第三一話 俺が寝取られるわけないだろ! いい加減にしろ!


 交流戦の開催が近付くにつれて、授業の内容も変化し始めた。


 平時における課程を一部カットし、全学年合同訓練を追加。


 これは選抜メンバーを強化するための内容となっている。


 ……イベントに対する熱量がどうにも高すぎるように思うのだが、気のせいだろうか。


 さておき。


 学園生活が交流戦一色に染まる中。


 今、昼前の授業課程を置き換える形で。



 推薦枠の選抜戦が、展開している。



 舞台は学内に存在する闘技場。

 

 選抜方法は実にシンプルで、二組分のトーナメント戦となっている。


 AブロックとBブロック、それぞれの優勝者が推薦枠を手にする、わけだが。


 まぁ、やはりというか、なんというか。


「うぉおおおおおおお!? なんだ、あの初級生!?」


「じょ、上級生の、しかも高位ランカーを破りやがった……!」


 生徒達の視線を、一身に浴びながら。


 まず、クラウスが優勝を決めた。


「ははは! いやぁ~、どうもどうも!」


 歓声と称賛に対する反応としては、特別な違和感もない。


 どこにでも居る一般人が、自身の成功を素直に喜んでいる。

 そんな様子だった。


 ……そう。

 クラウスには、特別な違和感など皆無だったのだが、その一方で。


「フッ。特訓に付き合ってやった甲斐があったというものだ」


 こちらの隣席に腰を落ち着けたエリーゼが、こんなことを呟く。


「……彼と、個人的な訓練を行っていたのですか?」


「ん? あぁ、その通りだが……どうした? 神妙な顔をして」


「……いえ、別段、どうということもありませんが」


「ふぅ~む。まさか……ヤキモチを妬いているのか? なぁ、まさかだよな? なぁなぁなぁ?」


 ニマニマと笑いながら、こちらの横腹を肘で突っついてくる。


 ……初耳のように振る舞って見せたが、実のところ彼女とクラウスの動向は把握済みだった。


 千里眼の魔法やエリーによる諜報活動で以て、俺はクラウスとセシリアの動きを常に監視している。


 よって彼がエリーゼと個人的な訓練を行ったことも知っているし、そこで何かがあったわけではないということも、把握している。


 ではなぜ、既知でないことを装ったのかというと、


 反応を見て、ボロが出ないか、確認するためだ。


「彼に心惹かれるものがないと、断言出来ますか?」


「当然だ。わたしの愛を疑うというのであれば……そ、そのぉ……こ、今夜あたりにでもっ! しっかりと、確認し合おうではないかっ!」


 ……普段通り、だな。


 違和感はあれども、現状、なんの確証もないため、それは杞憂と呼ぶほかない。


 よって今は、次の容疑者に意識を集中しよう。


 セシリア・ウォルコット。


 彼女もまた、こちらの推薦を蹴ることなく選抜戦へ参加し……


 見事に優勝してみせた。


「ふぅ……」


 セシリアの美貌には最初から最後まで、なんの感慨も宿ることはなかった。


 しかし今。


 彼女はこちらへ目をやって。


「んぇろ~……♥」


 輪っかを作った右手を、淫らに突き出した舌の前で、左右に振る。


 特定の性行為を連想させるような、いやらしい素振り。


 それは紛れもなく、俺に対するアピールだが……


 彼女の視線に入っている男子達は皆、勘違いをしたようで。


「うわ、エッロ……!」


「さ、最近、噂になってる子、だよな……!?」


「誘えば誰でも、胸や口でシてくれるっていう……!」


 彼女のプライベートも常々監視してはいる。


 ……あまりにも奔放すぎて、そろそろキツくなってはきたが。


 しかし、セシリアもクラウスと同様、不自然な行動など見せてはいなかった。


 四六時中、痴態を晒しまくっているだけで、相手の男子達になんらかの仕掛けを施しているような様子もない。


 単にサキュバスとしての本能で動いているだけ、といった印象である。


 クラウスとの接触なども一切見受けられず……現状、彼女についてもまた、なんの確証も得られてはいない。


「むむむっ……! おい、アルヴァートよ。ずいぶんと熱の入った視線を送っているじゃないか。よもや君は、あぁいった娘がタイプ、なのか……!?」


「……いいえ。当方はミス・エリーゼの如く、貞淑が形を取ったかのような女性にこそ、心惹かれるものを感じます」


「っ……! そ、そうか、そうか! ならばよいのだ! はははははは!」


 未来世界ではとんでもないドスケベになっているあたり、彼女の本質は淫乱そのものであるが……まぁ、どうでもいいことではある。


 ただ一つ、気になったことがあるとしたなら……


 妬みを覚えたようなエリーゼの態度に、ほんの僅かだが、惹かれるものを感じた。


 ……まさかとは思うが。


 操られているのは、俺の方、なのか?


 ……これもまた確証がないため、現状は杞憂であるということにする。


 とにもかくにも。


 選抜戦は想定通りの結果に終わり、その後も特別な問題など生じることはなく、時が過ぎた。



 そして現在。

 時刻は夜半。



 ルミエールが眠りに就き、エリーが就寝するフリをする中。

 本日もまた、セシリアが室内へとやってきた。


「色仕掛けは通じないと、何度言えばわかるのかな」


 こちらに対しセシリアは首を横へ振って。


「今日は、お話をしに、きた」


「……話?」


「うん。アルヴァートに、わたしのことを、もっと……知って、ほしい」


 こちらが怪訝を見せる中、彼女は滔々と語り始めた。


 その全ては既知の内容。


 魔族への深刻な差別が蔓延する共和国にて、生を受けたセシリア。


 彼女の母は国の上位者に仕える存在……とは名ばかりの、性奴隷であった。


 無論、セシリアもまた幼い頃より、その体を弄ばれ、


「わたしは、サキュバス、だから。行為は気持ち良くて、好きだけど……人間は、気持ち悪い生き物だな、って。そう思った」


 人への嫌悪を募らせ続けた彼女は、最終的に。


 母を失ったことで、狂気へと至る。


「魔族と人の間に、子供が出来ることは、ほとんど、ない。でも……お母さんは、あいつの子供を、孕んだ。だから……処分、された」


 そのときだ。

 絶大な感情の爆発により、セシリアの能力が覚醒へと至ったのは。


 以降。

 自らの内側に宿る全てを理解した彼女は、世界を滅ぼすために動き始める。


 ……というのが、原作の流れであるが。


「ねぇ、アルヴァート。わたし、ね。あなたの言った通り、だよ」


 世界を滅ぼしたい。


 その欲求と願望は偽りないものだと、彼女はそう述べた。


 しかし、それと同時に。


「壊し方は、一つじゃ、ない。そんなふうにも、思ってる」


 自分のように苦しむ存在が居なくなるのなら。


 世界が良い方向へ変わっていくのなら。


 そんな、壊れ方なら。


「わたしは、それでもいいって、思ってる」


 ……嘘だと断言出来ないところが、実に厄介だった。


 原作には二つのルートが存在する。


 一つはノーマル・ルート。


 その内容は、主人公がセシリアの手によって発狂し、世界が滅亡するというもの。


 そしてもう一つが、ある条件を満たすことで分岐する、隠しルート。


 そのシナリオにおいては、主人公とセシリアの間に愛が芽生えたことで、結末が大幅に変化する。


 その内容を知っているだけに。


「わたしは、ね。アルヴァートなら、世界を変えられるって、そう思ってる。だから」


 頬を赤らめ、恥じらう少女のように微笑んで。


 桃色の唇から紡ぎ出された、その言葉を。


 俺は否定、しきれなかった。



「わたしは、アルヴァートが、すき。だいすき。心の底から、あいしてる」



 それだけ告げて、彼女は去って行く。


「…………実に、厄介な相手だ」


 薄暗闇の中。

 倦怠感に満ちた声が、響き渡った。



 その翌日。



 我が登校風景には、少しばかり、変化が見受けられた。


「交流戦まで、残すところ僅か、だな」


「兄様が居るんだから、楽勝ですよねぇ~」


 エリーゼとルミエール。

 二人に腕を組まれ、爆乳のサンドイッチ状態で歩を進めていく、というのは普段通り。


「結果は見えてるけれど、それでもちょっぴりばかり、緊張しちゃうな」


 表面上、男子の友人としてこちらに付き添うセシル。


 こちらもまた、普段通り。


 だが。


 いつもはここに加えて、クラリスが俺の背面に覆い被さった状態となっている。


 しかし今。


 そのポジションに付き、自らの爆乳をいやらしく擦り付けているのは、


「ず~り、ずり……♥ ず~り、ずり……♥」


 クラリスではなく、セシリアだった。


「ねぇ、気持ちいい……? 気持ちいい、よね……? わたしも、すごく……んっ♥ 気持ち、いい、よ……♥」


 普段、背面に伝わってくるそれとは全く違う感触と、体温。


 ほんの少しとはいえ、それに心惑わせながらの、登校。


 ……何か、違和感がある。


 そんなふうに考えた、矢先のことだった。


「あ。み、皆様、ごきげんよう」


 クラリスと、合流。

 しかして。

 その、隣には。


「おはようございます! 本日もいい天気ですね!」


 クラウスが、立っていた。


 ……二人並んでの登場。

 ……両者共に、少しばかり汗ばんだ姿。

 ……特にクラリスは、息を切らした調子。


 その情報だけをもとに考察したなら。

 二人が、朝からように、感じられてしまうのだが。



 無論、そんなことはない。



 俺は常々、クラウスを監視している。


 彼が汗ばんでいるのは、寝坊した結果、急いでここまでやって来たからだ。


 クラリスにしてもそれは同様である。


 生徒会長としての激務に加え、交流戦の準備などにより、彼女の疲労度は平時を遙かに超えるものとなっていた。


 それゆえに本日は珍しく寝過ごしてしまい、慌てて準備を済ませ、駆け足で登校。


 結果、二人は偶然にも合流し、今に至る。


 それこそが真実であり、ここに虚偽が紛れ込んでいることはありえない。


 ……だが、それでも。


「いやぁ~、今から緊張しますね! 交流戦!」


「ふふ。クラウス様であれば、きっと素晴らしいご活躍をなさるでしょう」


「うむ! わたしが見込んだ男だからな! 間違いない!」


 皆と言葉を交わす、寝取られモノの悪役。


 そんな姿を見ていると。


 不意に、かつてセシリアの口から放たれた言葉が、脳裏をよぎった。



“時間は、ない、よ……”

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