第一四話 虎穴に入らずんば虎児を得ず


 一般的に、ノベルゲームのシナリオを構成するライターの数は一人か二人程度であろう。


 しかし復讐の仮面鬼と高貴なるスレイブの場合、参加ライターが四名と、かなり多い。


 彼等は各自、別々のルート・シナリオを担当しており……


 未来からやって来たエリーゼ、通称・エリーのルート・シナリオを担当したライターは、なかなかクセが強かった。


 端的にいえば、変態エロシナリオの極み。


 無論、本作は成人向けのノベルゲームであり、その中でも極北を行くであろう陵辱系に属している。


 当然ながらどのルート・シナリオも中々ハードな内容となってはいるのだが、しかし、エリーのそれは度外れたものだった。


 ……さて。


 なにゆえ、俺がこのような独白を行っているのかといえば。


 エリーという存在の危険性を、再確認するためだ。


 彼女はある意味において、セシル以上のリスクとなりかねない。


 そのように危惧した結果、悩みに悩んだ末に……


 業腹ながらも、俺は自らの意を、曲げることにした。



 ――その翌日。



 俺は目覚めと共に、二つの感触を覚えた。


 一つはルミエールによるもの。


 彼女とは昨夜も同衾しており、その柔らかな肢体をこちらの全身に絡ませ、今なおスヤスヤと眠りこけている。


 ……問題なのは、もう一つの感触だ。


 俺は視線を下部へと向け、状況を確認。


 シーツがこんもりと、盛り上がっている。


 それは下腹部を中心としたもの、だが……朝の生理現象とか、そういうことじゃない。


 明らかに、人が潜り込んでいる状態であった。


 そして事実。

 シーツをめくってみると、そこには。


 こちらの下腹部に、自らの豊満な乳房を押し当てた、エリーの姿があった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 荒い息遣い。

 汗ばんだ褐色の肌。

 涙を零す瞳。


 まるで朝の奉仕を行う最中、という様子であるが……

 当然、そんなわけがない。


「ふぅ。ふぅ。た、頼む。わ、わたしに、ご主人様の朝だ――」


「それを防ぐために、当方は己を曲げたのですよ、ミス・エリー」


 この未来からやって来たエリーゼは、アルヴァートを主人と呼び、絶対服従を誓っている……ように見せかけて。


 およそ全ヒロイン中、もっとも利己的な人間である。


 少なくともエリーの辞書に従順という概念はない。


 学生時代とは違って、今の彼女は実に自分勝手だ。


 しかし、それも当然のことだろう。


 そのように振る舞うことによって生じるデメリットが、彼女にとっては褒美にしかならないのだから。


「当方の意に反し、寝込みを襲うことで……仕置きを受けたい。貴女はそうお考えですね」


「うっ……そ、それは…………別に、良いことではないかっ! ご主人様も、わたしも、気持ち良くなれるのだからっ!」


 俺はよく知っている。


 原作において、エリーはアルヴァートに従順な振りをしつつも、主に性的なワガママを貫き通し……さまざまな意味で、快楽を貪っていた。


 他のルートにはそれなりのストーリーというものがあったのだが、エリーのシナリオは全編通してエロエロ&エロの嵐。


 そんなシナリオの終盤。

 彼女はアルヴァートの逆鱗に触れ……彼の手によって、腹上死する。


 無論、こちらとしては、何があろうとそのような非道を行うつもりはない。


 ただ。

 このドスケベ・モンスターを、なんの処置もなく捨て置いたなら。


 我が人生における性的な風紀は乱れに乱れ、最終的にはセシルの手によって惨殺されてしまうだろう。


 ゆえに。

 決して使わぬと心に誓った、を、発動したのである。


「あぁ……! くそう……! ご主人様の、ズボンを、下ろして……! 愛しのそれを、思う存分……! 舐めしゃぶりたい、のにぃ……!」


 不可能である。

 もはや彼女は我が身に対し、性的な行為は絶対に働くことが出来ない。


「う、くっ……! か、かくなるうえは、逆に、わたしの痴態を、ご主人様に……!」


 これも不可能である。

 我が眼前にて、彼女はあらゆる性的な行為を働くことが出来ない。


「う、ううっ……! な、なんということだっ……! し、しかし…………これはこれで、いいかも……♥」


 ふにゃあ、っと。

 褐色の美貌を蕩けさせ、淫らな笑みを作るエリー。


「うわぁ~、この人、ルミよりもヤバいですねぇ~。ちょ~キモいんですけどぉ~」


 いつの間にか起きていたルミエールが、嫌悪と嘲笑を混ぜた複雑な顔で、呟いた。


 それから彼女はこちらの頬に「ちゅっ♥」とキスをして、朝の挨拶を済ませると、


「エリーさぁ~ん? お仕事の方、どうでしたぁ~?」


 こちらが問いたかった内容を、先んじて口にする。


「う、うむ。無論、しっかりと警邏を行ったぞ」


「……結果は?」


「不審な者は現れなかった。付け加えると、学内にておかしな魔力の波動が生じた形跡もない」


 この返答に対し、俺はしばし考えを巡らせた後、


「……ミス・エリー、貴女はこの事件について、顛末をご存じですか?」


「いや。わたしの世界においては、このような事件など発生してはいなかった」


 やはり、エリーは原作通りの世界からやって来たのか。


 であれば、未来の知識を用いたズルは実行不可能ということになるな。


「そ、それよりも、ご主人様っ! なんの成果もあげられなかった、この愚かなメス豚に、どうか罰を――」


「引き続き、仕事に励んでくださいませ」


 俺はエリーを押しのけ、ルミエールと共にベッドから降りた。


 それから朝の用意を済ませつつ、思索する。


 ……連続怪死事件に関しては、今のところ特別に問題視する必要もなかろう。


 少なくともエリーは抑止力として役立っている。


 このまま犠牲者が出なければ、事件は風化の一途を辿るに違いない。


 よしんば犠牲が出たとしても、そのときはエリーの力によって下手人は捕捉出来る。


 よって、今。


 俺が問題視すべきなのは……学園生活、そのものだ。


「ミス・エリー。日中は貴女のお好きに過ごしてもかまいませんが、しかし、姿は消してください。学生時代の貴女や知人などに存在を露見されませぬよう、お頼みします」


 このように言い置いてから、ルミエールと共に登校し、


「アルヴァートっ! 本日も良い天気だなっ!」


「おはよう、アルヴァート君」


 エリーゼ、セシル、二人と合流。

 そうして。


「両手に華かよ……!」


「いつ死ぬのかな、あいつ……!」


 エリーゼとルミエール、二人に両側から腕を絡められ、爆乳のサンドイッチ状態となりながら、校庭内を歩く。


 と、その最中。


「うふふふふ。さすが夜王様。まさにモテモテといったところでしょうか」


 なぜか、怖い笑みを浮かべたクラリスが、やって来て。


「……後ろ、失礼いたしますわ」


 こちらの背面に、覆い被さってきた。


 そんな奇行のせいで、作中一の巨乳が、こちらの背中に……!


 い、いや、そんなことよりも。


「エリーゼさん、だけでなくッ……!」


「ク、クラリス様、までもッ……!」


 何を血涙など流してるんだ。


 誘えば抱かせてくれるぞ、この人は。


 だからそんな、視線だけで人を殺せるような目を向けるんじゃない。


「ははっ。まさに皆が羨む人気者だね、アルヴァート君は」


 まったく心が篭もっていないセシルの言葉に、俺は嘆息を返すのみであった。



 ……このように、我が学園生活はあまりにも、上辺に行き過ぎている。



 それは良いことのように思えるかもしれないが、実のところ、真逆だ。


 羨望と憧憬は嫉妬を生み出し、それは理不尽な怒りへと繋がる。


 上辺に行き過ぎた者は常に、そこから引き摺り堕とされるリスクに怯えねばならぬのだ。


 そのことを思えば。

 なんらかの手を打ち、学園生活における平穏を獲得せねばならぬ。


 だが、どうやって?


 これについては一つ、妙案があった。


 その布石を打つべく……本日、俺は虎穴に入ろうと思う。


「ダンジョンに入るのは初めてって子も、居るんじゃないかしら?」


 昼休み前の授業。


 学園の地下に存在するダンジョンの出入り口付近にて。


 担任教師であるリンスレットが生徒一同を見回しつつ、口を開いた。


「ダンジョンの起源は、古代世界で大暴れしたっていう魔王だか邪神だかによって創られたものだって話、だけど……そこんとこは未だになぁ~んもわかってないのよね」


 ちょっとした雑学からスタートし、それから。


「ダンジョンは知っての通り、魔物の巣窟よ。つまり、実戦訓練にはちょうどいい舞台ってことね」


 此度の授業における主題を、リンスレットは淡々と口にした。


「まずはペア作って。そっから各自、適当にダンジョンを歩き回りつつ、魔物を倒しまくる。授業終了時間になったらここに戻ってきなさい。以上」


 異を唱えるような者はおらず、ゆえに皆、すぐさまペア作りへと移行する。


 そうして、学友達の声が潮騒のように響く中。


 エリーゼとルミエールが同時に誘いの言葉を送ってきた。


「アルヴァートっ! わたしとペアを組もうっ!」


「兄様っ! ルミとペアを組みましょうっ!」


 これに対し、俺は。


「今回はどうか、お二人でペアを組んでいただきたい」


 エリーゼとルミエールは怪訝な顔をして、


「わ、わたしと」


「ルミが、ですか?」


「そう。二人は将来、家族も同然の関係となる身。ゆえに交流を深めておいた方がよろしいのではないかと」


 こう言われたなら、エリーゼとしては断りがたい。


 一方で、ルミエールには疑問が残ったらしく、


「では……兄様は、どなたと組まれるのですか?」


 この問いかけに対し、俺は。


 彼へと、目を向けた。


 我が死神にして……

 今や、救世主となりうる存在。


 そんな彼へ、俺は、リスクを承知のうえで。


 次のように、呼びかけた。



「もしよければ、ペアを組まないか? ……セシル君」

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