第二八話 共和国の学園と、交流戦をやる……らしい


 聖アルヴィディア学園。


 それはハルゲニア共和国における貴人学園であると同時に、最後の楽園の舞台となった場所でもある。


 クラウスやセシリアはそこから交換留学という形で本校にやってきたわけだが……


 留学生がこちらに在籍している時期に交流戦というのは、違和感しかない。


 裏でなにがしかの作為が働いていることは間違いないが、しかしそれがいかなるものかは判然としないため、今は静観するしかなかろう。


「交流戦は王国と共和国とが同盟関係を結んで以来、毎年欠かすことなく行われてきた、伝統行事の一つ。此度は我が王国の大運動場を舞台として開催されるわけですが」


 クラリスが話を進行していく。


「ご存じの通り、交流戦は複数の競技をこなしていき、最終的な勝利数によって勝敗が決定いたします」


 要するに交流戦というのは、運動会の延長上にあるイベントというわけだな。


「各競技の参加者は成績上位の生徒が大半を占めることとなります。よって生徒会メンバーは必然的に、全員参加となりますわね」


 ここでクラリスはこちらへと目をやった。


 ……個人的には不参加を表明したいところではある。


 特定の問題が生じていなければ、確実にそうしていただろう。


 だが今回に関しては、それが現在進行中であるため……


 あえて参加を認めることにしよう。


 そうした意図をアイコンタクトで送ってみたところ、クラリスは満足げに頷いて。


「参加者は成績上位者の他にも、推薦枠が設けられております。その決定は生徒会に一任されておりますので……今回の会議にて、皆様の推薦者をお聞かせ願えればと」


 推薦者、か。


 ふむ、そうだな。


 皆が口を開く中、俺は思索を重ねていき……


 この場に居る人物、というか。


 へと、意識を向けた。



「……あ。やっと、見てくれた、ね♥」



 セシリア・ウォルコット。


 彼女は認識阻害の力で室内に侵入し、会議が始まってからずっと、こちらを誘惑し続けていた。


 具体的には……

 円卓の上に乗った状態で、こちらに対し、


「ねぇ。わたしの、ここ……準備、出来てる、よ……?」


 しゃがみ込んで、股を開き、所謂エロ蹲踞の状態となりながら。


 黒い紐パンに隠された秘部を、見せ付けてくる。


 あるいは。


「お尻に、挟んで……ズリズリ、する……?」


 四つん這いの体勢となって、ムッチムチな尻たぶを、いやらしく上下動させる。


 下着は紐パンであるため、隠すべき部位がまったく隠れていない。


「誰も、見てない、よ? だから、遠慮せず……気持ちよく、なろ?」


 いいや。

 見てはいるんだよ。


 君の認識阻害が通用しない人物が、


 一人はセシル・イミテーション。

 彼女はこちらの異能、適応をコピーしているため、セシリアの認識阻害が通じない。


 そんな彼女は先程から。


『処す? 処す?』


 念話の魔法を用いて、こちらにセシリアへの殺意をアピールし続けていた。


『……さっきも言ったろう。君の力は秘匿しておきたい、と』


 以前までは我が死神であったセシルだが、今や彼女はこちらの切り札となっている。


 此度の事件において、敵方がクラウスなのか、セシリアなのかは判然としないが……


 いずれにせよ、セシルという名の切り札は、秘め続けていたいところだ。


 きっと相手方も、そうした意図を読んでいるのだろう。


 だからこそ。


『セシリアは色仕掛けによって、こちらの手札を確認しようとしている。それはセシル君、君だって理解しているだろう?』


『……それ以外にも、理由があるんじゃないの?』


『ほう。例えば?』


『……君に惚れてるってセンは?』


『それは思慮に値しない可能性だよ、セシル君』


 現段階におけるセシリアへの対策は、徹底的な無視に尽きる……わけだが。


 彼女の力を受け付けない、もう一人の存在が、我慢の限界を迎えたらしい。


「貴様ぁあああああああああッ! わたしの存在意義をッ! これ以上奪うなぁあああああああああああああッッ!」


 絶叫と共にセシリアへと飛びかかったのは……


 未来からやって来たエリーゼ、通称・エリー。


 彼女の認識阻害能力はセシリアの遙か上を行くため、


「っ……? なにか、に……引っ張られ、てる……?」


 エリーの存在は、セシリアですら認識出来ない。


「ご主人様をッ! ドスケベな格好で誘惑していいのはッ! わたしだけだぁあああああああああああああああッッ!」


 エリーがセシリアを引き摺って、室内から出ていく。


 高度な認識阻害により、俺とセシル以外の面々は、そのことに気付いていないが……そんなことはどうでもいい。


 エリーの独断専行によって、こちらのカードが一枚、敵方にバレてしまった。

 それは致命的な問題とまでは言わないが、少々、不利になったかもしれない。


 ……ここは一つ、セシリアの監視体制を強化すべき、か。


 となると。


「ではアルヴァート様。貴方様のご推薦者をお聞かせ願えますかしら?」


 クラリスの問いに、俺はこう答えた。


「セシリア・ウォルコットさんを、推薦させていただきたく」


 彼女は元来あちら側の生徒だが、しかし今は貴人学園に在籍している。


 よってセシリアがこちら側の選手として参加することは可能であろう。


 無論、彼女は余所者ゆえ、この推薦に反発を覚える者も居るはずだが……


「異議のある方は、おられませんわね」


 皆、こちらのことを信じてくれている。


 だから俺の考えに異を唱えることはしない。


 と……ここまでは、想定の範疇だった、


 しかし、次の瞬間。


「では続いて、エリーゼ様。ご推薦者をお聞かせ願います」


「ふむ。留学生を択に入れてよいのであれば……クラウス・カスケードを推させてもらおう」


 エリーゼの発言は、ほんの僅かではあるが、確実に……


 こちらの心を、揺さぶるようなものだった。


「クラウス様、ですか?」


「えぇ。まだ彼のことを完璧に理解したわけではありませぬが、実力は間違いなく、この場に居合わせている面々に匹敵するものかと」


 そう述べてからエリーゼはこちらへ目を向けてきた。


 同意を求めているのだろう。


 ……彼女の発言は、本来であれば、なんの違和感もないものだった。


 事実、クラウスは結構な実力者だ。


 それを知るエリーゼが彼を推すというのは、至極当然の判断である。


 だが。


 クラウスは、寝取られモノの悪役である。


 だからこそ、妙な違和感や不快感を覚えてしまうのだ。


 ……さりとて、それを理由に反対するようなことは、出来ないため。


「ミス・エリーゼの意見に同意いたします。クラウス君には参加者の資格があるのではないかと」


 ……セシリア共々、彼のことも手元に置いて監視する。


 そう考えれば、悪手というわけでもない、か。


「では。此度の会議で名を挙げられた方々で、後日、選抜戦を行い……二名の推薦枠を、決定いたしますわ」


 まぁ、結果は確定しているところだな。


 当人が推薦の辞退を行わない限り、セシリアとクラウスがその枠に収まるだろう。


「皆様お疲れ様でした。各々、昼休憩に戻ってくださいませ」


 これにて解散。


 俺は室内から出ると、ルミエール、エリーゼ、セシルの四人と共に、教室へ……


 戻る、道中のことだった。


 不意に廊下の窓ガラスへ目をやり、外の様子を見た、そのとき。


「……あれは」


 校舎の裏側で、複数の生徒から暴行を受ける者が一人。


 無抵抗のまま、一方的に殴られ、蹴られ、鼻血と涙を流す。


 そんな姿を晒していたのは……



 クラウス・カスケード、その人であった。

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