第三四話 そんな大事なことは! 本人へ事前に! 伝えておけよ!


 王国と共和国の学生達がぶつかり合う、数年に一度の祭典。

 そのようなビッグ・イベントが厳粛に進行するはずもなく。


 選手一同が集結し、開催時間を迎えた後、しばらくは様々な催しが展開された。


 両国のパフォーマーによる魔法を用いたエンタメショウ。

 高名な歌唱家や音楽家達による演奏会。


 そうした流れを経て、観客達のボルテージが最高潮を迎えた頃。


「……待ち時間はこれにて終了、か」


 大運動場の控え室にて待機していた我々へ、係員が入場の指示を出してくる。


「さぁ皆様方、勝ちに行きますわよ」


 そして我々は舞台へと移動し……大歓声を浴びる。


「う、わ……すごい、ですね……」


 圧倒されたように呟くクラウス。

 そんな彼へエリーゼ達が何事かを口にしているが、今は興味の埒外。


 俺は大運動場の競技エリアに立ちながら、まずは客席へと目を向ける。


 左右、両側の上部に設けられた観覧室。

 そこはいわゆるVIPルームであり、両国の首脳陣が別々の部屋で我々を見守っているとのこと。


 続いて、俺は正面へと視線を向けた。


 相手方……共和国のチームがこちらへと歩を進めている。

 サッカーの大会よろしく、交流戦ではまず、両国の選手達が握手を交わすのが通例だ。


 俺は正面に立つ無個性な女子を相手にそうしたのだが……

 すぐ真横にて。

 クラウスはザイルと手を握り合っていた。


「ッ……!」


「おぉっと、痛かったかぁ? これでも加減したつもりなんだけどなぁ」


 まるで悪役の嫌がらせを受ける主人公のような姿。


 原作とは完全に真逆のポジションである。


 そして握手を終えた後、我々は各自の陣地へと移動し、


「あのザイルという生徒が、相手方の頭目と見て間違いなさそうだな」


「彼に一泡吹かせてやりましょう。貴方様ならきっと可能ですわ、クラウス様」


「は、はいっ! 頑張りますっ!」


 全てがクラウスを中心に回っている。

 そんな状況に対しては、特に感慨を抱くこともなく。

 俺は、クラリスへと問いを投げた。


「そういえば。此度の交流戦、女王陛下だけでなく共和国の元首もまた、観覧しておられるとか」


 クラリスは首肯を返した後、なぜだか怪訝な顔を作り、


「……申し訳ございません、アルヴァート様。わたくしとしたことが、お伝えすべき事柄を、今の今まで失念しておりました」


 らしからぬことだが、もはやそこに違和感を抱くこともない。

 次の瞬間、クラリスが口にした内容についても、想定の範疇に収まっていた。


「陛下からアルヴァート様個人へ、伝言がございます」


「ほう。お聞かせ願いましょうか」


「はい。まずは一言……派手に活躍し、チームを優勝に導いてほしい、と」


 何も考えずに受け止めた場合、「まっぴらごめんだ」という感想のみを脳裏に浮かべ、そのまま捨て置くところだろう。


 しかしながら。

 このを前にして、短絡的な受け止め方をするほど、俺は愚かではない。


 王国の女王と共和国の元首が共に交流戦を観覧する。

 それは両国の歴史上、あまりにも稀な状況なのだ。


 そして。

 そのような事態が発生したのは、冷戦の最中、もしくは末期に限られている。


 これらの材料から察するに……俺のあずかり知らぬところで、なんらかの重大事が進行しているようだな。


 最悪のパターンとしては、国家同士の衝突。

 即ち、戦争の危機。

 女王の伝言をその推測に当てはめて、真意を捉えんとするならば……


 両国が戦争状態に突入するか否かは、我が双肩に掛かっている、と。

 そのような内容、かもしれない。


 現状、確証はないが、こうった場合、最悪を想定して動くのが基本であろう。

 よって仮説が真実であることを前提に、を組み立てていくことになる。


 ……それ自体は特に、心を揺さぶるようなことでもなかったのだが。


「あっ! そういえば!」


 唐突に口を開いたルミエール。


 彼女が繰り出してきた言葉は、確実に。


 こちらの想定外、極まりないものだった。


「父様からの文が届いていたこと、ルミもうっかり失念していました!」


「……父上からも、何か伝言が?」


「はいっ! 交流戦にて絶大な成果を挙げてほしい、と! そうしたなら――多重婚が認められる! そんなことが書いてありました!」


 ……は? 多重婚?


「どういう、ことだ?」


「それが、ですねぇ」


 そして、ルミエールは言った。

 俺の心を叩き潰すような、衝撃的過ぎる内容を。


「今回の交流戦、兄様が大活躍したなら、エリーゼさんだけでなく、クラリス様とも婚約出来るとかなんとか」


 ……ちょっとまだ、受け止め切れない。


 そんなこちらの心境をよそに、エリーゼとクラリス、当人は。


「お、おぉ、そういえば」


「こ、これもまた、失念、しておりましたわ」


 いま思い出したかのように、彼女等は手を叩いて、


「喜べ、アルヴァート! 我等の婚約が、ほとんど本決まりになったぞ!」


「わ、わたくしも! 望まぬ婚約は破棄されましたわ! そ、そして……あ、愛する殿方と! 婚約! 出来ますの!」


 ……俺は未だ、状況を飲み込めていなかったのだが。


 その一方で。


「多重婚が認められるということは」


「わたし、も……アルヴァートの、お嫁さん、に……なれる、の……?」


 どこか興奮気味のセシルとセシリア。

 それから。


「なんとなんとっ! ルミも兄様と婚約出来るようになりましたっ!」


 近親相姦という名のタブーはどこへ行った。


「えぇっと。これは祝福する流れ、ですかね? アルヴァート君」


「…………俺にもよくわからない」


 クラウス。

 こいつが何かを仕掛けてきたとみるべきなのか?

 それとも、まったく別の真実が隠れていると、そのように推測すべきなのか?

 

 さっきまでは完璧だった思考が、ただの一言で崩壊へと至った。


 いずれにせよ。

 今はこのように言わせてもらおう。



「――――どうしてこうなった?」

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