第二二話 元・陵辱系主人公は、宿命を拒絶する


 死神が鎌を携えて、我が生命を刈り取らんとする。


 そうした展開にならぬよう、慎重に歩を進め続けてきた、わけだが。


 しかし今や、努力の全ては水泡に帰し―― 


 俺は、バッドエンドの宿命に、立ち向かうこととなった。


「――ライトニング・オブ・ザンダ」


 セシルが初手を打つ。


 雷属性の特級魔法。その現象規模を下級魔法レベルにまで圧縮し……


 それを何千何万と、繰り出してきた。


 虚空を奔る莫大な雷閃。


 されど目視確認が出来ている以上、我が異能、適応を以てすれば無力化が可能……


 で、あるとしても。


 俺はあえてこれを迎撃し、相殺することにした。


「ファイア・ボール」


 相手方が繰り出してきた攻撃と同数の火球を放ち、肉迫する紫電の群れを消していく。


 なにゆえこうした対応を取ったのか?


 それは……


 この展開が、あまりにも原作に似通っていたからだ。


「……ともすれば、初手で終わっていた、か」


 戦闘開始と同時に放たれたセシルの攻撃。


 原作において、アルヴァートはこれをもろに浴びていた。


 自分にはあらゆる魔法を無力化する異能があるのだと、そんなふうに認識していたからだ。


 されど。

 なぜだか、アルヴァートの異能は発動しなかった。


 結果として、彼は戦闘が開幕してからすぐに重傷を負ってしまう。


 その後の展開はまさに一方的。


 己が能力が通じないことに対し、みっともない言葉を喚き散らすアルヴァート。

 そんな彼に、淡々と殺意を叩き付けていくセシル。


 両者の対決はアルヴァートが魔力を枯渇させたことによって、決着を見せた。


 そこから先は目を覆いたくなるほどの凄惨な場面が続く。


 セシルは長い時間をかけて、アルヴァートをじわじわと嬲り殺しにした。


 嗜虐心を満たすため、ではない。


 俺の目には、己が内に渦巻く激情を、ひたすら叩き付けているように見えた。


「……近接戦に切り換えてきたな」


 中・遠距離の打ち合いでは埒が開かぬと判断したらしい。


 セシルが地面を蹴って、こちらへと肉迫する。


「はッッ!」


 肉弾戦の開幕。


 彼女の猛攻に対応する、その最中、俺は強烈な違和感を覚えた。


 ……適応が、発動していない。


 格闘を行う中で、俺は幾度もカウンターの一撃を放ち、命中させているのだが、彼女は依然として魔法を行使し続けている。


 ……やはり、そうか。


 ここに至り、俺は確信を抱いた。


「セシル君。君は、異能の持ち主だな」


 大きく跳び退って、距離を取る。


 それから油断なく相手を見据えつつ、


「《魔物憑き》である以上、それは明らか。しかして問題は……その内容だ」


 こちらの世界に転生したことを自覚してから、ずっと、俺は考え続けてきた。


 なにゆえアルヴァートは敗北したのか。


 彼のスペックはまさしく最強だ。


 基礎能力の高さだけでなく、二種の異能をも身に宿している。


 それがなぜ、手も足も出ずに敗れ去ったのか。


 当初はなんの確証もない、妄想めいた推測しか立てられなかった。


 だが現在。


 与えられたヒントをもとに、考察したなら。


 彼女の勝因をある程度、正確に導き出すことが出来る。


 それは主に二つあるのではないかと、俺はそのように結論付けていた。


 まず、一つ目は。


「セシル君。君は……対象の全てを、んだろう?」


 状況証拠からして、彼女の異能はそうした内容で間違いない。


 相手の能力だけでなく、容姿や人格などに至るまで、セシルは全てを模倣出来る。


 だからこそ。


「君は、俺の異能をコピーした。結果として両者の異能は相殺されることとなり、その効力が消え失せている」


 それはまさに、対消滅のような現象であろう。


 両者が適応の異能を有していた場合、その効力がぶつかり合い、エラーを起こす。


 ゆえに我が異能はなんの効果も発揮しなくなるというわけだ。


「……さすがだね、アルヴァート君。大正解だよ」


 タネが明らかとなってなお、悠然とした姿勢を崩さない。


 それも当然のことだろう。


 こちらは主力を潰されているのに対し……


 あちらは、今までコピーしてきた能力の全てを、ぶつけることが出来るのだから。


「……アルヴァート・ゼスフィリアは、確かに最強の存在、なのだろうが」


 しかし。


「セシル君。君はまさに……最強を超えた、無敵の存在だな」


 敗戦濃厚。

 されど、我が胸中に焦燥はない。


 なぜならば。


 セシルの勝因となった、第二の要素。

 それこそが。



 ――此度の一戦にて、こちらに勝利をもたらすと、そう確信しているからだ。

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