第一九話 死神と踊ろう
学内に設けられた闘技場の、中央。
舞台のド真ん中に立ちながら、俺は衆目の視線を一身に浴び続けていた。
ランク・マッチは学生達にとってのビッグイベントであるため、その熱狂ぶりは実に凄まじいものがある。
鼓膜をつんざくような声援が絶えず響き渡る中……
俺は、胸の内に充満する暗黒を、言葉に乗せて吐き出した。
「なぜ、こんなことに……」
出場すること自体は、まぁいい。
生徒達の注目を浴びることについても、我慢しよう。
だが。
なぜ、よりにもよって。
対戦相手が、セシルなのだ。
「ははっ。お互い、ベストを尽くそうね、アルヴァート君」
中性的な美貌に宿る笑みは、相も変わらず薄っぺらい。
……確かに、いずれは彼女とこういう舞台に立つつもりではいた。
我が計画の最終段階は、セシルとの一戦に敗北し、彼女にこちらの立場を押し付けるというもの。
だが、それを成就させるためには、敗戦に対する説得力というものが必要となる。
セシルの実力を皆に吹聴し、彼女が強者であるという認識を広めた結果の敗北であれば、誰もがそこに納得を覚えるだろう。
しかしながら。
現段階のタイミングで敗北したとしても、その結末に納得する者など、ごく僅か。
どうせ裏があるとか、勝手な深読みをするに違いない。
……であれば。
今回は、むしろ勝利するべき、だろうか。
うん。
それがいいな。
第一戦目にて勝利し、第二戦目にて敗北する。
まさに物語めいた筋道ではないか。
……しかしながら。
「おや。ちょっとやる気になったみたいだね、アルヴァート君。……けどさ」
理由こそ定かでないが。
彼女は、今。
「ボクもそれなりに、ノってるんだよね♪」
凄まじい威圧感が放たれる。
さすが死神といったところか。
その圧力は、観客の熱意すらも根こそぎ奪い去り、場に静寂をもたらした。
「……クラリス様。開始の宣言をお願いいたします」
審判にして、進行役のクラリスへ、俺はそのように促した。
「は、はい。では…………始めッ!」
マイクに似た魔道具が拡声器の役割を果たし、クラリスの声を会場全域へと響かせる。
その刹那。
「まずは小手調べといこうか」
にっこりと微笑みながら。
セシルが初手を放つ。
おそらく観客の中で、彼女が繰り出した攻撃を正確に認識出来た者は、ほとんど居なかったのではなかろうか。
それは、完全なる不可視の猛攻。
目に見えぬ風の刃が雨あられと、こちらへ殺到する。
それに対し、俺は――不動を貫いた。
我が異能、適応の効力により、迫り来る風刃はことごとくが消失。
そのタイミングを見計らって、
「ファイア・ボール」
いつもの魔法である。
ただし。
今回は数万発を同時顕現、という形だったが。
虚空を埋め尽くす膨大な火球の群れ。
されどセシルは微塵の動揺も見せることはなく、
「来なよ、アルヴァート君」
「死んでくれるなよ、セシル君」
右手の人差し指で以て指向性を指定し……発射。
馬鹿馬鹿しいほどの物量を、しかし、セシルは身軽な動作でヒラリヒラリと回避する。
……どうにも、気になる動きだな。
今回の一戦にて、ともすれば、彼女の真実を掴むことが出来るかもしれない。
そう。
原作にて、なにゆえアルヴァートが敗れたのか。
その真相に、俺は今、確実に近付いている。
「……徒手空拳か。受けて立とう」
飛来する火球を紙一重でかわしつつ、セシルは拳を握り固め、こちらへと肉迫。
そして。
「らぁッッ!」
荒々しい体術で以て、こちらを制圧せんとする。
……これもやはり、気になる動作だ。
ずいぶんとらしくない。
というか、始まってから今に至るまで、ずっとそうだったのだが。
セシルの動きは総じて、他人のそれを丸々コピーしたものだと、そのように感じられる。
……なるほど。
ともすれば、彼女は。
「戦ってる最中に考え事とは! ずいぶんと余裕じゃないか!」
セシルの拳が俺の頬を打つ。
だがそれは、あえての被弾であった。
彼女がこちらの顔面を捉えると同時に。
こちらもまた、彼女の脛に蹴りを入れていた。
……まずは、一撃目。
適応の力によって、セシルの防御能力はもはや、皆無に等しいものとなった。
二撃目を食らえば、その時点で終わる。
……おそらく、彼女もそれは理解しているのだろう。
だからこそ。
さっきの一合は、あえてこちらの攻撃を貰ったということになるわけだが。
「……何を考えているのかな? セシル君」
「……さぁ? なんだろうね? アルヴァート君」
やはり、怖いな。
思考がまったく読めない。
まぁ、とりあえず、今は。
「ファイア・ボール」
「またそれかい!」
その後。
試合は紆余曲折を経て――
「くっ!」
我がファイア・ボールの一発が、彼女の右腕を掠めた。
これで二撃目。
もはやセシルは、こちらの認可が下りぬ限り、魔法の行使が一切出来ない状態にある。
であれば。
もはやこれ以上の続行に、意味はない。
彼女自身、それは理解していたようで。
「――降参だよ、降参。ボクの負けだ」
片手を小さく挙げて、ギブ・アップを宣言する。
その瞬間。
観戦していた生徒達が、ここに至り、ようやっと言葉を発し始めた。
「な、なんつうもん、見せてくれやがったんだ、あの二人……!」
「もう、無茶苦茶すぎて、理解が……!」
「ヤバい。マジで、ヤバい」
こちらに対する称賛が、シャワーのように降り注いでくる。
……平時であれば、なんらかの感慨を抱くようなところだ。
けれども今は、皆の声など耳に入らない。
俺の意識は、舞台から去って行くセシルの姿に、集中しきっていた。
……きっと、気のせいではないだろう。
さっきの二撃目。
彼女の右腕を掠めた、それは。
セシルの体に、なんのダメージも与えては、いなかった。
◇◆◇
ランク・マッチを経て、俺の立場はさらに上辺へと押し上げられてしまった。
アルヴァート・ファンクラブなどというものが立ち上げられ、寮の只中を歩く際には、すれ違う者の多くが大仰な挨拶をしてくる。
……正直、キツい。
さっさと布石を打ち終え、セシルとの第二戦目で敗北し、彼女に全てを譲り渡したいところだ。
「アルヴァート! 今日も良い朝だな!」
普段通りの登校風景……だが。
一つ、大きな違和感があった。
「ミス・エリーゼ。セシル君は、どうしたのです?」
「う、うむ。それが、だな」
次に紡がれた言葉が、俺の中にあった違和感を、増幅させた。
「姿が、見当たらないのだ」
妙な胸騒ぎを覚えながら、俺達は教室へと入る。
それから。
「え~……ホームルームを始める前に、ちょっと、言っておかなきゃいけないことが、あるんだけど」
担当教師のリンスレットが教壇につく。
その美貌には、ほんの僅かな困惑が、張り付いていて。
それを目にした瞬間、俺は確信した。
次に、彼女が口にするであろう言葉を。
「本日、明朝――セシル・イミテーションの死体が、見つかったわ」
~~~~あとがき~~~~
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