第三二話 実際にNTRされたい奴なんてリアルにおらんやろ


 交流戦の開催日が迫る中。

 学内の運動場にて、最終合同訓練が実施された。


 これは参加者同士で二組に分かれ、実際の競技を実行するという内容になっている。


 要するに交流戦の事前練習というわけだな。


 競技によっては参加者だけだと数が合わなくなるため、その際には適宜、学内ランク上位者が補欠要員として当てられる。


 ……さて現在。

 俺はBチームのメンバーとして、Aチームの面々と対峙していた。


 我が周囲に立つのは、大半が見知らぬ生徒達。

 顔見知りの多くは、相手方……クラウスを中心としたAチームに固められていた。


「加減などしてくれるなよ、アルヴァート!」


「兄様が相手だと、やる気になれませんねぇ……」


 やる気十分なエリーゼと、その真逆なルミエール。


「アルヴァート様がどのように動かれるのか……想像しただけで身震いが止まりませんわ」


「棒倒し……アルヴァートの棒も、倒して、いい……?」


 別ベクトルの興奮を抱く、クラリスとセシリア。


 彼女等が向こう側に居るのは、戦力の平均化を狙ってのことだ。

 それ自体は自然な流れだろう。

 疑念など抱く余地はない、はずだが。


 けれども、やはり。

 作為の匂いを感じるのは、俺が人間不信を患っているからだろうか。


 ……いや。


「アルヴァート君と戦うだなんて……! 緊張するなぁ……!」


 普段、こちらを囲む少女達。

 彼女等がクラウスという、別の男の側に居るという現実が。

 あるいは、俺の思考力を狂わせているのかもしれない。


 ……ともあれ。


 最初の競技は棒倒しをベースにしたものだった。


 交流戦にて行われる競技は総じて、実戦を想定したような内容となっている。


 棒を守る者達。

 棒を倒さんと攻めに行く者達。


 まるで合戦場のような光景が、目前にて繰り広げられている。


 ……俺が取るべき行動は、なんだ?


 決して目立つことなく、クラウスに華を持たせることではないか。

 こちらの望みはモブキャラのような凡庸極まりない日常。

 それを実現するためには、クラウスに自分が座っている椅子を譲る必要がある。


 だからこそ。



「か、勝った……!? アルヴァート君の、チームに……!?」



 手を抜き、華を持たせる。

 そんな俺の行動に対し、疑問を持つような者は、不自然なほど皆無で。

 むしろ。


「アルヴァートって、実はたいしたことないんじゃね?」


「今までの活躍はマグレかなんかだったんじゃ……」


 俺にとって、あまりにも都合のいい言葉が、飛び交っている。


 そう。

 現状は好都合極まりないものである、はずなのだ。


 しかし。


「やったな、クラウス! よもやアルヴァートを打ち破るとは!」


「素晴らしいご活躍でしたわ! クラウス様!」


「い、いやぁ~、皆さんのご協力あってこそですよ。あはははは」


 エリーゼやクラリスに称賛されているクラウスの姿を目にしたことで、俺は一つ、気付きを得た。


 それゆえに。


「……セシル君。次は、あえて勝たせてもらおう」


 こちら側に存在する、唯一の顔見知り。


 男子生徒として学園に溶け込む、男装女子のセシル。


 彼女がこちらに居るというのも、作為的な匂いを感じる原因の一つだった。


「……いいのかい? 目立つことになると思うけど」


「あぁ、問題はない。一度は勝っておかねば不自然というものだろう」


 そこに加えて。

 こちらが勝利したとき、クラウスがどのような反応を見せるのか、確認してみたい。


 と、もっともらしい理由を付けながら。


 俺は、自らの感情に正直な行動を取った。



 ――次なる競技は、二人三脚をベースとした対人戦。



 二人一組となり、互いの足を紐で結び、密着した状態で前進。

 チームメンバーの誰かが向こう側に存在するゴールへ到達した時点で、該当メンバーが所属するチームの勝利となる。


 負傷した仲間同士で守り合いながら、安全地帯へと避難。

 そのような状況を想定しての実戦訓練……といった側面がありそうな競技であった。


 俺はセシルとペアを組み、クラウスの動向を目にする。


「どうした? もっとくっ付かねば、身動きが余計に取りづらいぞ?」


「い、いや、そのぉ……いろいろと、申し訳ないというか……」


 エリーゼとペアを組んだクラウスが、こちら側をチラチラと見てくる。

 そんな視線に、らしからぬ情を抱きつつ、


「セシル君。少々荒い動きとなるが、大丈夫かな?」


「うん、問題はないよ」


「ともすれば、君の体をまさぐるようなことになってしまうかもしれないが……」


「う、うん。言い付け通り、ボクは男子のフリをし続けるから、安心して」


 セシルは男子生徒。

 少なくとも、クラウスがこの学園に居続ける限り、その設定は守り続けねばならない。

 それこそが此度の一件における、重要な布石となるだろう。


 ――そして。


 開幕と同時に、俺はクラウスとエリーゼのペアを瞬殺。

 そのまま直進し、防衛を試みる者達を次々と圧倒。


 競技開始から一〇秒と経たぬうちに、勝利を手中に収めた。



「「「っ…………!」」」



 あまりのスピード決着に、誰もが呆然としている。


 目立つことは本意じゃないが、今回ばかりは仕方がない。


 俺は紐を解いてセシルから身を離すと、倒れ込むクラウスとエリーゼのもとへ赴き、


「お怪我などございませんか、ミス・エリーゼ」


「う、うむ。さすがだ、アルヴァート」


 彼女の反応を確認した後、クラウスへと目をやり、


「……すまないな、クラウス君。君があまりにも優れているものだから、ついムキになってしまった」


「い、いえ。お気になさらず」


 あっけに取られているようなクラウスの表情。


 その奥で、彼は俺のことを、ほくそ笑んでいるのではないか。

 女を取られて感情的になる、愚かな俺を、嘲笑っているのではないか。


 ……無論、確証がない以上、それはただの被害妄想でしかない。


 だが。

 この際、クラウスの真意などは興味の埒外である。


 彼はボロを出さなかった。

 クラウスに関する思考はそれで終了。


 今、重要に思うのは、やはり。

 自らの心情を、自覚したことであろう。


「……礼を言わせてもらうよ、クラウス君」


「えっ?」


「なんらかの道具を介さぬ限り、自分の姿を自分の目で見ることは出来ない。君はそのことに気付かせてくれた。だから、君には感謝するよ、クラウス君。……結末がどのような形になろうとも、ね」


 わけがわからない。

 そんなクラウスの反応が真実であるか否かもまた、今はどうだっていいことだ。


 俺は彼の存在により、自分の一面を理解出来た。

 で、あるからこそ。

 今後のシナリオ展開が、どのようなものであろうとも。



 ――迷うことなく、突き進むことが出来るだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る