第一〇話 生徒会なんて入りたくないんだけど!


 貴人学園のタイムスケジュールは、現代日本における一般校のそれとさして変わりがない。


 まずは朝にホームルームを開き、本日の予定だとか、昨日の総括などを行う。


 今回は初のホームルームであったため、同室の学友達と面識を得るべく、自己紹介を行う運びとなった。


 こちらとしては、気になる生徒など存在しない。


 強いて言えばルミエールとエリーゼ、この二人ぐらいか。


 そうして生徒一同が名乗りを終えた後。


「え~。知らない奴は居ないと思うけど、一応自己紹介しとくわ。あたしはリンスレット・フレアナイン。この国で一番強い魔導士。けど少なくとも一年間は、あんたらの担任ってことで。ま、よろしく」


 ……気になる生徒は居ない。


 だが、気になる教師は確実に存在する。


 それがこの、リンスレットである。


 本日も彼女は露出度の高い、扇情的な衣服を身に纏い、周囲の注目を浴び続けていた。


 男子はその色香に惑い、女子は羨望と憧憬を向ける。


 そんな中で、リンスレットは断言した。


「ちなみに、だけどね。あたしアルヴァートにしか興味ないから。愛の告白とかされても無駄なんで、あしからず」


 瞬間。

 主に男子からの視線が、我が身に突き刺さった。


 ……なんてことをしてくれたんだ、この教師は。


 そう嘆いていると、


「リ、リンスレット先生っ! アルヴァートは我が婚約者ゆえ、色目など使ってもらっては困るっ!」


 主に男子達のボルテージが、さらに強くなった。


「エリーゼ様と、婚約、だと……!?」


「な、なら……あの御方と、昨夜は一晩中……!」


「ゆ、許せんッ……!」


 もうやだ。


 修正力よ、さすがにそろそろ、勘弁してはくれまいか。


「へぇ~。あんた等、そういう関係なの?」


「えぇ! 昨日、そのように決まりましたので!」


「ふぅ~ん。……略奪愛ってのも、面白いかもねぇ?」


 こちらへ艶っぽい目線を送り、舌なめずりをする。


 そんなリンスレットにエリーゼが対抗意識を燃やす中。


「申し訳ありませんけどぉ~。兄様はルミと一心同体なんで。誰が兄様を愛そうとも、ルミ達の間にある絆は超えられませんからぁ~。ざぁ~んねんでした~。ぷぷぷ~」


 ルミエールが参戦したせいで、余計に厄介なことになってしまった。


 ……これ以降、大きな問題が起きなかったのは、不幸中の幸いであったのだが。


 さりとて、本日はまだまだ、波乱の展開が待ち受けている。


 昼休み。

 俺はある場所へと呼び出されていた。


 そう、生徒会室である。


 既に主要メンバーはクラリスも含めて全員が円卓に就いており、いくつかの事案について話を進めていた。


「では……エリーゼ様とセシル様が副会長の庶務となることについて、異議のある御方はおられませんわね?」


 クラリスの決に対し、誰もが沈黙を保った。


 この学園における庶務というのは、特定の役員の下に付く、いわば使い走りのような存在だ。


 エリーゼとセシルは副会長であるレオナ・カリオールと縁があったため、彼女の下に付くという形で、生徒会入りを果たしたのだった。


 ……そのことについては問題じゃない。


 重要なのは、そう。


「続きまして。アルヴァート様を、わたくしの庶務として生徒会に迎え入れたいと考えているのですが……異議のある方はおられますか?」


 これだ。


 何がどうしてこうなったのか、クラリスは俺を庶務にしたがっている。


 当然ながら、絶対に嫌だ。


 何が悲しくて生徒会メンバーという特別な輪の中に入らねばならぬのか。


 我が境遇はただでさえややこしい状態だというのに、これ以上肩書きが増えたら手に負えなくなってしまう。


 だが、そうかと言って。

 クラリスの要請に対し、こちらから断りを入れるわけにはいかない。


 相手は王女殿下だ。

 そんな彼女の意を無碍にしたなら、学内は間違いなく騒然となるだろう。


 ゆえに俺は彼女の意に従ったわけだが、しかし、諦観を抱いているわけではない。


 業腹ながらも、今の俺は飛び出た杭に等しい存在である。


 であれば、確実に。


「僕は賛同できません。彼は生徒会に参入すべきではない」


 杭を打ち込む者が、現れる。


 彼は確か、風紀委員長のセオドアであったか。


 きっちりとした七三分けの黒髪と、神経質を絵に描いたような顔立ちが特徴的な生徒だ。


 このセオドアこそが、我が救世主となろう。


「彼は侯爵家の嫡男。よって家格は十分と見なしておりますが……しかし、学内ランクは中間程度の存在に過ぎない」


 そうだ。いいぞ。もっと言え。


「生徒会は常に優れた者のみを迎え入れるべきと愚考しております。ゆえに彼のような特筆すべき点もないような凡夫を入れるのは、愚策以外のなにものでもないでしょう」


 彼の発言に俺は胸中にて快哉を叫んだ。


 すばらしい。

 君は最高だ、セオドア。


 付き添い人として隣席に座るルミエールや、表面的な婚約者たるエリーゼは不快感を露わにしているが、そんなものは関係ない。


 この場においてセオドアは強者である。


 彼の意を曲げられるような存在が居るとしたなら。


「わたくしはそのように思いませんわ。セオドア様」


 そう、このクラリスを置いて、他には居ない。


 だがさしもの生徒会長といえども、鶴の一言で全てを解決することは出来ないのだ。


「お言葉ですが、クラリス様。生徒会には一定レベルの格が必要です。アルヴァート君を迎え入れたなら、それが貶められてしまう」


「であれば……アルヴァート様が自らの格を示したなら、生徒会入りを認めても良い、と?」


 この問いかけに対し、セオドアは眼鏡の位置を直しつつ、


「えぇ。左様にございます」


 即応した後、彼はこちらに向かって、


「どうかなアルヴァート君。君にその気があるのなら、僕を相手に、自らの価値を証明してみないか?」


 あぁもう、大好きだ、セオドア。


 彼は一言一句、ぜんっぶ思い通りに喋ってくれた。


 そう、俺はこの展開を待っていたのだ。


 王女殿下の要請をこちらから無碍には出来ない。


 であれば。


 要請が通らない状況を、作ればよい。


 セオドアの申し出に対し、俺は、


「自負なきゆえ、ここは一つ、辞た――」


「先輩に対して! 相応しくない言い様となるが!」


 えっ。


「我が夫を舐めるな! お前などに品定めされるほど安い男ではない!」


 ちょっ。


「同感ですねぇ~! 兄様は最強なので! あなた如きとは比べものになりませぇ~ん!」


 おい。


「ほ、ほほう。このセオドアを、そこまで見下げているというわけかね、アルヴァート君」


 どうしてそうなる!?


「い、いや。当方は決して――」


「ふざけるなよ、能無しの嫡男がッ! 数百年前ならばまだしも! 斜陽へ至りつつあるゼスフィリアなど、ゴミも同然だッ!」


 お前がふざけるな!


 こんな流れ、俺は望んで――


「よろしい。ではセオドア様。ご自身の自己責任にて、体感されてみてはいかがでしょう。アルヴァート様の真価というものを」


 …………。


「望むところッ! 君もそれでいいな、アルヴァートッ!」


 …………。

 ………………いいわけあるか。


 しかし、ここで断りを入れることも出来ない。


 王女殿下の要請が下ったうえ、セオドアまでやる気十分。


 ここで「嫌です」と言ったなら、評価が


 俺が望んでいるのはあくまでも中間だ。


 強すぎる幸福。

 強すぎる絶望。

 いずれもない、平穏な生活こそ我が理想。


 されどこの身の評価が最下等まで下がってしまったなら、そのときは味わいたくもない苦渋を舐めることになろう。


 ゆえにこそ。

 俺はもはや、こう答えるほかなかった。


「――――よろしい。貴殿の挑戦、受けて立ちましょう」

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