第一六話 この程度の相手なら、戦うまでもないんだよなぁ……


 の鎌に捕捉された、哀れな男。


 そんな姿を目にしつつ、俺は淡々と言葉を紡いでいく。


「クラウス君。君の敗因は主に二つある。まず一つは、今し方述べた通り、己と向き合えていなかったこと」


 ザイルの一件を見るに、それは明らかだ。


 彼を殺害するといった行動は、あまりにも迂闊である。

 きっとクラウス自身、そのことを自覚していたのだろうが……

 しかし、あえて断行した。


 なぜか?


 どのような状況になろうとも、最終的に勝つのは自分だと、そんなふうに思い込んでいるからだ。


「最強の異能を所持しているという現状。共和国での成功体験。それらが君を増長させ、傲慢にさせていた。しかしながら、君はそのことに向き合おうとせず、最後の最後まで、愚者で在り続けてしまった」


 敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。

 これは孫子の言葉であるが……

 クラウスの中に宿る彼は、そのいずれも、満たせてはいない。


「もう一つの敗因。それは…………詰めの甘さだよ、クラウス君」


 きっと彼はこちらの異能に対する策を講じたうえで、この場に臨んでいたのだろう。

 不可視の存在たるエリーに関しても、なんらかの策略を秘めていたに違いない。


 だが、その一方で。


 もっとも危険視すべき存在を、軽視していた。


 そう――

 セシル・イミテーションのことを、彼は誤認していたのだ。


「当然のこと、警戒はしていたのだろうが……しかし、君は自らの異能を過信し、の……いや、の心さえも既に奪っているものと、そんなふうに勘違いをし続けた」


 クラウスの中に宿る彼は、結局、最後の最後まで、セシルの正体に行き着かなかったのだ。


 その証拠に……

 ズラリと並べられた女達の中には、


「自らの知識を鵜呑みにし過ぎたな、クラウス君。そういうところもまた、ド三流の証明というものだよ。君は慢心と詰めの甘さによって、今……何も出来ぬままに、敗北する」


 いや、言い方が違うな。

 既に彼は、敗れているのだから。


 クラウスの背後にて。


 この場に居なかった彼女が。

 セシル・イミテーションが。


 魔法で以て生成した灼熱のつるぎを握り締め……

 今、クラウスの心臓を、背面から貫いている。


「あ、がッ……!」


 小さな苦悶が彼の口から漏れ出た、次の瞬間。

 セシルが、相手方の胸部から、真紅のつるぎを引き抜いて。



 クラウスの首を、刎ねた。



 刹那。

 皆の精神が、元へと戻る。


「っ……!?」


「あ、あれ? なんで、闘技場、なんかに……」


 静粛を保っていた生徒達。


 そして、五人のヒロイン達もまた、当惑した様子で周囲を見回している。


 そんな中。



「――――」



 地面を転がり、こちらの足下へやって来た、生首。

 それを見下ろしながら、俺は言葉を紡ぐ。


「セシルという存在に対して、もっと考察を積み重ねるべきだったな、クラウス君。彼女がなにゆえ、原作にてアルヴァートを討てたのか。そして現在、なにゆえアルヴァートである俺と彼女とが、友好な関係を結んでいるのか。そこを疑問視していたなら……」


 まぁ、それでも負けることはなかったわけだが。

 これ以上、彼我の力量差を叩き付けるのは、あまりにも可哀想なのでやめておこう。


「さて、クラウス君。かつて君が述べた言葉を覚えているかな?」


 物言わぬ生首に向かって、俺はさらに言葉を投げ続けた。


「穏やかであるということと、脚光を浴びるということは、両立が可能である。……いやはや、実に良い言葉だ。目から鱗が落ちるとは、このことか」


 これもまた、彼のおかげで得られた気付きの一つである。


「重ねて礼を言わせてもらうよ、クラウス君。君のおかげで、俺は進むべき道というものを見定めることが出来た。今では、平凡にこだわり続けた自分を愚かに思う」


 なにゆえ凡庸を求めたか。

 それは、心穏やかで在りたかったからだ。


 しかして、その目的は。

 凡庸でなくとも、達成出来るのではないかと。

 クラウスのおかげで、俺はそんなふうに思えるようになった。


 ……いや、もう少しばかり、素直な言い方をしようか。


 俺は結局のところ。


「彼女達に好意を寄せている。人間不信を患った心が、久方ぶりに、誰かを信じようとしている。……君は、そのことに気付かせてくれた」


 結局のところ。

 俺は皆と共に、穏やかな人生を歩んでいきたいのだと。

 ただただ、そう願っているだけなのだ。


「クラウス君。君に対するこちらの感情は……憐憫と感謝。それだけでしかない。ゆえにこそ、前もって断言しておこう」


 生首になった彼へ、次の言葉を放つ。


「天地神明に誓って、何があろうとも――俺は、


 端から見れば大いなる矛盾であろう。

 さりとて、俺の中では筋道の通った思考である。


「……次は、もう少しばかり考えを練ってから、挑んでくるといい」


 生首を横切って、皆のもとへ向かう。

 そうしながら俺は、今後の展開に思いを馳せた。


 ……ここに至るまでずっと、俺は掌の上で踊ってきたわけだが。


 しかし、ここからは。

 逆に、こちらの掌の上で、踊ってもらおうか。


 クラウスの中に宿る彼には、もう一つばかり、仕事が残っている。

 それを完了させることで、ようやっと――



 此度の一件における、クライマックス。


 である彼女をための戦いが、開幕するのだ。

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