第三五話 傍観に徹する


 衝撃的な情報による動揺が、依然として収まらぬ中。

 こちらの心情など慮ることなく、交流戦の第一競技が開幕する。


 それを例えて言うなら、極めて過激なラグビーといったところか。


 ボールを相手のゴールポイントへ運ぶことで点が入り、制限時間内により多くの点を得ている側が勝者となる。


 ボールの運び手をいかに妨害するか。

 相手の防御をいかに突破するか。

 それらを醍醐味とするこの競技は、ルール内容があまりにもシンプルで……


 ゆえに。


 異世界だからこその、過激さに満ちあふれている。


「担架ぁああああああああああッ!」


「早く運べッ! さもなきゃ死ぬぞッッ!」


 元居た世界において、コンタクトの多いスポーツには安全性を考慮した、厳密なルールが設けられている。

 その反面、我が眼前にて展開されている競技には、そういったものがない。


 ボールの運び手に対する妨害にしても、それを突破する手段にしても――

 何をしたってよい。


 それこそ、相手を殺傷するような行為も、全て許可されている。

 であれば、必然。


「死ねぇえええええええええええええッ!」


「そっちが死ねぇえええええええええッ!」


 競技エリア内の様相はまさに、戦場のそれであった。


 様々な魔法が飛び交う中、一人、また一人と倒れ、医療室へと運ばれていく。

 もうこれはスポーツではない。ほとんど殺し合いである。


 そのような状況下にあって。

 俺はディフェンスを担いつつ、相手の陣地へ攻め込む味方の姿を見つめ続けていた。


「僕はもうッ! 君にいじめられていた頃の僕じゃ、ないッ!」


「あぁッ!? 調子こいてんじゃねぇぞ、クソカスがぁッ!」


 気弱な主人公が成長し、いじめっ子を打ちのめす。

 きっとそれが、なのだろう。


 そこに対し……

 こちらの思惑を、混ぜ込ませてもらう。


「ハッ!」


「ぶべッ!?」


 表面的には、クラウスの援護を行う形で。

 セシルが相手方の女子生徒を殴り飛ばす。


「かはっ」


 弾丸のように吹っ飛んで、壁面へと叩き付けられた女子生徒。

 彼女はザイルの周囲を囲む、原作ヒロインの一人であった。


「担架だ、担架ぁッ!」


「ひ、ひでぇ……! 顔面がめり込んでる……!」


 ……セシル君。少々、力を込めすぎじゃないか?


 確かに、やり過ぎなぐらいがちょうどいいと、オーダーを出してはいたのだが。


 ……まぁ、こちらの思惑に差し支えるものでもないので、捨て置こう。


「勝たせてもらいますよッ! ザイル君ッ!」


「ざけんじゃねぇぞ、三下がぁッ!」


 クラウスの活躍を見つめつつ、俺は思索する。


 ……この大会はやはり、どうにもクサい。


 臭気を漂わせているのは主に、クラウスと、ザイル、そして……


「えいっ」


 セシリア。

 唐突にこちらへと飛び付いてきた彼女へ、俺は意識を向ける。


「……味方の行動を阻害したところで、なんの意味もないぞ」


「意味なら、ある。わたしが、気持ち、いい」


 横から抱きつく形で、セシリアがこちらの半身に爆乳を擦り付けてくる。


 肉欲を掻き立てるような心地良い感触と、温かな体温。


 彼女は普段通り、下着を身につけていないらしく……


 薄い運動着の下にある生乳の柔軟性が、こちらへダイレクトに伝わってくる。


「んっ……♥」


 魅惑的な柔軟性の中に、しこりのようなものが生じた。


「ふっ……♥ くっ……♥」


 嬌声を漏らす彼女の様相に合わせて、しこりの硬さが増していく。


 ……大衆の視線を浴びながらのそれは、まさに一種のプレイであるが、当然、そんな彼女の意図に乗ってやるつもりはない。


「なぁセシリア」


「んんっ♥ なぁに、アルヴァート? ここで、シたくな――」


「君がなぜ、ザイル君に一切の関心を向けないのか。教えてもらえないかな?」


 この問いかけを受けて、セシリアが動作を止めた。


「君と彼には因縁があるはずだ。ゆえにザイル君のことを気にかけるのは当然と言える。だが……今の君は、彼に対してなんの興味も抱いてはいない」


 原作にて、ザイルはセシリアと同様、魔王の半身を宿す存在であった。

 この設定が生きているのであれば、彼女がザイルのことを気に掛けないはずがない。


 ……果たして。

 こちらの問いに対する、セシリアの答えは。



「もう、彼は……半身じゃ、ない……」



 予想通りの返答ではある。


 そもそもザイルの中に半身が宿っているのであれば、わざわざ王国に留学する必要はない。

 原作の通りに動けば、セシリアの目的は叶うのだから。


 ゆえにザイルの身には今、魔王の魂が存在しないということになる。


 さて、ここで問題になってくるのは。


「もう半身ではない。その発言は即ち、かつては半身だったと、そういう意味に捉えてもいいのかな?」


 この問いには答えられなかったらしい。

 セシリアは口をパクパクさせるだけで、何事も発せられなかった。


「ふむ。ありがとう、セシリア。先ほどの言葉だけでも、十分だ」


 提供された情報を噛み砕き、まとめてみると……次の通りになる。



 一、ザイルは過去に魔王の魂を宿していた。

 二、彼の中にあったそれは現在、別の場所に移っているか、あるいは消失している。

 三、今のザイルはセシリアにとって、利用価値が何もない。



 これらを総括するに……

 セシリアは何者かの手によって、不本意な状況に陥ったということになる。


 これは確度の高い推測であろう。


 嘘を吐くにしても、そのようなメリットが何一つとして見当たらない。

 彼女の目的は魔王の復活と、それによる世界の滅亡なのだ。

 その行動原理からして、ザイルの中にあった魔王の魂をわざわざ別の場所へ移すようなことなど、するわけがない。


 よって現在。

 セシリアにかけられた疑いは、ほとんど払拭されたといえよう。


 つまり。

 残された容疑者は。


 原作にて、主人公を務めたザイル。

 原作にて、悪役を務めたクラウス。


 この二人のいずれかが、何事かを企み、現状を形成していると見て間違いない。

 共和国と王国の戦争危機もまた、企み事の一環となっているのだろう。


 ……もっとも。

 これらの推測は現状、こちらの手元にある情報をもとに考察したものでしかない。


 まだまだ、全ての情報が出揃ったわけではなかろう。

 その内容いかんによっては、また新たな容疑者が現れるかもしれない。


「……いずれにしても」


 呟きつつ、俺は共和国側のVIPルームへと目をやった。


「この交流戦で……全ての情報が、出揃うだろう」


 それは現在進行形で、収集の最中にある。


「……彼女が居てくれて、本当によかった」


 この場に居ない協力者。

 諜報活動をやらせれば右に出る者が居ない、彼女。



 ――未来からやってきたエリーゼ、通称・エリー。



 彼女の活躍を期待しながら、俺は事態を静観し続けるのだった――

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