第一四話 約束の舞台


 婚約者となった六人の美少女達。

 彼女等との挙式は、一〇日後に決定した。


 一般的な感性の持ち主であれば、現状は幸福の絶頂そのものであろう。


 見目麗しいだけでなく、性的な魅力まで兼ね備えた、美しい少女達。

 彼女等を全員、合法的に娶り、好きなだけ種を付けることが出来る。

 それはまさに、男の理想そのものであるが……


 その裏に潜む悪意に気付いている以上、こちらにはなんの感慨も湧いてはこない。


 そう……

 ここまでの全ては、の手によって形成された、なのだ。


 ゆえにこそ。

 挙式の三日前というタイミングで、ランク・マッチが実施され――


 その舞台にて。

 俺は、クラウス・カスケードと対峙する。


「ついに、僕達の計画が実を結ぶ瞬間がやってきましたね、アルヴァート君」


「……あぁ、そうだな」


 彼が転生者であることを知った、そのとき、俺はクラウスと密約を交わしていた。


 彼を目立たせ、段階的に注目度を上げていき……

 最後に、自分が座っている椅子を譲る。


 このランク・マッチがまさに、その舞台であった。


「今回の一戦で、僕は一番目立つ場所に立ち……アルヴァート君は、望んでいた平凡を手に入れる」


「……あぁ。まさしく、理想的な決着だな」


 返答すると同時に。

 試合開始の合図が、審判役である男子生徒の口から、放たれた。


「始めッッ!」


 刹那。

 踏み込んでくるクラウス。


 事前の打ち合わせ通りに運ぶのであれば、彼の一撃によって瞬殺、という内容を演じることになる。


 クラウスはここに至るまでの期間、己が力量を示し続けてきた。

 ゆえに此度の八百長を疑うような者はおらず、むしろセンセーショナルな王座交代劇として受け止められるだろう。


 ……だが、それは。

 あくまでも、予定通りに進んだ場合の話。


「なぁ、クラウス君」


 俺は、迫り来る彼に対し、


「君のおかげでいくつか、気付きを得られたよ。これは、そのうちの一つだが……」


 握り固めた拳を。

 彼が繰り出す、打撃に合わせる形で。


 その厳めしい顔面へと、叩き込んだ。



「こちらの意思で分には問題ない。だが……というのは、甚だ不愉快だ」



 鼻血を撒き散らしながら、弧を描いて吹っ飛ぶクラウス。

 やがて地面に衝突し、舞台の只中を転がって……停止。

 そんな彼の姿に、観客達は。


 ――無言。


 誰も彼も、口を開かない。

 唖然としたわけでもなく、当惑を覚えているわけでもなく。

 皆一様に、無表情のまま、我々を見ていた。


 あまりにも異様な静寂。

 そんな中。



「――――あ~あ。マジでつまんねぇな、お前」



 粗野な言葉を放った後。

 クラウスはやおら立ち上がり……


 豹変した人相で、こちらを睨め付けた。


「何もかもお見通しで、想定通り。そんな態度がハナっから気に入らなかったんだよなぁ」


 声音。口調。顔つき。

 全てが原作通りのクラウス、そのものだった。


 さりとて。

 実は彼が転生者ではなかったとか、そういうことではない。


 俺がアルヴァートとしての運命を拒絶し、その生き方を否定した一方で。

 クラウスの中に宿る、彼は。


「喜々として、受け入れたんだな。クラウス・カスケードとしての人生を」


 かつて、彼は言った。


 原作通りに動いてしまったら、悲惨な結末を迎えてしまう、と。

 ゆえに自分はクラウスのようにはならない、と。


 だが。


「君には一点、原作になかった要素が宿っていた。そう……自らの運命をねじ曲げることが出来るほどの、強大な力。君はそれを、おそらくは転生と同時に授かったのだろう」


「あぁ、そうだよ。はいはい正解正解。すごいね、ホント」


 こちらを小馬鹿にしたような態度。

 だが、怒りも不快も沸き上がることなく。

 俺は淡々と、次の言葉を投げた。


「君が得た力。それはおそらく…………、だな?」


 何も答えない。

 それこそが、何よりの答えであった。


「異能の獲得は何も、《魔物憑き》の専売特許というわけじゃない。君も知っての通り、未来世界からやって来たエリーゼも、常人の身にて、それを得ている」


 続いて。

 俺は、クラウスの中に宿る彼が得たその力を、称賛した。


「なるほど。君の力はまさに最強と呼ぶに相応しい。シンプルに強いというだけでなく、様々な応用まで利く。そこに加え、発動条件の緩さもまた、極めて厄介だ」


 彼が現れて以降、俺は一度すら監視の手を緩めてはいなかった。

 そうだからこそ断言出来る。

 ここに至るまで、クラウスは一瞬たりとて、怪しい動きをしていなかった、と。


 ゆえに彼の異能は……

 対象を目視確認しただけで、発動出来るのだろう。


 相手の姿を自分の目で見る。

 ただそれだけで、彼は自由自在に、望んだものを奪うことが出来るのだ。


「君の力を前にしたなら、おおよその存在は膝をつくしかない。それゆえに……ザイル達では、手に負えなかったのだろうな」


 原作主人公とヒロイン達。

 彼等の人格が歪んでいたのは、強奪の異能によって、精神面になんらかの変化が加わったことが原因であろう。


 善性を奪って悪意の塊に仕立て上げたのか、あるいは、別の人間から奪った能力によって精神をコントロールしていたのか。


 いずれにせよ。


「君にとって、共和国で過ごした日々は、実に華やかなものだった。そうだろう? クラウス君」


 原作ヒロインの一人。

 彼女の記憶をエリーが覗いたところ、その一部分が丸ごと消え去っていた。

 これもまた強奪の異能によるものであろうが……


 ではなぜ、そんなことをしたのか?


 その答えは単純明快。

 知られた瞬間、自分の正体が露見してしまうからだ。


 果たして、奪われた記憶がどのようなものだったのか。

 推測は容易だが……口にはすまい。


 言葉を用いて具体化したなら、きっと吐き気を催すことになるだろう。

 それほどまでに、彼の日常は邪悪なものだったに違いない。


「クラウス君。君はこちらでも、同じことをしようとしたのだろう?」


 やはり沈黙したまま、何も答えない。

 ゆえに俺は一方的に言葉を紡ぎ続けた。


「しかし、君の異能は俺の異能によって相殺され、我が身にはなんの効力も発揮出来なかった。そこに加え、俺の人格はザイルのそれと違って、純粋でもなければ愚かでもなく……だからこそ君は、方針をコロコロと変えざるを得なかったんだろう?」


 最初は単純に女達を寝取り、目の前で陵辱するつもりたった。


 しかし適応の異能によって、強奪の異能が無力化されたことにより、俺を無抵抗な子羊に変えることが出来なかった。


 よって彼はまず、時間を掛けた嫌がらせを敢行したのだろう。


「正直に白状するよ、クラウス君。ここに至るまで、俺は気が気じゃなかった。君

と親しくする彼女達の姿に、強いストレスを覚えていた。その点で言えば……今回の一件は、君の勝ちということになるな」


 じわりじわりと周囲の存在を奪っていき、最終的には、汚名を着せて社会的な立場すらも奪い取る。


 交流戦にて、魔王の姿へ変異させたザイルの言動は、そのための布石だったのだろう。


 だが。

 そこでも俺は、彼の思惑を大きく裏切った。


 ゆえにこそ、再び、プランを変更したのだ。

 そう……


「幸福の絶頂へと至る、その直前に、何もかもを奪う。そうすることで、こちらが苦悶する様を楽しみつつ……奪った者達を、目の前で犯し尽くす、と、そんなところか」


 ここに至り。

 ようやっと。

 クラウスが沈黙を破る。


「――あ、やっと終わった? 長々とお疲れさん。一人喋りが上手だね、あんた。配信者にでもなったら?」


 再び、こちらを小馬鹿にした態度。

 その目は俺を見下しきったものであるが……やはり不快感など湧いては来ない。


 むしろ、憐れみすら感じる。


 クラウスの中に宿る彼は今、必死こいて、自分に言い聞かせているのだ。

 こいつは自分よりも下だと。


 そうだからこそ……

 彼は、勝者然とした態度を崩すことなく。


「どうせこれも想定の範疇なんだろうけどさぁ~。でも、実際に目の当たりにすりゃあ、ちっとは動揺すんだろ?」


 ニヤリと笑みを浮かべた、次の瞬間。

 複数の人影が、天より舞い降りて、クラウスの眼前へと着地する。


 果たして、闖入者達の正体は……

 虚ろな瞳をした、美しい少女達。


 ルミエール、エリーゼ、クラリス、セシリア。

 そこに加え、リンスレットまで並んでいる。


 そんな彼女等を前にして。

 クラウスは叫んだ。


 まるで、勝利を宣言するかのように。



「――――こいつら全員! 今はオレのモノだ! ざまぁみろ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る