閑話 暗躍
昏い顔をしたアルヴァートが去った後。
クラリスはしばし、ドアの先を見つめ続け……
「アルヴァート様」
自らの中で、彼への認識が変わりつつあることを、自覚した。
夜王の転生体。
クラリスにとっての彼は、まさにそれであった。
別の言い方をするならば。
そのような幻想としての彼しか、見てはいなかった。
自らの恋心も、結局は夜王という御伽噺に対するものでしかなく。
それはきっと、人間に対して向けるべきものではなかったのだろう。
しかし、今は。
「あの御方が、わたくしを救ってくださる。夜王様ではなく……アルヴァート様が」
ここに至りクラリスは真に、彼への愛を自覚した。
「わたくしのために、陛下の意を曲げさせる……そのようなお約束をしてくださる御方が、この国に、どれだけ居るのでしょう……」
気付けば彼女の脳内はアルヴァート一色に染まり尽くし、
「は、はしたない、けれど」
疼きが止まらなかった。
それを治めるために、彼女は――
「――――どなた?」
突然のノックに身震いしながら、クラリスは誰何する。
返答はない。
「少々、お待ちくださるかしら」
警戒心を抱きながらの問いかけ。
されど相手方はそれを聞くことなく……
室内へと、立ち入ってきた。
果たして、その姿を目にした瞬間。
「……? なぜ、こちらに……?」
疑念。
当惑。
そして、油断。
ゆえに次の瞬間にはもう。
――全ての出来事が、完了した。
◇◆◇
数日後。
貴人学園の大会議室にて、主たる職員達が円卓を囲む。
その中にはリンスレットの姿もある。
進行していく議題の内容は、ランク・マッチに関するものだった。
「中級生のロード君とファルメルさんであれば、良い試合となるでしょう」
「うむ。事故が起こることもあるまい」
ランク・マッチは生徒達が己の格を賭けて争う、一大イベントである。
さりとて、指名挑戦などの制度はない。
対戦カードは上位者の判断によって決定されるというのが通例だった。
無理もない。
下手に実力差がある者同士と戦わせて、万が一にも事故が発生した場合、非常にこじれた問題になってしまう。
ダンジョンなどの授業中に命を落としたのであれば、それは当人の自己責任。
さりとて、対戦中の事故となれば、どうしても彼我の生家に禍根が出来る。
それを防ぐために、対戦カードは実力が拮抗した者同士で組むのが基本、なのだが。
「……さて」
「問題児が、回ってきましたね」
これまでは順調に進んでいた会議が、初めて、進行の遅れを見せ始めた。
「アルヴァート・ゼスフィリア……」
「彼をいったい、誰と当てればよいのか……」
教師陣は皆、彼の力量を見抜いている。
そうだからこそ悩むのだ。
どんな生徒とぶつけたところで、彼の圧勝は確定事項であろう。
さりとて。
誰でもいいから適当に決めようというふうには、ならない。
「この、子爵家の生徒などは?」
「ダメだ。ランクは近いが、家格が違いすぎる」
「下手な相手をあてがえば……彼の御家が何を言い出すやら、わかったものではない」
ゼスフィリア家は斜陽にあるとはいえ、その権威は依然として、無視が出来るようなものではない。
ゆえに教師陣は悩む。
当たり障りのない、そんな対戦カードを構築するために。
「……あたしがやろっか?」
唐突に開かれたリンスレットの口。
そこから紡がれた言葉に、皆が騒然となった。
「い、いや、さすがにそれは」
「お二人が争うとなれば……!」
この反応にリンスレットはケラケラと笑い、
「冗談よ、冗談。ま、やってみたいって気持ちはあるけどさ。でも、そうなったら……」
牙を剥くように口端を吊り上げながら、彼女は断言する。
「戦闘の余波で、この国は地図から消えることになるでしょうね」
この言葉については、冗談でもなんでもないということを、教師陣は皆よく理解していた。
「でもさぁ~、このままじゃ話が進まないわけだし。けっこうな思い切りが必要ってところには間違いがないんじゃないの?」
そう言ってから、リンスレットは彼女へと目をやった。
クラリス・リングヴェイド。
生徒会長にして、学内ランク第一位。
生徒達の頂点に立つ彼女にもまた、カード選定の権限が与えられていた。
そんなクラリスは水を向けられたことで、一つ、小さく頷いて、
「……アルヴァート様と同じく、下級生の生徒。セシル・イミテーション様が、適格かと」
この言葉に皆が困惑する。
「ク、クラリス様」
「なにゆえ、彼を?」
セシル・イミテーションは明らかな格下である。
どのように見ても、アルヴァートに相応しい対戦者とは思えない。
だが、そのことについて、クラリスは、
「そのときになれば、皆様、ご理解していただけるかと」
一切の説明もなく、決定を下そうとしている。
さすがに反発の情を浮かべる者も居たが、
「ご安心くださいませ。此度の決定に関しては、全て、このわたくしが責任を取らせていただきますので」
このように言われたなら、もはや何も返すことは出来ない。
皆、納得した様子で首肯する。
が、ただ一人。
リンスレットだけは、クラリスの顔をジッと見据えて、一言。
「……あんた、さ。ちょっと雰囲気、変わった?」
この質問にクラリスは普段通りの微笑を浮かべ、誰の目にも怪しまれないほど完璧な態度で、受け答えた。
「ははっ。きっと気のせいですわ、リンスレット様」
――かくして。
当人が知らぬ間に。
ある種の因縁に満ちた戦いが、この場にて、決定されたのだった――
~~~~あとがき~~~~
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