第一五話 主人公気取りの悪役(ド三流)


 クラウスの目前に立つ、美しい少女達。



 ルミエール・ゼスフィリア。


 エリーゼ・ルシフォル。


 クラリス・リングヴェイド。


 セシリア・ウォルコット。


 リンスレット・フレアナイン。



 彼女等は皆、総じて虚ろな目で虚空を見つめており……

 そして誰もが、扇情的な下着姿を晒している。


 なにゆえか?

 これもまた、簡単に推測が出来る。


 俺を打ちのめした後……その目前で、彼女等とまぐわうためだろう。


 とことん悪辣で、悪趣味だが。

 沸き上がる嫌悪感は、しかし、憤怒の情に繋がることはなかった。


 やはりどうしても。

 俺は、彼のことを。


 敵として認識することが、出来ないでいる。


「クラウス君。君は“こころ”という作品を読んだことがあるかな?」


「……あ?」


「夏目漱石の代表作と呼ぶべき作品なんだが……そこであるキャラクターが、次のように述べている。精神的な向上心を持たない者は馬鹿である、と」


 俺は無感情のまま、次の言葉を口にした。


「自己修養を怠り、能力を過信し、あまつさえ己の下半身を制御することも出来ない。そんな君はまさに、精神的な向上心を持たない馬鹿者と言えるのではないかな?」


 こちらの態度は徹頭徹尾、彼の神経を逆撫でしたらしく。


「見下してんじゃねぇぞ、負け犬がぁッ!」


「ほう。負け犬と来たか」


「状況が見えてねぇのかッ!? てめぇの女はもうオレのモンなんだよッ! オレが命じたならッ! 全員ッ! その通りに動くッ!」


 ここでクラウスは下卑た笑みを浮かべ、ルミエールへと目を向けると、


「おい。こっち来て……


 自らの下腹部を指差す彼へ、ルミエールは一歩、また一歩と近付いていく。


「おっと、止めようとしても無駄だぜ?」


 こちらへの対策、といったところか。

 ルミエール以外の全員を肉壁として、ズラリと並べてくる。


「お前さぁ、こいつらに手出ししてねぇんだろ? ザイルもそうだったけど、ほんっと馬鹿だよなぁ~。こんなドエロい奴等が身近に居て、好き放題出来る立場にあるってんなら、普通は毎日犯しまくるだろ。……こんなふうになぁッ!」


 すぐ近くまでやって来たルミエールへ、両手を伸ばす。

 跪かせ、形式的には強制するような形で、彼女の口内を陵辱するために。


 だが。

 クラウスの指先が、ルミエールの肩へ触れる、直前。


 彼女は向かい来るそれを、全力で弾いた。


「あ……!?」


 完全なる想定外。

 クラウスの顔には、そのように書かれていた。


「ど、どういう、ことだ……!?」


 理屈を述べるとするならば……

 誓約の魔法が、効力を発揮したということになるのだろう。


 生涯、アルヴァートのみを愛する、と。

 そんな誓約が、人格を奪われてなお、体を動かしたのだ。


 しかし。

 ここはあえて、ロマンチシズムに傾倒したい。


 即ち――


「心を奪ってもなお、愛する者への想いを消し去ることは、出来なかったのだろうな」


 粛然と口にしてから、俺は溜息を吐きつつ、次の台詞を送る。


「もっとも。君のように愛と肉欲の区別も付かないような輩には、そうした崇高なる精神など、理解出来まい」


「ッ……!」


「元居た世界にて、どのような生活を営み、そして死んだのか。君の半生を想像すると、憐憫の情しか湧いてこないよ。……主に君の親御さんに対してだが」


 ここまで口にした瞬間、ふと、前世での記憶が蘇ってきた。


 仕事を辞めて引きニートになった後、一時期、レスバに明け暮れていたことがある。


 きっとクラウスの中に宿る彼も、経験者ではあるのだろう。


 しかしながら。


「……ぁあああああああああああああああああああああああッッ!」


 こちらの方が、やはり一枚上手……


 いや。

 というよりも。


 彼が弱すぎて、においても、まるで勝負にならないだけ、か。


「殺せぇッ! てめぇらッ! あのクソ野郎をブッ殺せぇッッ!」


 心を奪った彼女等へ、そのような命令を放つクラウス。

 されど、誰もが微動だにせず――


 ルミエールとクラリスは涙を流し、エリーゼとセシリアは拳を握り固め、そして。

 リンスレットに至っては、


「あた、し、に……! 命令、すんじゃ、ねぇよ……! クソ、ガキィ……!」


「ひぃっ!?」


 さすがは当代最強の魔導士といったところか。


 きっと彼女の圧倒的な自我は、その肉体に細胞単位で刻み込まれているのだろう。


 心を失い、奴隷も同然となってなお、リンスレットはリンスレットのままだった。


「なん、だ、こいつ……!? 意味、わかんねぇ……!」


 何もかも理解出来ない中、きっとリンスレットの存在が、もっとも不気味に映っていることだろう。


 何せ彼女は原作に登場しない、この世界限定のオリジナル・キャラクターだ。

 それなりに彼女を知る俺でさえ、次の瞬間に何をしでかすのか、まったく読めない。


 クラウスにとってはよっぽど、理解の及ばない存在であろう。


「死、ねぇ……!」


「お、おいおい、嘘だろッ!?」


 全身から殺意を漲らせるリンスレット、だが。

 攻撃を行うというところまでは、行き着くことが出来なかったようで。


「ッ……!」


「……くはッ! なんだよ、ビビらせやがって! 結局はてめぇも動けねぇのかよ! 焦らせんじゃねぇっつぅの、このババァ!」


 動揺がそのまま、安堵へと変わる。


 だからか、彼の顔には再び、勝ち誇ったような笑みが戻っていた。


 そんなクラウスに、俺は。


「クラウス君。君は多少なりとて、頭が回る男だよ。その点は認めよう」


 実際のところ、ザイルに対する迂闊な行動を除けば、彼の動向は完璧に近いものだった。


 中でも特筆すべきは、監視員にして諜報員でもある、エリーへの対策であろう。


 誰も見ていないところでさえ、聖人君子を演じ続ける徹底ぶり。

 ザイルを利用する形で実行された、誤情報の流布。


 いずれもハイレベルな内容であり、そこについては称賛に値する。


 もし、彼がほんの少しでも気を緩めていたのなら、エリーは即座に真実を掴んでいただろう。

 最後の最後まで、そこに気付かせなかったクラウスの知性は、それなりに高度なものだと言える。


 ……とはいえ。


「クラウス君。君は己と向き合うことが出来ていない。その時点で、何もかもが台無しだ。ゆえにこそ……どこまでいっても、ド三流なんだよ、君は」


 こちらの言葉を単なる挑発と受け取ったか、クラウスは何事かを発しようとする……

 が、その前に。



「――――ッ!?」



 全てが、終わる。


 ……いや、違うな。

 それは正確な表現じゃない。


 何せ、この一戦は――



 ――






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!


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