第一六話 死神と友達になろう!


 周囲には人気が一切ない。


 それは果たして、不幸中の幸いと呼べるのだろうか。


 セシルからしてみれば、露見したくない真実が、特定個人にのみ漏れたという形。


 相手のことを特別視しているのであれば、「皆にはヒミツだよ?」の一言で済む話だろう。


 だが。

 セシルの中で、俺がそんな立ち位置を築けているとは思えない。


 ゆえに、この状況は、まさしく。


 我が第二の人生における、分水嶺。


 それも、生き死にに関わるほどの。


 俺は現状をそのように判断し……覚悟を決めた。


 死神を相手に踊り狂う。


 そんな最悪を想定しつつ、粛々と言葉を紡ぎ出していく。


「まずは、先ほどの問いに答えよう。俺は君が真の実力を隠しているのではないかと、そのように言いたかった」


 セシルからの反応はない。

 彼女は破けた制服を魔法で修復しつつ、こちらを見つめ続けている。


 普段、中性的な美貌に張り付けられた微笑はどこにもない。

 そこにあるのは、あまりにも冷たい、無機質な貌だった。


「セシル君。君が懐疑的になるのもわかるが……どうか信じてもらいたい。俺が勘付いていたのは先刻述べた内容のみであり、それ以上でも以下でもない。また、今回のことについては断じて、外部に漏らすことはないと約束しよう」


 努めて冷静に。


 一切の動揺を気取られることなく。


 俺は、命乞いをすると同時に。


 相手方へ、脅しをかけた。


「さりとて。君がこちらを信用出来ないというのであれば……もはや、言葉は不要となる」


 闘気を放ちながら、俺はセシルを見据えた。


 敗戦濃厚。

 原作の情報だけを見れば、そのように断定せざるを得ない。


 だが。

 シナリオは既に、破壊されているのだ。


 であれば、定められし宿命もまた、打ち破ることが出来るかもしれない。


 死神を手ずから葬り去って、訪れることのないはずの明日を、掴む。


 俺には既に、その準備と覚悟があった。


 果たして。

 こちらの気概に対し、セシルが出した答えは。


「――君がエリーゼに語ってみせた理想。アレは、本気なのかな?」


 意図が読めない。


 嘘を吐くべきか。

 真実を述べるべきか。


 少しばかりの逡巡を経て、俺は答えを紡ぎ出した。


「セシル君。君にだけは白状しておこう。俺は目立つことを極度に嫌っている。ゆえに社会の変革といった大業など、望むところではない」


 ここで一度、言葉を句切る。


 それから、相手方が反応を返す前に、次の内容を口にした。


「だが、国家の闇を支配する侯爵家の嫡男といった、特殊な生まれである以上、我が身にはなんらかの使命が下されているものと、そのように理解してもいる。一方で、目立つことなく、平穏に暮らしたいという理想を諦めるつもりもない。だからこそ――」


 俺が出した結論は、嘘と真実をない交ぜにした、そんな言葉であった。


「ミス・エリーゼを立てつつ、大業を成し、全ての功績を彼女に押し付け……その後は、静かな隠居生活を送りたい。俺はそのように考えている」


 さて。

 この答えはセシルの中で、どういった評価に落ち着くのか。


 相手の出方を油断なく見守る。

 と――


「――ふっ」


 ほんの小さな、笑声。


 それは彼女の口から漏れ出た、本物の笑みだった。


「本当に、君って奴は……」


 芝居か否かは、まだわからないが。


 先刻までの冷然とした空気が消え失せ。


 普段の穏やかな微笑が、彼女の美貌に戻ってきた。


「――さぁ、アルヴァート君。探索を再開しようじゃないか」


 俺は正解を引き当てたのか?


 はたまた、彼女は騙し討ちの機会を狙っているのか?


 いずれにせよ、セシルの言葉通りにするしかない。


「……背面に立つのは、勘弁してもらえないか?」


「ふふ。緊張している姿が、今は可愛らしく見えるよ。アルヴァート君」


 それから。


 俺達は二人並んで、適当に魔物を倒しつつ、ダンジョンの内部をあてどもなく彷徨う。


 ほとんど無言。


 だが、そのとき。


「ねぇ、アルヴァート君」


 唐突に、セシルが声をかけてきた。


「ボク達ってさ、似た者同士、なんだろうね」


「……あぁ、そうだな」


 おためごがしの同意ではない。

 実際、俺と彼女には共通点がある。


《魔物憑き》であるということ。

 本当の自分を、誰にも見せずに過ごしているということ。


 そして。


「……セシル君。君は、自らの人生に満足しているのか?」


「いいや? 生まれてこの方、そんな感覚は味わった例しがないね」


 それがなにゆえかは知らない。

 知る必要もない。


 確実に言えることは、一つ。

 我々は、互いを理解し合えるということだ。


「ねぇアルヴァート君。ボク達さ、いい友人関係になれそうだよね?」


「……あぁ。心の底から、そう思うよ」


 親近感を覚える相手とは、自然と距離が縮まっていくものだ。


 予期せぬこともあったが……


 結局のところ、此度の一件は望ましい決着を見せたと、俺はそのように判断した。


「いやぁ~、嬉しいなぁ~。人生初の友達だよ。君は」


 エリーゼは違うのか?


 そんなツッコミをするつもりはない。


 なぜならば。


 セシルが真に、エリーゼの友であるか、否か。


 そこは実のところ、ハナから疑問視していた。


 原作の時点で、セシルという存在は不審と違和の塊である。


 なにせ彼、いや、彼女は、ルートによって友人関係がコロコロと変わるのだ。


 エリーゼのルートを選択したなら、彼女の親友として物語に介入する。


 クラリスのルートを選択したなら、やはり彼女の親友として、物語に介入する。


 モブ・ルートでさえ、それは同じことだった。


 最終的には「よくも友達を穢してくれたな」と怒りを発露し、アルヴァートを惨殺する。


 その真意は、いかなるものなのか。


 セシル・イミテーションとは、「ユーザーに考察を促すタイプ」のキャラクターである。


 現段階においては、彼女がいかなる事情を背負っているのか、まったく判然とはしない。


 だが。


 なんとなしに、わかることもある。


「そろそろ、授業が終わる頃合い、だな」


「じゃあ、出入り口に戻ろうか」


 二人並びながら歩き、そして。


「なぁセシル君」


「なんだい、アルヴァート君」


「俺達は友人、だよな?」


「もちろんだよ」


「なら――これからはお互いに、支え合っていこう」


 この言葉に対して、彼女は。



。何を当たり前のことを言ってんのさ」



 を浮かべて、そう答えた。


 この瞬間、なんとなしに理解していた物事が、確信に変わる。


 やはり、間違いなく。


 セシル・イミテーションは我が友人であると同時に。



 ――未だ以て、死神のままだった。






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


 拙作を少しでも気に入っていただけましたら、☆とフォローを

 なにとぞよろしくお願い致します!


 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る