閑話 当代最強は斯く語りき


 リンスレット・フレアナインは、孤児院出身の平民である。


 その生まれは王国の社会において、最底辺といっても過言ではない。


 彼女と同じ環境で育った者はおよそ、まっとうな職に就くことも出来ず、非業な人生を送るものだが……


 リンスレットはそういった規格から、あまりにも外れ過ぎていた。


 圧倒的な暴力の才が、彼女の宿命を破壊したのである。


 物心付いた時点で自らの最強を自覚していたリンスレットは、五歳の時点でスラムを制圧し、七歳を迎える頃には裏社会の実質的なボスとなっていた。


 そして一〇歳となった頃。

 とうとう彼女は国家に喧嘩を売るようになり……


 最終的には、リングヴェイドの軍事力を単独にて圧倒。


 そしてリンスレット・フレアナイン、一二歳の夏。

 リングヴェイド王国は、ただ一人の少女に、白旗を振った。


 以降、リンスレットは全ての自由を認められ、孤児院出身の平民でありながらも、女王を跪かせるほどの立場にある。


 しかし、だからこそ。


「退屈だったのよねぇ~、この一〇年間。刺激がなさ過ぎて、生きてるんだか死んでるんだか、まったくわかりゃしない」


 宮殿の客間にて。

 彼女は女王・レミエルを前にしながらも、くつろぎ切った姿勢のまま、言葉を紡ぐ。


「けどまぁ……ここ最近はそれなりに楽しい。いやホント、教師になって正解だったわ」


 女王に対し、ここまでフランクな態度を取れるのは、リンスレットぐらいなものだろう。

 さりとてレミエルはそんな彼女の姿勢に不快感を抱くようなことはなく、


「貴女が学園で教鞭を執ると言い始めたときは、天変地異の前触れかと危惧したものですが……上手くやっておられるようで、何よりですわ」


 レミエルにとって、リンスレットは好ましい存在であった。


 圧倒的な暴力と、高度な知性を併せ持ち、階級のしがらみに囚われることがない。

 そんな彼女をレミエルは、唯一無二の友人として扱っている。


 それゆえに。


「……ねぇ、リンスレット。もしものときが来たなら、貴女に頼ってもよろしいかしら?」


 女王にとって、彼女は頼みの綱そのものであった。


「共和国との戦争、でしょ? ま、そんときゃ大暴れさせてもらうわよ。面白そうだし」


「……相手方は、勇者の転生体を抱えているとのことですが、どう思われます?」


「ハッタリでなければ……かなり刺激的な対戦相手になるでしょうね」


 共和国の歴史的背景にある、勇者と魔王の伝承。これは大陸全土に知られている。


 そのあらましは、次の通り。


 魔族達の王たる魔王が人々へ宣戦を布告し、侵略と虐殺を繰り返した。

 これを勇者が単独で制し、人々に平穏と……豊かな国土をもたらす。


 魔王と勇者の物語は、共和国がいかにして建国に至ったのか。その黎明期を語る内容でもあった。


 この伝承において、人々と勇者は常に善として記されている。

 その反面、魔王や魔族達は悪しき存在として描かれているわけだが。


「ガッツリ創作が入ってるのよね~、勇者と魔王の物語ってさ」


「えぇ。アレは見るからに、当時の為政者達にとって都合の良い話に変えられておりますわね。……そこで問題になってくるのは」


「勇者の戦闘能力が、どんだけ盛られてるかって話よね」


 伝承通りのままなら、彼はリンスレットと同格か、あるいはそれを上回るほどの存在であろう。


「……まぁでも、衝突は確実ってわけでもないんでしょ?」


「えぇ。全ては近日開催される、交流戦の結果次第かと」


 ここで二人の話題が、学園へとフォーカスされる。


「貴女の目から見て、今の学園はどう映っておりますか?」


「さっきも言った通りよ。あたしが楽しいって思える程度には、色んな意味で刺激的」


「その要因は、やはり」


「うん。アルヴァート・ゼスフィリアの存在が、かなりい大きいわね」


 彼は様々な因果を引き寄せている。

 ゆえに見ていて楽しい。


 けれども、今回については。

 リンスレットとて、傍観者では居られなくなるかもしれない。


「アルヴァート以外にも、気になる奴が二人居てね。誰だか分かる?」


「……共和国からの留学生、でしょうか?」


「せ~かい。あいつら二人とも、怪しすぎて面白いのよね」


 まずリンスレットは、セシリアに対する人物評を述べた。


「セシリア・ウォルコット、だっけ。あいつはもうあからさまよね。隠し事があまりに多すぎる。でも、その隠し事がいかなるものなのか、あたしですら判別が難しい」


 彼女の正体が魔族であるということは、簡単に見破ることが出来た。

 しかしその目的に至っては、依然として不明なまま。

 男子生徒の性欲処理を趣味にしているというぐらいの情報しか、得られてはいない。


「ただ……なんかデカいことやらかしそうなのは、もう一人の方なのよね」


 クラウス・カスケード。

 留学生の片割れに対し、リンスレットは持論を述べた。


「多分としか言えないんだけどさ……と思う」


 その何かはまるで判然としない。

 単なる第六感でしかないのだが、リンスレットは自らの直感力を信じて疑わなかった。


「その何かってのが、学園単位でしかないのか、あるいは……今回の戦争危機にも絡んでるのか。そこらへんもわかんないけど……あるいは、あいつが勇者の転生体ってセンもあるかもね」


 これもまた勘働きによるものでしかない。

 しかしリンスレットは確信している。

 クラウス・カスケードには、何かがある、と。


「いずれなんらかのアクションを取るとは思うけど……もしかしたら、そのときは」


 自分にとっての危機が訪れるかもしれない。

 そんな予感に、リンスレットは喜悦を覚えていた。


「相も変わらずですねぇ、貴女は」


 レミエルとしては、苦笑を返すほかない。


「まぁ、ともあれ……貴人学園の生徒達は、よき人材として捉えてもよいと、そういったところでしょうか」


「うん。特にアルヴァート、ね。あいつのことを見たうえで、それでも戦争を始めようってんなら……共和国側は無能の集まりってことになるわね」


 リンスレットが他人をここまで高く評価する姿を、レミエルは一度すら見たことがない。


 ゼスフィリアの嫡男。

 夜王の転生体という噂も流れているが……あるいは、真実やもしれぬと、女王はそのように直感する。


 となれば。


「……もし、彼が今回の一件を、解決したのなら」


 あるいは。

 多重婚以上のことも、視野に入れるべきか。

 そのように考えるレミエルへ、リンスレットは笑いかけた。


「ね? 面白いでしょ? アルヴァートって男は」


「えぇ。貴女や我が娘、そしてガイウス卿の娘など、多くの者達が興味を抱くのも、納得がいきますわね」


 面識もない相手ではあるが、不思議とこう思ってしまう。

 彼が居れば、大丈夫なのではないか、と。

 それこそがまさに、伝説の夜王たる証のように感じられた。


「アルヴァート・ゼスフィリア……」


 近く見えることになるであろう少年の姿を思い浮かべながら。



 女王・レミエルは、口元の笑みを深めるのだった――






 ~~~~あとがき~~~~


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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