第一一話 今のはメラではない。メラゾーマだ。
――力こそパワー。
リングヴェイド王国が歩んできた道程は、その一言に尽きる。
黎明期から今に至るまで、この国における問題解決法の大半は暴力と闘争であった。
そんな歴史を歩んできたがために、リングヴェイド王国には強さこそが全てといったマッチョイズムが強く根付いているのだろう。
それは民間だけでなく、貴族についても同じこと。
彼等の間には行き過ぎた暴力至上主義が蔓延しており、そうした気風は当然のこと、子息や令嬢の人格面にも影響を及ぼしている。
端的に言えば。
誰も彼もが、力比べを好んでいるというわけだ。
血気盛んな年頃である生徒達に至っては、特にその傾向が強い。
ゆえにこそ。
戦闘教育のカリキュラムを実施するための場として設けられた闘技場は常に、生徒達に対して、開放された状態にある。
……俺としては此度の決闘、最小限の観戦者の前で粛々と行いたかったのだが。
実際はその真逆となっていた。
「入学して早々、マジでやらかしまくってるな、あいつ」
「ミス・エリーゼとくっ付いたかと思ったら、今度は風紀委員長に喧嘩を売るだなんて」
「ゼスフィリアの嫡男……生き急ぐにしても、限度というものがあるだろう……」
なぜだか、観客席は大勢の生徒でごった返しており……
その中にはルミエールやエリーゼ、セシル、クラリスだけでなく。
彼女の姿も、見受けられた。
「魅せてみなさい、このあたしに。あんたの力量ってやつを」
リンスレット・フレアナイン。
担任教師にして、現代最強の魔導士。
そんな人物の期待を受けていることが、癪に障ったのか。
対面に立つセオドアは眉間に皺を寄せながら、口を開いた。
「……たかだか中間層の雑魚を相手に、なぜこうも騒ぎ立てるのか、僕には理解出来ないな」
本当にその通りだよ、セオドア。
よくわかってるじゃないか、セオドア。
「はぁ。まぁいいさ。そんなことよりも……君と僕の差というものを、数値的な面で教えておこうか」
得意満面な微笑を浮かべながら、彼は言った。
「僕の学年ランクは、上級生において第五位。学園全体の格付けである学内ランクにおいては――第七位だ」
セオドアは続けて口にする。
「君はこれから、この学園内において十指に入るほどの実力者と戦うのだよ。まぁ、とはいえ、君如きに全力を出すつもりはないから、安心したまえ」
やめろ、セオドア。
それは敗北フラグというものだぞ。
俺の計画を妨害するんじゃない。
「……闘技場は、ご託を並べる場ではありませんよ、ミスタ・セオドア」
これ以上フラグを建てられてはかなわんので、さっさと勝負を始めるべく、挑発の言葉を口にする。
「貴殿の得意とするところが魔法戦でなく、口喧嘩であるというのなら……なるほど、居丈高な態度にも納得がゆくというもの。当方では敵いませぬゆえ、白旗を掲げさせていただきましょう」
これで一件落着といけば、たいへん喜ばしいところだが。
まぁ、望むべくもないか。
「ッ……! 図に乗るなよ、三下がぁッ!」
だから敗北フラグを建てるなと言ってるだろうが。
「ライトニング・インパクトッ!」
いきなり上級魔法か。
瞬殺してやりたいという感情が見て取れる。
だが……そういうわけにもいかない。
下手な負け方をしたなら評価が下がりすぎるし、さらに言えば、勝手に深読みしてあらぬ誤解を招く恐れもある。
ゆえに此度の決闘は「そこそこやれたけど、結局負けた」という内容で終わらせたい。
そうした意思のもと、俺はちょうどいい感じの防御魔法を展開する。
目前を覆う半透明の防壁。
それが顕現すると同時に、相手方が放った雷撃が肉迫し……
防壁へと直撃。
その刹那、こちらの調整通り、半透明の壁に亀裂が走る。
前後して、眼前の防膜が木っ端微塵に砕け、雷撃の一部が我が身を貫いた。
けっこう痛い。
中学時代の昼休み、学友達と肩パンし合っていたときのことを思い出す。
我が身に受けたダメージはだいたい、その程度のものだったが……
俺はあえて、大仰に膝を折った。
「くッ……! さすがですね、ミスタ・セオドアッ……!」
この一戦、俺の頭を悩ませる要素があるとしたなら、ただ一つ。
自らの大根芝居がどこまで通じるか。
それだけが不安の種であったわけだが、しかし。
このセオドア、存外、察しが悪かったらしい。
こちらの下っ手クソな芝居を、完全に信じ込んでいるようだった。
「ふむ……少しだけ、評価を変えてあげよう。君は防御魔法においてはそれなりに高い力量を持っているようだな」
眼鏡の位置を直し、それから、セオドアは次の言葉を放った。
「しかし……防御だけで勝負に勝てると思うなッ!」
大丈夫だ、セオドア。
俺はお前に勝つつもりなど、毛頭ないのだから。
「そらそらそらッ! どうした、アルヴァートッ! 防御だけが君の取り柄かッ!」
防戦一方を演じる。
そんな俺に対し、観客達は、
「すげぇな、あいつ。セオドア先輩の猛攻に耐えてるよ」
「素晴らしいガッツをお持ちのようね」
「防御魔法の技術も中々なもんだ」
そこそこの高評価。
されど。
「こりゃあ決着も時間の問題かな」
「まぁ、よく頑張ったよ、上級生相手にさ」
よっしゃ。
全員、騙されている。
案外チョロいぞ、こいつら。
「くぁッ……!」
我ながらクッサい芝居を打ちながら、地面をゴロゴロと転がる。
さて。
ここまでは完璧だ。
後は仕上げを行うのみ。
具体的には――
最後の悪足掻きである。
「くッ……! ファイア・ボールッ!」
相手方の猛攻が続く、その最中。
全身に雷撃を浴びつつ、俺は火球を繰り出した。
まさしく絵に描いたような悪足掻き。
当然ながらそれは空転し、その直後、俺はバタリと倒れ込む。
実に完璧なシナリオであった。
そして実際、セオドアはこちらの一撃を回避して――
「ッッ……!?」
回避、して。
……なんだ?
セオドアの様子が、どうにもおかしいぞ。
「ア、アルヴァート……いや、アルヴァート君」
「……はい、なんでしょうか」
「君は先ほどの一撃を、ファイア・ボールだと宣言していたね?」
「……それが、何か?」
困惑するこちらに対し、セオドアは大量の汗を流しながら叫んだ。
「冗談にしてもタチが悪すぎるッ!」
……意味がわからん。
「当方はただ、ファイア・ボールを放っただけですが?」
「まだ言うかッ! アレのどこがファイア・ボールだと言うんだッ!」
ガタガタと全身を戦慄かせながら、セオドアは次の言葉を放つ。
「君が放ったのはッ! 特級魔法、テンペスト・フレアだッッ!」
……は?
何を言ってるんだ、こいつは。
今し方のそれはどう見ても……
いや、待てよ。
まさか、そんな。
「さっきの魔法は、才能がない奴等からしてみれば、ただのファイア・ボールにしか見えなかったんじゃないかしら。けれど、少しでも才能がある奴等にとっては……とんでもない技術に見えたんでしょうね」
リンスレットが微笑を浮かべながら、種明かしをする。
「あんた等も知ってんでしょ? 攻撃魔法ってのは規模をデカくすることは容易だけど、その威力を凝縮して小規模な現象へ変換することは極めて難しい。アルヴァートはね、それをやってみせたのよ。特級魔法を用いて、ね」
……否定したい。
だが、これが事実とするならば。
ほんの僅かに疑問視していた、ある一件の辻褄が、合ってしまう。
そのことについて……
当事者たるルミエールが口を開いた。
「危ないところでしたねぇ~、セオドアせんぱぁ~い。もしも舐め腐って受け止めようものなら、きっとルミよりも酷い目に遭ってましたよぉ~?」
そして彼女は語る。
あの夜の真実を。
「これは自慢なんですけどね? ルミの魔力量って桁外れなんですよ。それこそ無意識に垂れ流してる魔力が、防壁の代わりになるってぐらいに。だから下級魔法は当然のこと、中級魔法だって無力化出来る。けれど……兄様のそれは、無理だった」
そうだ。
あの夜、俺はファイア・ボールを用いて妹を打ち倒した。
だが、それはよく考えてみると、おかしな話ではあったのだ。
なぜ、そのことを今の今まで、深く考察しなかったのか。
自らの不出来をここまで呪ったことはない。
俺は、自らの力量を、大きく測り違えていたのだ。
「兄様はね、特級魔法を下級魔法レベルの規模に圧縮して放つことが出来るんですよ。それがいかにハイレベルなことなのか、わからないようなお馬鹿さんは居ませんよねぇ~?」
……このことについて、一つ、大きな問題がある。
当然のことだが、俺は本気など出してはいない。
その証拠に適応の異能も、もう一つの異能も、あえてオフにしていたし、魔法についても最低レベルになるよう加減を重ねまくっていた。
特に攻撃魔法は確実に最下等のファイア・ボールを発動したと、そのように自覚している。
だから、そう。
俺にとっての最低レベルは、周囲の面々にとっての、最高レベルなのだ。
ゆえに、どれほど手加減を重ねようとも、俺は超高等技術を無意識のうちに扱ってしまうことになる。
……管理者よ。
確かに俺は、力をくれと頼んだ。
しかし、そうかといって。
ここまで強くしてくれとは言ってないッ!
「ア、アルヴァート君……い、いや、アルヴァート様……!」
全身をガタガタと震わせながら、セオドアがこちらの眼前にて跪き、
「全ての無礼を、謝罪いたします……! だ、だから、どうか、命だけは……!」
最悪だ。
もう、本当に、最悪だ。
「セオドア様。此度の決闘、勝者はアルヴァート様ということで、よろしいかしら?」
「む、無論にございますッ!」
「彼の生徒会入りは?」
「大賛成にございますッ! お望みならば僕の役職をお譲りいたしますッ!」
要らんわ、そんなもん……。
「では、これにて決着ということで」
その後。
クラリスはセオドアを連れて、いずこかへと消え失せた。
きっと誰の目にもつかぬところに連れ込み、性的な慰めでも行うつもりなのだろう。
しかし、そんなことはどうだってよかった。
今は、ただ。
「やべぇよ、あいつ……」
「誰だ、あいつを中間層にランクインさせたのは……」
「測定者の目が節穴だったのか、あるいはなんらかの政治が働いたのか……」
「いずれにしても……バケモンだな」
羨望。憧憬。
そして、畏怖。
絶対に浴びたくない視線と感情が、我が身を貫いている。
だが。
そんな中で。
「あたしの見込みは間違ってなかった。ま、当たり前のことだけど、ね」
こちらへの興味を強めたリンスレット。
「さすが我が夫! ますます惚れ直したぞ、アルヴァート!」
頬を赤らめ、興奮と共に恋心を口にするエリーゼ。
「それってぇ~、惚れ込むの間違いなんじゃないですかぁ~?」
こちらの力量に対して、特別どうとも思ってはいないルミエール。
「ははっ。やっぱりアルヴァート君は凄いや」
普段通りの笑みを浮かべたままのセシル。
……彼女等の存在は、唯一の救いといえるのかもしれないな。
ともあれ。
俺は天を見上げながら呟いた。
自らの心情を表すその言葉を。
たっぷりと、心を込めて。
「――どうしてこうなった?」
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