第一一話 罠を張る


 平凡にして平穏なる日常。

 それを享受したいと望むなら、脚光を浴びるような行為は御法度であろう。


 しかし、たいへん遺憾ながらも。

 俺はあえて、目立ちまくることにした。


 休憩時間を挟み、第三競技が開幕。

 棒倒しをベースとしたそれが始まると同時に……


 俺は地面を蹴って、敵陣へと単騎突入。


「なっ……!?」


 敵味方を問わず、こちらの行動は彼等の意表を突くものだったらしい。

 全員が全員、あまりにも無防備で。

 ゆえにこそ、圧倒することは容易であった。


「ぐぁっ!?」


 打撃にて、まずは一つ。


「ぅぐあっ!?」


 こちらも打撃にて、二つ。


「ぎぃえっ!?」


 三つ。

 そして。


「こいつッ! 調子に乗――」


 ザイルの顔面に拳を叩き込み、その一撃にて横転させる。


 結局のところ、こちらの進撃を止められるような者はおらず――


 開始後、一〇秒も経たぬうちに。


 第三の競技は、こちら側の勝利となった。


「「「ッッ…………!?」」」


 度肝を抜かれたのか、場に居合わせた者達全員が、目を見開いて沈黙する。


 数万人規模の観客が存在するとは思えぬほどの静寂。


 それは、第四競技においても再現された。


 二人三脚をベースとした競技にて、俺は訓練時と同様、セシルとペアを組み、


「君は何もしなくていい。平時と同様、凡人のフリをしてくれ」


「了解」


 一直線に突き進み、ザイル達を瞬殺しつつ、そのままゴール。

 今回もまた、一〇秒未満で決着。


 続いて。


 第五競技も。

 第六競技も。

 第七競技も。


 俺は、一〇秒未満で、決着へと導いた。


 人という生き物はあまりに想定外な事態に直面すると、現実から目を逸らすように出来ているようで。

 観客達は皆、現状を夢か何かと、勘違いしているらしい。


 誰もが狐につままれたような顔で沈黙を保つ中。

 最終競技も、また。


「うぐぁッ!?」


 ザイルをキッチリと叩きのめしたうえで、終幕。

 無論、今回も一〇秒未満での決着であった。


 ……さて。

 不本意な活躍を行って見せたのは、ここからの展開を引き出すためだ。


 クラウス。

 あるいは、ザイル。


 主人公と悪役である彼等からしてみれば、我が存在はモブに等しいものだろう。

 そんな男が好き勝手に暴れ回り、自らが描いたシナリオを完膚なきまでに破壊したのなら。


 両者のうち、いずれかが。

 大きなリアクションを、見せるはずだ。


 果たして。

 こちらが張ったに引っ掛かったのは、


「――クソがぁああああああああああああああッッ!」


 予想通り。

 ザイル・ソーサラスであった。

 彼は蹲った状態で地面を叩き、それから、こちらを睨め付けると、


「なんッだよ、てめぇはぁッッ!」


 はてさて。

 これは彼自身の口から出た、まことの言葉であろうか。


 あるいは。

 言わされた言葉か。


 いずれにせよ、こちらが取るべき行動はただ一つ。


「威張り散らかしている割りには…………たいしたことがないな、君は」


 挑発的な台詞と、相手を見下したような視線。

 果たして、我が芝居に対し、ザイルは、


「――――――――――ッッ!」


 声にならぬ絶叫を放ち、そして。

 全身から衝撃波を放つ。


 それをあえて直撃し、吹っ飛んだフリをする。

 あとついでに。


「ぐぁっ!?」


 やられ役めいた悲鳴などあげて、地面を転がる。

 そうして俺は寝そべった状態のまま、ザイルの様子を観察。

 彼は今、漆黒のオーラを纏い……


「ぐがぁあああああああああああッッ!」


 次の瞬間、体を変異させていく。


 ベキバキと音を立てて、その姿を変える原作主人公。

 たっぷり時間をかけて変身した彼は……



 なんともわかりやすい、魔王のヴィジュアル、そのものとなっていた。

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