

 エリーが元居た世界。

 オリジナルのアルヴァートが、好き放題に暴れ回っている、最低最悪な未来。


 そこへと今、クラウスは向かいつつあった。


「な、ん、だぁぁぁぁぁ、これ、はぁぁぁぁぁぁぁ」


 まるでブラック・ホールに吸い込まれていくかのように、彼の存在が螺旋状となり、縮小していく。


 そんなクラウスへ、俺は言葉を投げた。


「命を頂くという行いには、相応の責任が伴う。常々そう考えているがゆえに、俺は食事を極力残さないようにしているし、部屋に入り込んだ虫を無闇に殺すこともない」


「な、にぃ、をををををををを、言ぃいいいいい」


「端的に言えば、クラウス君。俺はな、君のようなド三流の命の責任なんて、負いたくはないんだよ。だから、君を殺害するようなことはしない。ただ……君の存在は飛び回る蠅の如く目障りではあるので、この世界からは出ていってもらう」


 彼にとってこちらの言葉は屈辱以外のなにものでもなかったのだろう。

 ねじ曲がり、縮小していくクラウスの表情は、もはや正確には把握出来ないが……

 きっと激しい怒りによって、歪んでいるのではなかろうか。


 しかし、その一方で。

 こちらに敗れはしたが、再起は可能であるという打算も、胸中には芽生えているだろう。


 実際のところ、彼には強奪の異能という最強の力に加え、魔王としての能力も宿っている。


 ゆえに未来世界にて、また新たに旗揚げをしようと、そんな希望が胸中に湧き上がっているのだろうが……


「クラウス君。君は人としてド三流ではあるが、その身に宿る能力だけは超一流だ。それをむざむざ手放すのは、あまりにも惜しい」


 ゆえに。

 俺はセシルへと目を向けて。



「悪いが、君の力は――――根こそぎ、奪わせてもらうよ」



 そのように宣言した瞬間。


 セシルが、異能を発動した。


 そう、今回の一件によって、彼女が新たに獲得コピーした……


 である。


「ぅ、あ、ああああああああああああああ!?」


 奪い続けてきた者が、最後に何もかもを奪われる。

 まさしく勧善懲悪の見本そのものであった。


 果たしてセシルは、クラウスの中にある全てを奪い尽くし……

 結果、ねじ曲がった彼の姿が元のそれへと戻る。


 今やクラウス・カスケードには何もない。


 恵まれた基礎能力も。

 強奪の異能も。

 魔王の魂さえも。


 全て、セシルに奪い取られた。


「ではクラウス君。向こうの世界でも、達者でな」


 小さく手を振ってやると、


「て、ぇ、め、えええええええええええええええ」


 彼は最後に、呪詛の念を残して――

 この世界から、綺麗さっぱり、消え失せた。


 あちら側で彼がどのような人生を送り、どういった末期を迎えるのか。

 そこについては知ったことではないし、そもそも彼が消失した時点で、その存在に対する興味もまた、完全に消え失せている。


 今、俺が思うことというのは。


「……さて。これでようやっと」


 前座が終わり、下準備が完了した。


 そう。

 今回のシナリオは、クラウスによって画策されたものでは、ない。


 世界の修正力。

 その働きを受けて、自らの状況を打破せんとした、一人の少女。

 即ち。



 



 彼女こそが、此度のシナリオにおける真の黒幕であり――

 そして。


 ――主人公の座に就く者が、命を賭して救うべき、メインヒロインである。

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