第一七話 聖女 or 性女


 時は瞬く間に過ぎ去り……


 我が学園生活は本日で二ヶ月目を迎えることとなる。


 ここに至るまでの一ヶ月間は、初動こそ騒乱に満ちたものであったが、それ以降は不気味なほど静かな日々が続いていた。


 我が現状に関しても、安定した状態となっている。


 ……主に悪い意味で。


 上辺から下がることもなければ、青天井に昇ることもない。


 一応、セシルにこちらの立場を譲るという計画は鋭意進行中であるが、現時点においては種まきの状態に等しいため、我が立場をただちに変動させる要因とはならない。


 まぁ、焦燥を募らせても意味はないので、のんびりとやっていこうと思う。


 これ以上、我が立場を押し上げる要素など、ないのだから。


 ……さて。

 本日も特別なイベントなど発生することなく、学園での授業課程が完了した。


 そして放課後。

 我々は生徒会室に集い、定例会議に臨む。


 普段通り、いくつかの案件を話し合った後。


 例の一件に関する議題を、クラリスが切り出してきた。


「この一ヶ月……学内における殺人は、一度たりとて発生いたしませんでした」


 彼女の言葉を受けて、居合わせた者全員が安堵の情を表す。


 そうしてから皆一様にこちらを目にして、


「さすがだよ、アルヴァート君」


「貴方のおかげで学園に平和が戻ってきた。心の底から感謝する」


「まさかこうもアッサリと解決するとは……」


 セオドアを始め、生徒会の主要メンバーが口々に褒めそやしてくる。


 エリーゼやクラリス、そしてセシルにしても、同じだった。


 しかし。


 現状の真実を知る身としては、彼等のように楽観的な姿勢を取ることは出来ない。


「みんな、誤解してますねぇ~」


 ルミエールに同意しつつ、俺は口を開いた。


「事件の解決を見るのは、下手人を捕らえ、その奥に潜む者を暴き、二度とこのような事態が起きぬよう対処した、その瞬間でありましょう」


 ゆえに。


「事件は未だ解決してはおりません。下手人は捕捉されておらず、真実も暴かれぬまま、ただ時間だけが経過した。現状はそれ以上でも以下でもない」


 言外に俺はこう述べた。

 気を引き締めるべきだ、と。


 無論、彼等とてそれは理解していよう。

 だが、それでもなお、皆の内側にある確信は揺らがなかった。


「しかしだな、アルヴァート君。このまま時が過ぎたなら」


「あぁ。事件は自然消滅の形となるだろう」


「よしんば再び発生するにしても」


 ここで、クラリスが皆の総意を口にする。


「そのときは、貴方様が良き結果へと、導いてくださるのでしょう?」


 ……このように期待されるのが嫌だから、俺はモブで在りたいのだ。


「ともあれ。件の連続怪死事件については、一安心ということで。次の議題に移らせていただきますわ」


 異議を唱える者が居なかったために、クラリスは言葉通りに動いた。


「近々開催されるランク・マッチに関しまして、今回はなんらかのデモンストレーションを行いたいと考えているのですが――」


 またもやこちらに視線が集う。


 ランク・マッチというのは名の通り、生徒達が互いのランクを賭けて争う、一大イベントだ。


 無論、そのような大会にはなんの興味もない。


 出場については当然のこと、華やかさの一助を担うということについても、遠慮させていただく。


「申し訳ありませんが、当方はそういった催しに参加するつもりはございません」


 意外にも、この言葉に対して食い下がるような者は居なかった。


 むしろ皆、好意的な受け止め方をしたらしく、


「ふふっ。貴方様はやはり慎ましい御方、ですわね」


 特にクラリスに関しては無駄に好感度が上がったようで、こちらに対して熱っぽい視線を送ってくる。


 ……以降、何事も起きることなく、会議は無事に終了、したのだが。


「アルヴァート様。ちょっと、よろしいかしら?」


 皆が室内から出ていく中。

 なぜだか、クラリスが呼び止めてきて。


「こ、今夜、その……空いておられます、でしょうか……?」


 熱情を帯びた視線と、艶めいた吐息を漏らす唇。


 相手方の様相を見れば、その真意は一目瞭然、だが。


 果たして、本当にそうだろうか?


 この一月を経て、俺はクラリスに対し、設定変更の嫌疑を抱いていた。


 原作における彼女は桁外れのビッチである。


 ゆえに好意を抱いたなら、必ず相手を食らう。


 しかしながら今に至るまで、彼女からそういった誘いを受けたことはない。


 ともすればこの世界におけるクラリスは、聖女の側面のみを強調させた、貞淑な人間なのかもしれない。


 であれば、此度の誘いは二人きりで行うべき、重大な話し合いがしたいと、そういった意図によるものやもしれぬ。


 そうであった場合は無碍にすべきではないため、


「了解いたしました。クラリス様のお部屋へ参ればよろしいでしょうか?」


「……っ! は、はい! お、おおお、お待ちして、おりますわっ!」


 頬を真っ赤に染め上げて、風のように去って行く。


 まるで恋する乙女のようであるが、真実は依然として不明である。


 まぁ、どのようなものであれ、大きな問題にはなるまい。



 ――――と、そのように考えた自分を、今は殴り倒したいと考えている。



 夜半。

 俺はクラリスの自室へと足を踏み入れた。


 その瞬間。

 自らの失敗を理解する。


 照明をあえて弱くし、薄暗くした室内。

 その中央に置かれた、ベッドの上で。

 扇情的なネグリジェ衣装を纏う、クラリスが――


 熱情たっぷりにこちらを見つめながら、囁いた。



「――――わたくしを、愛してくださいませ」

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