第二一話 真実


 真相を掴んだ後。


 俺はルミエールとエリーにある指示を出してから。


 彼女のもとへ、向かった。


 昼休憩の時間中、彼女は生徒会室にて雑務に励んでいることが多い。


 果たして。


 本日もまた、彼女はそこに居た。


「あら、アルヴァート様。どうされたのですか?」


 平然とした顔で問うてくる。


 生徒会の一員が、死んだばかりだというのに。


 怪死事件の、新たな被害者が、出たばかりだというのに。


「……少し、お話ししたいことが」


「この場でいたしますか?」


「……いえ。ここは手狭ですから。表に出ていただきたく」


「かまいませんわよ」


 実に淡々とした受け答え。


 きっと彼女もまた、今後の展開に関して、こちらと同じ内容を想定しているのだろう。


 もっとも。

 彼我の想定はある場面を境に、同一の内容から懸け離れていくのだが。


「では参りましょうか、アルヴァート様」


「……えぇ」


 生徒会室を出て、校庭へ移動。


 互いに無言のまま、歩き続ける。


 そして。


 広々とした中庭に到達すると同時に。


「……貴女にとっても、セシル・イミテーションの死は、痛ましいものだったのでは?」


 この質問に対し、彼女はこう答えた。


。えぇ、本当に、おっしゃる通りですわ」


 隠す気もない、か。


 であれば、こちらも芝居を打つような真似はすまい。


 俺は彼女の美貌を真っ直ぐに見据えながら、断言した。


「――――君が、犯人なんだろう?」


 瞬間。


 彼女が、笑う。


 口端を吊り上げたそれは、見た目こそ禍々しいものに映るが、しかし。


 俺の目には、無機質な仮面のようにしか、見えなかった。


「えぇ! その通り! わたくしこそが、連続怪死事件の犯人ですわ!」


 声高々に叫ぶ。


 俺へ……ではなく。


 周囲に居合わせた、大勢の生徒達に向かって。


「全員! わたくしにとっては、邪魔な存在でしたの! だから殺した! 彼等が居なくなったことで、わたくしの立場は――」


 声を響かせる、その最中。

 彼女は状況の異様さに気付いたらしい。


「…………」


 沈黙しながら、周囲を見回す。


 そこには大勢の生徒達が居た。


 談笑する者。

 ベンチに腰掛けて読書に勤しむ者。

 適当にうろつく者。


 彼等は皆、総じて。

 こちらのことを、一切、認識してはいない。


 そう。

 俺と彼女は今、世界に存在しているかのようで、実のところ、どこにも存在してはいないのだ。


「……君も、知ってるんじゃないか? 偽界魔法というものを」


 結界。

 認識阻害。

 創造。


 それらを含む極めて高度な魔法を同時発動することによって形成される、超特級魔法。


 その効果は偽りの世界に対象を閉じ込めるといったもので、その空間内においてどのような行動を取ろうとも、現実世界にはなんの影響も及ぶことはない。


「ルミエールと……おそらくは君も捕捉しきれていないであろう、ある人物が協力することで、この偽界魔法は成り立っている」


 もっとも、これは神業中の神業であるため、長時間の維持は不可能。


 よって空間が崩壊する前に。


 決着を、つけねばならない。


「……いつから、気付いておりましたの?」


「それを話す前に」


 俺は彼女の目を見つめながら、言った。


「そろそろ芝居はやめてくれないか? 


 この言葉に、彼女は。


 セシル・イミテーションは、いつもの微笑を浮かべ。


「君って奴は、本当に鋭いなぁ」


 姿が変わる。


 麗しの王女殿下から、我が死神のそれへ。


「これでいいかい?」


「あぁ」


「なら、さっきの質問に答えてもらおうかな」


 ほんの少しの興味を見せる。


 そんなセシルへ、俺は次の言葉を投げた。


「君がヒントを投げてきた、そのときからだよ、セシル君」


 ダンジョン探索の最中、俺は彼女に問うた。


 君は何か、隠し事をしているのではないか、と。


 そのとき異様な反応を見せた時点で、なんとなく勘付いてはいたのだ。


 とはいえ、当時は確証もなければ確信を抱いていたわけでもなかったので、そのことは捨て置いていたのだが。


「セシル君。君の存在は、日を追う毎に怪しさを増していった。それでもまだ、俺の中には疑念があったんだ。君とは違う、別の犯人が居るのでは、と」


 なにぶん、あまりにもわかりやすかったからな。


 しかし。

 ランク・マッチの舞台にて対戦した後。


 それは一種の願望なのだと、理解した。


「あのランク・マッチは、君が仕組んだことなんだろう?」


「ふふ。そうだね」


「その目的は……この瞬間を迎えたときに備えての、準備だった」


 沈黙する。


 それこそが、何よりの答えだ。


 セシルにとってこの状況は、半分が想定外で、半分が想定内であろう。


 自らの正体がバレていて、それゆえになんらかの対応をしてくる。

 これは想定内。


 しかし、その対応が偽界魔法というのは、想定外だったに違いない。


「ランク・マッチの時点で、俺は君のことを十中八九、犯人であると捉えていた。そして……君が自らの死を偽ったことで、俺は確信と確証を得た」


 あれはもはや自白も同然であろう。


 そもそも犯人の目的と、セシルの死が、まったく結び付かない。


 なにせ彼女は、豪族の令嬢ではないし……


 そもそも。


「協力者に調べてもらったことだが。セシル君。君は……


 エリーに頼んでいた、現場調査以外の仕事。


 それはこの国に存在する貴族達の家名を調べ上げ、イミテーションという家が存在するか否かを、調査してほしいという内容だった。


 結果として。


 イミテーションなどという家は、存在しないということが、判明した。


「セシル君。君はおそらく……外部から派遣された暗殺者、なのだろう?」


「うん。そうだよ」


 微笑を浮かべながら、彼女は平然と真実を口にした。


「本当はボクにお鉢が回る予定なんて、なかったのだけどね」


「つまり……これまでの怪死事件の下手人は、君じゃなかった、と?」


「うん。ボクが殺したのは、ボク自身だよ。まぁ正確に言うと、ボクの死体役になってもらった死刑囚、だけどね」


 やはりあの亡骸は偽装されたものだったか。


 ……なにゆえ我が異能を欺けたのかは、さておいて。


 俺は話を続行する。


「本来、君はこの学園に入学する予定は、なかったんだな」


「うん。別の人が仕事をこなす予定だったからね。でも」


「想定外な問題が生じた。それは……リンスレット先生の存在、だな?」


 彼女は今年から学園に赴任してきた、臨時講師である。


 セシルの前任者は彼女の目を欺けるほど優秀ではなかったのだろう。


 その結果として、仕事はセシルに受け継がれた、と。


「……ありえないとは思うが、一応、聞いておきたい」


「うん」


「クラリス様を、殺してはいないよな?」


「そりゃもちろん。だってマスターの願いは彼女が転落し、不幸の底に落ちる瞬間を見て笑うことだからね」


 セシルは言った。

 クラリスは現在、ある場所でスヤスヤ眠っている、と。


「さて……そろそろ無駄話を終える頃合い、かな?」


「……いや。、もう一つだけ、教えてもらいたいことがある」


 この期に及んでもまだ、一つだけ、気になっていることがある。


 ここまで出てきた情報の中で、唯一、納得がゆかぬ要素。


 それを問うべく、俺は口を開いたのだが。


「なぁ、セシル君。君は、実のところ――」


 言葉を紡ぐ、その最中。


「悪いね、アルヴァート君。もう、問答をするつもりはないよ」


 セシルの全身から、強烈な殺気が迸った。


 ランク・マッチのときに見せたそれなど、比にならない。


 正真正銘の、全力。


 それを叩き付けながら、彼女は言った。



「真実が露見した以上……君を、生かしてはおけないな」

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