第一三話 第三のヒロインは、色んな意味でブッ飛んでいた


 パッケージに描かれし三名のヒロイン。


 その中に在って、彼女の姿は異質を極めたものとなっていた。


 エリーゼとクラリスは共に学園の制服を纏っているのに対し……

 彼女だけが、マイクロビキニをベースとした扇情的な衣装。


 エリーゼとクラリスが煌めくような美白肌であるのに対し……

 彼女だけが、肉欲を掻き立てるような褐色肌。


 エリーゼとクラリスが、共に羞恥や悔恨を美貌に宿しているのに対し……

 彼女だけが、悦びを覚えているかのような蕩け顔。


 そして。

 エリーゼとクラリスが共に少女であるのに対し、彼女だけは大人の美女であった。


 変化球を投げるにしても、これはあまりに極端ではないか?


 そんな印象を受けた後、俺は不意にこう思った。


 黒髪の美少女……エリーゼと、この白髪褐色肌の美女、どこか似ているな、と。


 その時点では知る由もなかった。


 まさか両者が、同一人物であったとは。


「はぁッ!」


 室内に彼女の気迫が響き渡る。


 繰り出される手刀。

 それを回避しつつ、俺は思索を巡らせた。


 ……ルミエールはこちらの意図をよく察してくれているらしいな。


 彼女は今、結界の魔法を展開している。

 その効力によって、室内の騒音が外部に漏れることはない。


 であれば。


「――ご無礼」


 五体を用いたエリーゼの猛攻に対し、俺はカウンターの一撃を差し込んだ。


 拳に魔力を込めて……

 相手方の腹部に打撃を叩き込む。


「ごはぁっ!?」


 体をくの字に折って悶絶するエリーゼ。


 彼女に対し、俺は淡々と言葉を投げた。


「ミス・エリーゼ……いや、紛らわしいのでミス・エリーとお呼びしましょうか」


「……っ!? わ、わたしを、愛称で呼ぶ、だと……!?」


 吃驚の中に僅かばかりの喜悦が見受けられる……が、どうでもいいことなので無視する。


「当方は貴女がおっしゃった通り、そちらの記憶に在る男とは別人と言えましょう。その点においては……貴女からすると、落胆を覚えるところやもしれませんね」


 そう、彼女はエリーゼであってエリーゼではない。


 とあるルートを辿った世界からやって来た、未来のエリーゼである。


「そ、そうだ! お前は、わたしが知っているご主人様では――」


「しかしながら。お望みの主人になることは、可能やもしれませんよ?」


 この言葉にエリーゼ改めエリーは怪訝な顔となった。


「な、なにを、言っている……!?」


「当方はある事情により、貴女の全てを知り尽くしております。それゆえに……貴女がご存じのアルヴァート・ゼスフィリアよりも、貴女を満足させられるのではないかと」


「わ、わたしに、主人を裏切れというのかっ! ふざけるなっ!」


 叫んでからすぐ、再び襲い掛かってくるエリー。


 前回に引き続いての肉弾戦。


 これに応じつつ、俺は口を開いた。


「貴女の記憶にある男は、接近戦を不得手としていた。しかしながら、当方は」


 管理者によって与えられし戦力は、白兵戦をもカバーしている。


 ゆえに。

 再びの、腹パン。


 よく引き締まった腹筋が、こちらの拳によって「ぐわんっ」と、たわみ――


「おっほぉ……♥」


 エリーが、その本性を現す。


「ミス・エリー。貴女は未来の当方によって徹底的な調教を受けた結果……度を超えたマゾヒストへと成り下がった。今の一撃は、そんな貴女を悦ばせるのに十分だったのでは?」


 背後にて、ルミエールが「いいなぁ……♥ ルミもやってほしい……♥」とか呟いているが、当然、無視する。


「当方は貴女の悦ばせ方を熟知しております。それこそ、貴女が主人と仰ぐアルヴァート・ゼスフィリアよりも、ね」


「……ごくり」


「また、一つ誤解を解いておきましょうか。当方の提案は主人を裏切るものではありません。なぜならば……人格は違えど、当方もまたアルヴァート・ゼスフィリアであるということに変わりはない。よってこちらに鞍替えしたとしても、貴女が裏切りを犯したということにはならない」


 破綻した論理やもしれぬが、しかし、エリーが納得するならそれでよい。


 果たして、彼女が出した結論は。


「ほ、本日より……貴方様にお仕えいたします……♥ ご主人様っ……♥」


 やはり快楽には勝てなかったか、


 それから彼女は腰を落とし、股を開いてムッチムチな太股と鼠径部を見せ付けるポーズ……いわゆるエロ蹲踞の状態となりつつ、さらに両腕をホールドアップ。

 汗で蒸れた腋をこちらへ晒してくる。


 未来のエリーゼにとってはこれが、主人に対する平伏の作法なのだ。

 ちなみにそれを教え込み、強要したのは、原作のアルヴァートである。


 変態にも程があるわ。


「……さて、ミス・エリー。早速ですが貴女に命令させていただきます」


「りょ、了解した、ご主人様っ♥ まずは無駄に育った、この乳で――」


「クラリス様を殺害するという目的。これは諦めていただきたい」


 エリーの表情が固まる。


 ……彼女がなにゆえ未来からやって来たのか。


 それは、クラリスという邪魔者を排除せんとしたからだ。


「貴女は未来にて、当方から飽きられている。そうですね?」


「うっ……」


「代わりにクラリス様には執心している状態。それゆえに貴女は彼女の存在を疎んだ」


「くぅっ……」


「されど。研鑽を積み、学生時代とは比べものにならぬほど強くなられた貴女ですら、未来世界のクラリス様には敵わない」


「ひぃんっ……♥」


「で、あるからして。貴女はこう考えた。過去のクラリス様であれば、抹殺出来る、と」


「んほぉっ……♥」


 途中、図星を突かれることに快感を見出したらしく、エロ蹲踞の服従ポーズのまま。エリーは美貌をアヘらせ始めた。


 ……当然、スルーして話を進めていく。


「貴女がこちらに来訪出来た理由。それは、当方が管理者よりもたらされた、時間跳躍の魔道具を用いた結果、ですね?」


 原作にて、エリーはハーレム・ルートからやって来たという設定となっている。


 そのルートにおいては紆余曲折の末にアルヴァートが時間跳躍の魔道具を取得。


 これにより、生まれたばかりのセシルを親ごと殺害し、自らの結末を変えるに至った。


 ちなみにそれ以外のルートにおいては総じて、アルヴァートは惨殺されている。


「ミス・エリー。貴女にとっては不本意やもしれませんが……しかし、そもそもの話、当方はクラリス様になんの興味もございません。今後、そのような関係になることもない。よって当方に仕え続ける限り、貴女が不平・不満を抱くことはないでしょう」


 この言葉にエリーは小さな首肯を返した。


 ……表情がアヘってるせいで思考が全然読めん。


 ある意味セシルよりも手強いぞ、こいつ。


 ……さておき。


 俺はここで、話の本題を切り出した。


「もう一つ。貴女には命令を下したいと思います」


「う、うむっ♥ わたしのいやらしいケツ肉に、ご主人様の――」


「こちらが置かれている状況は、把握しておられますね? 何せミスタ・セオドアとの決闘から今に至るまで、ずっと監視なさっておられたのだから」


 もうこれ言葉のキャッチボールじゃないな。


 一方的なドッチボールだわ。


「貴女には連続怪死事件の下手人を調べていただきたい。その身に備わった能力で、ね」


 なにゆえエリーのような面倒極まりない存在を味方に引き入れたのか。


 それは、彼女の力が此度の一件において、大きく貢献すると踏んだからだ。


 未来世界のエリーゼはアルヴァートの役に立ちたいという一心で修練に励み……ある異能を、獲得するに至った。


 その名も、存在消滅。


 自らの存在、あるいは繰り出した攻撃を世界から切り離し、結果だけを残す。


 端的に言えば、隠匿の魔法を究極以上の領域に押し上げた能力といったところか。


 この異能により、未来世界のエリーゼは完全にして完璧なる諜報員となったのだ。


「そ、その命令に対する……ご、ご褒美は……?」


 物欲しそうなエリー。


 元来であれば、信賞必罰はしっかりとすべきであろう。


 もし相手が彼女でなければ、当人の望みを聞き出し、それを報酬とするところだ。


 しかし、エリーが相手の場合……この答えが、最適解となる。


「そんなものあるわけがないでしょう? ただひたすら、馬車馬のように働きなさい」


 まるでブラック企業の社長めいた言い草で、心が痛むのだが。


「ふひぃんっ……♥ りょ、了解いたしました、ご主人様っ……♥」


 エリーは満足したようだ。


 ……もうやだこの変態。


「ともあれ。一件落着ってことですかね? 兄様」


「あぁ。……ところで君、俺に聞きたいことが、あるんじゃないのか?」


 ルミエールは首を横へ振った。


「ルミは兄様のお傍に居られれば、それでよいのです。だから余計な詮索はいたしません」


 本当に良く出来た妹だ。


 屋敷に居た頃に抱いていた印象は、もはや完全に消え失せている。


「ではミス・エリー。早速、警邏へ向かってください」


「そ、それは良いのだが。その前に、だな。わたしのケツを思い切りブッ叩いて――」


「三秒以内に出発なさい。さもなくば捨てますよ? はい、三、二、一」


 慌てて出ていくエリー。


 その姿に嘆息しつつ……俺は、確信を抱く。


 これで事件は解決へと大きく進んでいくことだろう。


 エリーは確かにドが付くほどの変態であるが、実力は折り紙付きだ。


 早ければ本日中に下手人を捕捉出来る。


 よしんば、相手方が彼女すら欺くような手練れだったとしても、生徒に危害を加えるようなことは出来まい。


 少なくともしばらくは、膠着状態が続くだろう。


 と、この時点において、俺はそんなふうに予想していたのだが。




 ――実際は、真逆の結果となる。




 俺の予想は大きく外れ、近い将来、ある人物が命を落とす。


 この時点においては、好都合な人物が。

 その時点においては、不都合な人物が。



 ――物語から、退を、見せるのだ。

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