第二九話 寝取られモノの悪役は、実のところ


「アレについては、俺一人に任せてくれないか?」


 同行者達にこう述べてみたところ、


「うむ。君ならば間違いないな」


「すぐに片付けちゃいなよ、アルヴァート君」


「兄様が居る学園で不逞を働くなんて、いい度胸してますねぇ~、あの人達」


 特別、変わった反応はない。


 クラウスに対して異様な憐憫を見せることもなければ、暴行している者達に殺意を見せるといったこともなかった。


「……では、教室で待っていてくれ」


 現場へ向かい、そして。


「そこまでにしておいたらどうだ」


 暴力沙汰に介入してみたところ……


「あぁ!? なんだてめぇ!」


「ついでだ! こいつもやっちまおうぜ!」


 ……違和感。


 学内で俺を知らぬかのような態度を取って、襲い掛かってくる。


 そんな連中を適当に叩きのめした後。


「……大丈夫か、クラウス君」


 あっけにとられた様子の彼へ、手を差し伸べる。


「え、えぇ。ありがとう、ございます。助かりました」


 こちらの手を取り、立ち上がったクラウスへ、俺は問い尋ねた。


「なぜ抵抗しなかったんだ? 君の力量であれば、この程度の輩など一蹴出来たろうに」


「……暴力に対し、暴力で以て向き合うのは、虚しいことだと思います」


 ずいぶんと聖人君子めいたことを言う。


 そんな彼にもう一つ、質問を投げた。


「そもそもなぜ、こんなことに?」


「わかりません。ただ……僕の見た目が、気にくわなかったんじゃないでしょうか?」


「……確かに、君は要らぬ因縁を付けられそうな外見をしているな」


「えぇ。両親には申し訳ないことですが……この容姿は僕からすると、不本意なものです」


 まぁ、納得がいかないわけでもない。


 ……ただ、やはり。


 この人格は。


 原作との食い違いは。


 どうしても、疑わしいものに見えて、仕方がなかった。


「なぁ、クラウス君。少々、奇妙な質問になるんだが」


「え、えぇ。なんでしょう?」


 クラウス・カスケードの人格変更。


 これは修正力によるものか。

 あるいは、もう一つの可能性によるものか。


 そこをハッキリとさせるべく、俺はド直球を投げ込んだ。



「君には――――?」



 果たして。

 クラウスの、回答は。


「――も、もしかして、アルヴァート君も?」


 どうやら、彼の人格変更は、もう一つの可能性によるものだったらしい。


 そう、いま目の前に立つ人物は、クラウスにしてクラウスではない。


 俺とまったく同じ存在。


 この世界のキャラクターに、転生を果たした人間だ。


「故郷の名は、日本かな?」


「っ……! え、えぇ! そうです! はい!」


 しかも同郷だったか。

 ほんの僅かながら親近感が湧いてくる。


「実は、俺もそうなんだ」


「や、やっぱり……! 僕が知ってるアルヴァートと、違うわけだ……!」


「……それは、どういう意味かな?」


「あ、えっと、その」


「……君は、復讐の仮面鬼と高貴なるスレイブを、知っているのか?」


「っ……! も、もしかして、君も!?」


 首肯を返すと、クラウス……の見た目をした転生者は、表情を明るくさせて、


「す、すごい偶然だ……! ここまで来たら、もう運命としか思えない……!」


 その後。

 俺達はしばらく言葉を交わし……


「いや、それにしても本当に、安心しましたよ。アルヴァート君が本物のアルヴァートじゃなくて」


「そうだな。原作準拠だった場合、君にもなんらかの悪影響が及んでいたかもしれない」


「えぇ。ですから、交換留学なんて絶対に嫌だったんです。でも反対意見が全然通らなくて……」


「ほう。それはどこか、作為の匂いがするな」


「そ、そうなんですよ! まるで状況の全てを誰かが操ってるかのようで、もう、気持ちが悪くて……!」


 短絡的に考えるなら、セシリアがそのように動いた結果、ということになるのだろうが。


 あいにく、俺は酷い人間不信を患っているため、クラウスの言葉は話半分にしか聞いてない。


 そうだからこそ。


「僕はただ、平穏に暮らしたいだけなのに……」


 この発言についても、まったく信用することなく。


 しかし、表面的には同情した調子で、話を進めていく。


「賢明な判断だよ、クラウス君。実のところ、俺もそうなんだ」


「ですよね。僕は悪役で、アルヴァート君は主人公だけど」


「あぁ。自らの内側に宿った力を得意満面に振るい続けたなら――」


「お互いに、酷い死に方をしてしまいますもんね」


 寝取られモノの悪役というのは往々にして、主人公とは真逆の結末を迎えるものだ。


 即ち。

 主人公が全てを失うのに対し、悪役は何もかもを獲得する。


 だが最後の楽園においては、そのような結末にはならなかった。


 ヒロイン達を寝取り尽くし、その人格を徹底的に快楽堕ちさせたことで……


 主人公の人格が崩壊。


 結果として、彼の秘密とセシリアが抱えたそれとが混ざり合い、世界は滅亡へと向かう。


 その過程において、クラウスもまた無惨な結末を迎えてしまうのだ。


「……つまり君は、略奪愛を働くようなつもりがない、と?」


「そりゃそうでしょう! あんなのフィションの中だからこそ良いのであって、リアルでやるのはダメに決まってますよ!」


 ……なるほど。


 彼の発言は全てが模範的だ。

 あらゆる言動が、正解と断言出来る。


 だが俺は。

 そんな彼のことを。


 これっぽっちも、信用してはいなかった。


「……なぁクラウス君。話は少々、変わるんだが」


「え? はい、なんでしょう?」


「君……成り上がりというものに、興味はないかな?」


「な、成り上がり、ですか?」


「あぁ。俺の理想は中間層としての凡庸な生活であって、今のような上辺の生活ではないんだ」


「は、はぁ」


 意図が読めない。

 そんな顔をするクラウスへ、俺は提案した。


「君さえよければ……俺の椅子を譲りたいと、そう思ってるんだが、どうかな?」


 果たして、彼の返答は。


「えぇっ!? い、いいんですか!?」


 ……あぁ、そっちを選んだか。


「もちろん今すぐとはいかない。しかし君の実力なら、すぐにでも頭角を現していくだろう。そしてタイミングを見計らい……俺が君に、敗北を喫したなら」


 こちらが浴びている脚光は全て、君のものだと。


 そんな話にクラウスは目を輝かせて、


「じ、実は、ですね。恥ずかしながら……目立ちたいという願望は、かなりありまして」


 ……まぁ、そうだな。


 彼の返答は普遍的なものだろう。


 上辺であることに嫌悪を抱くような人間の方こそ、少数派に違いない。


「ふむ。だがクラウス君。重箱の隅を突くようで申し訳ないんだが……先ほど君は平穏に暮らしたいとも言っていたよな? その発言と君の願望は矛盾してはいないか?」


「えっ? あぁ、う~ん……た、確かに、そうですよね。でも、なんといいますか……穏やかであるということと、脚光を浴びるというのは、両立が可能ではないかと」


「……あぁ、そうだな。おかしな質問をしてしまった。忘れてくれ」


 そのように述べてから。

 俺はクラウスに次の言葉を送った。


「君も知っての通り、近いうちに交流戦が行われることになっている」


「あぁ、はい。そうですね」


「その推薦枠には君の名も挙がっているわけだが、枠をモノに出来るかどうかは、選抜戦の結果次第だ」


「は、はい! 頑張ります!」


「まずはその枠を勝ち取り、交流戦で活躍する。そうして顔を売った後……ランク・マッチで、俺と戦う。そこで俺は君に敗れ、席を譲る。……このプランに異議はあるかな?」


「いいえ! 完璧な計画だと思います!」


 厳めしい寝取り男の顔に、キラキラとした笑みが宿る。


 ……現段階では、確証など微塵もありはしない。


 彼の返答と態度はまさしく一般的小市民といった内容であり、怪しむ筋合いはないように思える。


 だが。

 それでも、俺は――


 クラウスの内側に潜む彼に対し、ある種の確信を抱くのだった。


   ◇◆◇


 一日を終え、夜半。

 俺はルミエールとエリーの両者に挟まれる形で眠りに就き――


 真っ白な世界で、目を覚ました。


 いや。

 正確には、夢を見ているというべきか。


 さりとて五感はハッキリとしており、全てがリアルに感じられる。


 そんな白い世界に立っているのは……俺だけではない。


「やはり仕掛けてきたか」


 ボソリと呟きつつ、俺は彼女の姿を注視する。


 セシリア・ウォルコット。


 だが、その容姿には変化があった。


 まず衣服。


 聖アルヴィディア学園の制服ではなく、それを遙かに超えた扇情的な衣装に身を包んでいる。


 黒を基調としたそれは、隠すべきところを最低限覆っているという程度のもので、肌色率が極端に高い。


 まさに男を誘惑するためだけに作られたような装束。


 しかし、ほぼ丸見えな爆乳や滑らかな太股、ムッチリした尻たぶよりもなお、こちらの目を引いたのは。


 彼女の側頭部から伸びる角と、背面の翼、そして臀部から生えた尻尾。


 まるでサキュバス……というよりかは。


 事実、


 そして。


「ねぇ、アルヴァート……」


 セシリアは己の本性を露わにしながら、艶然と囁いた。



「交尾、しよっ……♥」

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