第一二話 殺人事件の調査とか大人にやらせりゃいいのに……


 波乱の昼休みを終えて、不本意な授業課程終盤を過ごし……


 放課後。


 俺はルミエールやエリーゼ、セシルと共に、生徒会室へと足を踏み入れた。


 生徒会活動への初参加である。


「では次の議題ですが」


 主導権は当然のこと、会長であるクラリスが常に握った状態。


 その活動内容としては、今後の学内イベントに対する予算繰りなど、一般的な生徒会のそれとさして変わりがない。


 生徒会は学園という社会における実質的な頂点。

 教師達はそれを俯瞰して見守る神のような存在。


 この学園の権力構造はそういった形になっている。


「異議もないようですし、決定ということでよろしいですね?」


 実に平和な会議であった。


 特別な違和感もなければ、不穏もない。


 だが……


「では続いて。例の件に関する意見交流を、行いたいと思います」


 クラリスがそのように述べた瞬間。


 室内に漂う空気がガラリと変わった。


 平穏が消え失せ、どこか重苦しい雰囲気が漂い始める。


 そんな中。

 クラリスは新たな議題を口にする。


「まず、新たに参入なさった方々のために、現状のご説明をさせていただきますわ」


 彼女が次に放った言葉は実に端的で。


 なおかつ、衝撃的な内容だった。


「我が学園にて、既に五名の生徒が命を落としております。……事故ではなく、他殺という形で」


 まず反応を見せたのはエリーゼであった。


「そ、そんな、馬鹿なッ……!」


 目を見開き、汗を流し、驚愕を表現する。


 その隣に座るセシルもまた、神妙な面持ちで呟いた。


「学園の一大事、どころじゃないな……」


 生徒会の主要メンバー、全員が首肯を返す。


「我が学園においては毎年、事故死される方が複数名おられますわ。それ自体は当人の自己責任であるため、学園を咎めるようなことは誰もいたしません。しかしながら」


 他殺となると、話が大きく変わってくる。


「……現状、学園側はこの事実を隠蔽しております。亡くなられた方々は事故死ということにされておりますわ」


 この判断はクラリスからしても善悪の判断が付けづらいものだったのだろう。


 そして真っ直ぐな正義感を持つエリーゼもまた、彼女と同様に渋い顔を見せている。


 殺人事件の隠匿。

 それは表面的に見ると悪事として映るが……


 社会的な影響を思えば、致し方ない判断であろう。


 事が露見すれば、いったいどのような大問題へと繋がっていくか、誰にも予想がつかない。


 だからこそ、あえて汚泥を被り、秘密裏に解決したい、と、そういったところか。


「次の犠牲者が出る前に、此度の一件を解決したいと考えております。……アルヴァート様。どうか貴方様の智恵をお貸しください」


 無茶を言うな。


 俺はただの小市民であって、名探偵ではない。

 事件を解決に導く力など、この身には備わっていないのだ。


 ……とはいえ。


 此度の一件、他人事のように無視が出来るほど、些末な問題ではない。


 この事件を捨て置いたなら、回り回って我が身にもなんらかの悪影響が及ぶだろう。


 そのように直感したがために、俺は次の言葉を投げた。


「まずは……犠牲者に関して、お話を聞かせていただきたい」


「はい。なんなりと」


「彼等になんらかの共通点があれば、犯人像をある程度絞れるのではないかと愚考しますが。いかがでしょう?」


 ここでクラリスは僅かばかり、答えに窮した。


 他のメンバーもなぜだか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 それからほんの少しの間を空けて、クラリスは次のように受け答えた。


「……全員が、豪族の御子息、あるいは御令嬢、ですわ」


 あぁ、なるほど。答えにくいわけだ。


 豪族というのは平民でありながらも、国家に多大な影響を及ぼすほどの財力を持つ者達を指す。


 彼等の存在は貴族にとってはもちろんのこと、王室にとってはより一層、目障りなものとして映るだろう。


 そして。

 この学園には一人、王室に属する人間が居る、


 そう……クラリス・リングヴェイドだ。


 つまり現状、彼女こそが有力な容疑者であるということになるわけだが。


「ク、クラリス様が、そのようなことをなさるはずがないっ!」


 俺と同じ推理に辿り着いたか、エリーゼが席を立って叫ぶ。


 そうしてから、彼女はこちらへ縋り付くような視線を送ってきた。


 クラリスの潔白を証明してくれ、と、そんなふうに頼んでいるのだろう。


 だが現状、それを成し得る証拠など、どこにもない。


 あるのは個人的な心証という、なんの価値もない要素だけだ。


 しかし、ここでセオドアが挙手をして、


「……昨夜、クラリス様は何者かの襲撃を受けている。もしクラリス様が犯人であるのなら、そのような出来事に遭うはずがない」


 ……きっと彼自身、苦しい言い分だと理解はしているのだろう。


 彼女が襲撃を受けたからといって、それが身の潔白を証明する要素にはならない。

 むしろ自分を容疑者から外すべく、自作自演を行ったという線も考えられる。


 ……もっとも。


 昨夜の襲撃者は、ので、考えるだけ無駄であるが。


 まぁ、結局のところ。


「現状、推測出来ることとしては……下手人自体が、あるいは下手人を操っている人物が、王室に関連する存在である、と。それだけのようですね」


 材料がなさ過ぎる。


 クラリスを犯人と断定するにも証拠不足。

 そうでないと断定するにも証拠不足。


 だが一つだけ、確実に言えることがある。


 事件を早急に解決出来ず、このまま犠牲者が出続けたなら、学園側の隠蔽も不可能になるだろう。


 そうなってくると……


 有力な容疑者であるクラリスは、手を汚していようがいまいが関係なく、罪人として処理されるのではなかろうか。


 真実がどのような形であろうとも、事件は解決されなくてはならないのだから。


 ……このこと自体が、彼女の潔白を示しているようにも感じる。


 さりとて、やはりそれも確証として扱うことは出来ない。


「アルヴァート君……いや、夜王様」


 思索の最中、セオドアが席を立ち、それから。


 深々と頭を下げて、頼み込んできた。


「貴方の御力で、なんとか、クラリス様をお救いください……! 彼女はこの国のために、なくてはならない人物なんだ……!」


 彼の懇願を皮切りに、クラリス当人を含む生徒会主要メンバーが席を立ち……


 皆一様に、頭を下げてきた。


「我々ではもはや、どうにも出来ません……!」


「貴方様だけが、頼りなのです……!」


 ここで、俺は。


 彼女等を拒絶、出来なかった。


 無論、理解はしている。

 解決しようがしまいが関係なく、首を突っ込んだ時点で、不本意な結果が待ち受けていることは間違いない。


 だが。

 縋り付いてくる他者を平然と振り払うような者が辿り付く先は、きっと孤独なものだろう。


 俺は幸福を求めない。

 絶望だって求めない。

 ただ心穏やかで居たいのだ。


 それは決して、独りで在りたいという願いでは、ない。


 だから俺は。

 自らの行動によって、いかなる不本意が訪れようとも。


 クラリスを見捨てるわけには、いかないのだ。


 ゆえにこそ俺は口を開き、こう答えた。


「――お任せください。この学園に潜む闇を、暴いて御覧にいれましょう」


   ◇◆◇


「いやぁ~、それにしても、さっきの兄様は格好良かったなぁ~!」


 夜半。

 一日の全課程を終えた後、俺はルミールと共に自室へ入った。


「……正直なところ、君はどう思ってるんだ? 此度の犯人について」


「そうですねぇ~……ぶっちゃけ、わかりませんね。材料がなさ過ぎて」


「君も、俺と同意見というわけ、か」


 ベッドへ座ることなく、俺は立ったまま思索する。


 我が身に宿る力は絶大な戦闘能力であって、情報収集に応用出来るものではない。


 ……いや、正確には。


 適応とは違う、を用いたなら、それも可能となるわけだが。


 俺はその力を、出来る限り使いたくないのだ。


 クラリスの命と天秤にかけても、やや勝るという程度に、俺はその力を嫌悪している。


「となると……ふむ……は逆に、現状の助けとなる、か」


 本件を解決するために必要な情報。


 俺が入手出来ぬなら。


 入手出来る者を、仲間に引き込めばよい。


 それは今。


 室内に存在する。


「まさかまさか……当方の目を、欺けるとでも?」


 俺は室内の隅へ視線をやった。


 ルミエールからすると意図が掴めぬ言動であろう。


 何せそこには、虚無だけがあるのだから。


 しかし。


 俺の目には、そこに立つの姿が、しかと映っている。


「っ……!」


 さて。

 昨夜、クラリスを襲撃した下手人たる彼女は、ここへ何をしに来たのか。


 原作シナリオとは懸け離れた展開であるため、正確に読むことは難しいが……


 少なくとも、こちらと友好関係を結びに来たというわけでは、なさそうだな。


「仕掛けてくるのであれば、それでもよろしい。お相手させていただきますよ」


 この挑発的な台詞に対し、相手方は歯噛みして。


「――! !」


 叫び、そして、踏み込む。


 果たして。

 白髪を振り乱しながら、こちらへと迫る美女。


 その正体は――



 ――変わり果てた姿となった、であった。

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