第二〇話 尻尾を掴む


 貴人学園は安穏とした子爵・令嬢の楽園……ではない。


 力こそが全て。


 そうした国是は貴族達の間でも絶対視されており、ゆえに彼等は子供達に対してもそれを押し付けている。


 我が一族に弱者は不要。

 徹底的に鍛え上げ、満足の行く後継者に育てば良し。

 その課程で命を落とすようなら、出来損ないだったとして納得する。


 そんな風潮が認められているがゆえに、学園の教育プログラムはそれなりに過激な方針を採っており、毎年、幾人かの死者が出る。


 その亡骸は一族のもとへ送られるまでは、霊安室に保管されるとのこと。


 セシルのそれもまた、例外ではなかった。


 クラリスからその一報を知らされてからすぐ、俺は反射的に教室を飛び出し――


 今、霊安室にて、彼女の亡骸と向き合っている。


「…………」


 思考が、まとまらない。

 さまざまな感情が乱立し、脳の働きを阻害する。


 ……あぁ、そうか。


 ここに至り、ようやっと気付いた。


 俺は自らの生活について、さんざん、悪態をついてきたが。

 結局のところ。


 それなりに、気に入ってはいたのだ。


 そんな学園生活の中には、やはり。

 セシル・イミテーションという存在が、必要だったのだろう。


「に、兄様」


 沈黙を続けるこちらを案じたか、隣に居たルミエールが声をかけてくる。


「……大丈夫だ。もう、問題はない」


 少しずつだが、落ち着きが戻ってきた。

 現状を受け止めつつ、そして……セシルの死体を検める。


「……どこにもおかしな点は、見受けられない」


 亡骸を偽装したというのであれば、我が異能によって解除が可能である。


 けれども、そのようにはならなかった。


 よって、目の前に在るそれは、セシルの亡骸ということで間違いはない……


 はずなのだが。


「…………もし、俺の推測が正しかったなら」


 思索を巡らせつつ、傍に控えたエリーへ、問いを投げた。


「ミス・エリー。彼女の死に対して、何か感慨は?」


「……非常に、答えづらいところ、だな」


 彼女にしては珍しく、神妙な面持ちをしながら、


「確かにセシルは、かつて友と認めた相手ではある。だが……わたしにとっては既に、ご主人様の手によって討たれた相手でしか、ない」


 まぁ、そういった認識になるのが当然、か。


 何せ彼女はアルヴァートがセシルを殺害した後の世界からやってきた存在だ。


 であれば。


 セシルの死に対して、なんらかの変化が現れるわけもない。


「……となると、に当たるべき、か」


 俺は次の行動を決定しつつ、同時に、エリーへと指示を出した。


「ミス・エリー。早急にこなしていただきたい仕事があるのですが」


「うむ。なんなりと」


「まずは死体発見現場の調査。犯人の手がかりが残っているか否か、これを調べていただきたい。そして――」


 もう一つの仕事を口にした瞬間、エリーが怪訝な顔を見せる。


「それ、は……まぁ、特別、困難でもないが……」


 こちらの意図が読めぬといった様子。


 けれども異議などは口にすることなく、エリーはこちらのもとから離れていった。


「……さて。一限目については、サボタージュを決め込むとするか」


 色々と考えたいことがある。


 落ち着きを取り戻してはいるが、それでも、思考が完璧に纏まったわけではない、


 俺は時折、ルミエールと意見を交わしつつ、思索を積み重ねていった。


 そうしてから。


 一限目の終了を告げる鐘の音を耳にして、教室へと戻る。


 それと同時に大勢の視線がこちらへと集うが、黙殺して、エリーゼのもとへ。


「……ミス・エリーゼ」


「お、おぉ。アルヴァートか。戻ってきたのだな」


 強く困惑した様子。

 そんな彼女へ俺は問うた。


「具合の方は、いかがですか?」


「う、うむ。それが、だな」


 友を失ったことによる喪失感。


 これをのであれば、特別な問題とはならない。


 だが。


「……不可思議な、気分だ」


「それは具体的に、どのような?」


「う、うむ。友を失ったというのに……わたしは、奇妙なほど、のだ」


 エリーゼは言う。

 自分はこんなにも薄情だったのか、と。


 ……やはり、な。


 未来世界のエリーゼにはなんの影響もなかったが、しかし。

 この世界のエリーゼには、ある種の影響が見受けられる。


 後は。

 エリーの情報収集を、待つだけだ。



 ……その瞬間は、昼休憩に入ると同時に、もたらされた。



 存在消滅の異能によって認識されぬ状態のエリー。

 彼女が教室へと入ってきて。


「命じられた仕事は、全て完了した」


 俺は彼女とルミエールを伴って、人気のない校舎裏へと移動する。


 そして。


「まずは、家名に関する調査結果から、聞かせていただきましょうか」


「うむ。調べた結果――」


 その報告を受けたことで、俺は確信を抱く。


 それから。


「現場調査の結果を、お聞かせ願います」


 エリーはやや困惑したような顔で、次の言葉を放った。


「う、うむ。死体が発見された場所と、その周辺を調べて回ったところ……魔力の痕跡が、見つかった。それはわたしでなければ見逃してしまうほど、あまりにも小さな痕跡ではあったのだが……しかし、その主は、間違いなく」


 次の瞬間。

 エリーは彼女の名を口にする。


 発見された痕跡の主。

 つまりは……


 セシルを含む、幾人もの犠牲者を出した、連続怪事件の犯人。


 果たして、それは。



「――――クラリス・リングヴェイドだ」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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