第二三話 彼の勝因


 魔法戦を経て、格闘戦に至り――


 再び、魔法戦へと戻る。


 そうした展開を幾度も繰り返した。


 単純な基礎能力だけでいえば、こちらが上回っている。


 だが相手方にはこれまでコピーし続けてきた、膨大な戦術と異能が宿っており……


 その違いが明確に、戦況へと反映され始めた。


「どうするんだい、アルヴァート君。このままじゃ君、負けちゃうんじゃないかな?」


 押され始めている。


 その自覚があった。


 現状を維持したなら、俺は原作通りの結末に至るだろう。


 魔力が枯渇し、戦闘不能へと陥り……セシルの手によって殺害される。


 今はその一歩手前の状態といったところだろうか。


「もっと焦った方がいいんじゃないか……なッ!」


 下級魔法レベルにまで現象を圧縮させた特級魔法を、雨あられと打ち出してくる。


 それをデコイとして、いくつもの戦術を実行。


 戦闘経験の違いが如実に表れているな。


 俺はやがて、防戦一方となった。


 やはり運命を変えることなど、出来ないのだろう。


 諦観が胸の内に広がっていく。


 そして、ついに。


 こちらの魔力が、枯渇する。


「……残念だよ、本当に」


 セシルの声音には、確かな悲哀が宿っていて。


 けれども彼女は、手を止めなかった。


 いや、止められなかったのか。


 彼女は自らの運命を受け入れ、そして。


 握り締めた魔法の剣を振るい、こちらの首を刎ねた――――




 と、セシルはそんなふうに認識しているのだろう。




 だが、実際は違う。


 俺は彼女の背後に居た。


 それは別に、超高速の動作で以て相手の一撃を回避したとか、そういう話じゃない。


 そもそも。


 彼女と俺は、


 その全ては、セシルが依然として体験し続けている、でしかない。


「……コピーの異能で以て我が異能を模倣し、相殺したこと。原作において、君の勝因はまさにそれだった。しかしながら」


 アルヴァートが敗れた理由。

 セシルが勝利した理由。


 それは第一に、セシルの異能が無制限のコピーであったこと。

 そして第二に――


 セシルが事前の段階で、アルヴァートが有する、両方をコピーしていたこと。


 これらの条件を満たしたがために、彼女は圧倒的な勝利を手中に収めることが出来たのだ。


 されど。

 彼女は二つ目の勝因を満たせてはいなかった。


「……原作において、アルヴァートは迂闊にも、君の目の前で二つの異能を躊躇いなく行使し続けていた。だからこそ、君はそれらをコピー出来たというわけだ」


 肉欲を満たすことを目的に動いていたがために、アルヴァートは失態を犯した。


 だが、俺は違う。


 我が身に宿った第二の異能を嫌悪し、これまで一度すら、セシルの前で発動したことはない。


 果たして、その異能とは。


 陵辱系のアダルトゲーム。

 その主人公に相応しき、絶大な能力。



 ――《幻覚催眠》である。



「相手の心を支配し、意のままに動かす。そんなおぞましい能力を好き好んで行使するほど、俺の倫理観は狂ってない」


 だからこそ封印し続けてきた。


 まぁ、エリーという例外は居たのだが。


 結果として。


 そのことが、此度の勝因となったのだ。


「俺はアルヴァートにしてアルヴァートではない。そうであるがゆえに……」


 ここからのシナリオもまた、大きく変更されることになるだろう。


「ファイア・ボール」


 未だ幻想の中に在る彼女へ向けて、火球を放つ。


 見事に直撃。


 その瞬間、セシルの華奢な体が宙を舞って、地面へと衝突する。


 そんな彼女のもとへ、俺は歩み寄って。


「なぁ、セシル君」


 幻想から現実へと帰還した彼女に、次の言葉を放った。



「そろそろ、は終わりにしないか?」

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