閑話 イジメっ子を無視した結果、王国を救ったことになった。意味が分からない。


 相手方の力量を見誤った。


 彼と、そしてこの少年、ラグザ・ヴィンドールの身に降りかかった想定外は、それが発端となっていた。


 彼にとってのラグザは「あからさまなイジメっ子」以外の何者でもない。

 そうした認識から、彼はラグザのことを「わかりやすい噛ませ犬」であると断定し、その力量を測り違えたのだ。


 しかしながら。

 実のところ、ラグザの学年ランクは――


 数字上はルミエールやエリーゼのすぐ下ということになるのだが、しかし、ランクというのは単純な戦闘能力だけで決まるものではない。


 頭脳面や人格、さらには家格に対する忖度感情に至るまで、さまざまな要素をもとにランクは定められている。


 ゆえに。

 純粋な戦闘能力だけで見れば。


 ラグザ・ヴィンドールは間違いなく、学年ランクの頂点に立つ存在であった。


 ラグザ自身もそれは理解している。


 我こそが初級生の中における最強。


 そうした強い自負が、少年の目を曇らせていたのだ。



 ……さて、少しばかり時は遡る。



 ラグザが彼に絡んだ、そのときの出来事を、ラグザ自身の視点で見てみよう。


「俺には君達に対する興味など微塵もない。ゆえに何を言おうと構わないし、何をしようとも知ったことではない。君達の好きにすればいい。俺もそうさせてもらう」


 彼はラグザとその取り巻きにそう述べてから、書物に意識を没頭させた。


 そうした態度は当然、ラグザの逆鱗に触れるもので、


「こ、この、野郎ッ……!」


 どこまでも不愉快な男だと、心の底からそう思う。


 初めて目に入れたそのときから、気に入らなかった。


 意中の相手であるエリーゼに対し、あろうことか、求愛行動。


 自分以外の人間が彼女に好意を伝えたという、それだけでも忌々しいことだというのに、エリーゼはそれを拒絶しなかった。


 その時点で、アルヴァート・ゼスフィリアは、ラグザにとっての攻撃対象として認定されたのだ。


 そして、そこへ、今。


「この、ラグザ・ヴィンドールをッ……! 虚仮にッッ……!」


 プライドを傷付けた相手という情報が加わったことで。


 ラグザは完全な、暴走状態へと至った。


「死ねや、ゴラァアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 拳に魔力を集中し、凝縮。


 ラグザの打撃は分厚い鋼すらも易々と貫通するほどの威力を持つ。 

 同年代が相手であれば、誰であろうともこれを防ぎきることは出来ない。


 ――で、あるにも関わらず。


「ッッ!?」


 ラグザは吃驚の声を漏らした。


 アルヴァートの後頭部へと突き進んだ拳は今、半透明な防壁によって受け止められている。


「なん、だと……!?」


 ありえない。


 この一撃は全力のそれであった。


 にもかかわらず、アルヴァートが展開した防壁には傷一つ付いておらず……


 当人は今なお、こちらに一切の関心を見せてはいない。


「くッッ!」


 歯噛みするラグザへ、そのとき、ルミエールが嘲弄の言葉を送る。


「きゃはははははっ! 無駄無駄無駄ぁ~! お前みたいな三下じゃあ、兄様に触れることすらできませぇ~~~~んっ!」


 腹を抱えてゲラゲラ笑う。

 そんなルミエールの姿を前にしたことで、ラグザは完全に自制心を失った。


「うぉらぁああああああああああああああああああああああッッ!」


 全身全霊のラッシュ。

 されどラグザの拳はやはり、眼前の防壁に対し、なんの成果も挙げられなかった。


「クソがぁあああああああああああああああッッ!」


 もうなりふり構わない。


 そんな意思表示を行うかのように……


 彼は、属性魔法を発動する。


「ちょっ……!」


「ラ、ラグザ君! さ、さすがにそれは!」


 太鼓持ちとして自己を確立している者達からしても、ラグザの行動は暴挙以外のなにものでもなかった。


 このままでは連帯責任を負わされてしまう。


 それを阻止すべく、彼等はラグザを懸命に止めようとするのだが。


「うるせぇえええええええええええええええええええええッッ!」


 圧倒的な実力差が、それを許さない。


 取り巻き達は瞬く間に吹き飛ばされ、意識を失う。


 そして。


「食らえや、ボケがぁあああああああああああああああああッッ!」


 初級生の中に在って、最強を誇る少年の全力。


 属性魔法の乱れ打ちがアルヴァートへと殺到した。


 その威力たるや絶大の一言。

 発生した余波が周囲の環境を秒刻みで破壊していく。


 気付けば図書館は半壊へと至っていたが、しかし。


 その爆心地たるアルヴァートは。


「ハァ……ハァ…………ウソ、だろ……?」


 無傷。


 依然として、防壁には傷一つ付いてはいない。


 さらには。

 この期に及んでなお、彼はこちらに一切の関心を持つことなく、書物を読み耽っていた。


「なん、なんだよ、コイツは……!?」


 理解不能。

 そうした感情が、先刻まで胸中を占めていた怒気を、根こそぎ消し去って。


 その代わりに、畏怖の情が芽生えた。


「無駄な努力、お疲れ様でしたぁ~~~~! 実を結ばない攻撃を必死こいて続行するあなたの姿は……ぷぷっ! ほんっとぉ~に滑稽でしたよぉ~~~~!? きゃはははははははっ!」


 ルミエールの嘲笑が、ほんの僅かにラグザを鼓舞する。


 だが、そのとき。


「あ~あ、ずいぶんと派手にやってくれたわね」


 瞬間。

 ぞわりと、全身が総毛立つ。


 ラグザだけではない。

 ルミエールもまた笑みを凍り付かせ、全身を戦慄かせている。


 ここに至りラグザは自らの愚を猛省した。


 なんということを、しでかしてしまったのだろう。


 自分は初級生の最強であって、それ以上でも以下でもない。


 そんな立場の自分が正当な理由もなく、大暴れしたのなら。


 よりに睨まれるのは、当然のことではないか。


「まったく。よくもまぁ、ここまで荒らしたもんだわ」


 カツカツと、ヒールの音が鳴り響く。


 ラグザとルミエールは、大量の冷や汗を流しながら、その人物を見た。


 リンスレット・フレアナイン。


 学園の教師にして、当代最強の魔導士。


 その戦闘能力は国家軍事力に匹敵するとされ、貴族達だけでなく、女王陛下すらも畏怖する存在。


 そんな彼女はまず、ラグザへと近付き、


「ここにはさ、まだ読みたい本があったんだけど。あんたが燃やしちゃったみたいね?」


 ニッコリと微笑む。


「あ……あ……」


 至近距離に絶世の美貌と、扇情的な肉体があるにも関わらず、ラグザの男性部分は萎縮しきっていた。


 そこへ、さらに。


「……この落とし前、どう付けてやろうか」


 リンスレットの全身から放たれる殺気。

 それは彼女からしてみれば、ちっぽけなものでしかなかったが……

 未熟な少年からしてれば、猛毒以外のなにものでもなく。


「うぁ……あ……あああああああああ……」


 ラグザは泣き出した。

 親にこっぴどく叱られた幼子のように。


「…………ふん」


 完全に興味を失ったリンスレットは、続いてルミエールへと目を向ける。


 彼女もまた、あまりの恐怖に涙を浮かべていた。


 こいつも、つまらない。


 そんなふうに冷めた目で見てから、リンスレットは視線を外し……


 最後に、彼へ目をやった。


「……いつ以来、かしら。あたしを無視するような奴は」


 そう。

 アルヴァートはこの期に及んでなお、現状に一切の関心を持ってはいなかった。


 書物を読み耽り、外界の顛末に対し、なんの興味も抱かない。


 そんな彼を見下ろしながら、リンスレットは満面に華やかな笑みを浮かべ、


「――――こっち向けよ、クソガキ」


 手元に真紅の剣が顕現する。


 それを目にした瞬間、ラグザとルミエールは彼女との力量差を理解し、愕然となった。


 リンスレットが召喚したのは、超高熱の凝縮体である。


 魔法は派手な現象を起こすこと自体は容易いが、逆に凝縮と圧縮を行い、派手であるはずのそれを小規模なものへ変換することは、困難を極める。


 仮にもし、いまリンスレットが手にしている真紅の剣を、あえて凝縮せずに顕現させていたとしたなら。


 学園はおろか、王都の一部がまるごと地図から消え去っていただろう。


 そんな超々々高エネルギーの凝縮体を。


 彼女は躊躇うことなく、アルヴァートへと振り下ろした。


「に、兄様っ!」


 さすがにコレは。


 そう感じ取ったルミエールは無意識のうちに叫んでいた。


 兄が死ぬ。


 それは、確定した未来であるかのように、思われたのだが。


「…………へぇ」


 リンスレットは笑う。


 眼前の状況に。


 自らが放った一撃の、結末に。


「まさかヒビも入らないとは、ね」


 ラグザのときと、まったく同じ。


 リンスレットの一撃すらも、アルヴァートの防壁にはなんの効果もなかった。


 そして。

 ここに至り、ようやっと。


 アルヴァートが状況を、把握する。



 ……ここからの展開は知っての通り。



 彼は理解不能な現状に当惑し、リンスレットからのラブ・コールを受けながら、その場より退出。


 それから。

 場に残されたラグザは両膝をついて、呟いた。


「…………リンスレット、様。オレ、退学、します」


「あっそ」


 どうでもいい。


 そんな声音を浴びせられても、ラグザには悔恨の情など湧いてはこなかった。


 幼き頃より神童と謳われ、その将来を約束された存在。

 だが、自らに対する圧倒的な自負は今や完全に消え失せ。

 ただ一つの情念だけが、胸中に渦巻いている。


 それはアルヴァート・ゼスフィリアに対する絶大な畏怖であった。


 学園を卒業し、貴族社会へと進出したのなら、あんなバケモノと渡り合わねばならないのか。


 そう思うと、未来に対して絶望しか感じない。


 だからこそラグザは自ら、己の将来を閉ざしたのだ。


 ……そして、それゆえに。



 このリングヴェイド王国は、存続の危機から脱することとなる。



 ラグザ・ヴィンドールは単なる噛ませ犬ではない。


 いうなれば……である。


 復讐の仮面鬼と高貴なるスレイブが発売するよりも、遙か以前。

 クランク・アップとしては初期作にあたる作品にて、ラグザは主人公を務めていた。


 彼が感じ取ったは、まさにそれが原因である。


 さておき。 

 件の作品は、現時点から一五年先の未来が舞台となっていた。


 研鑽を積み重ね、完成形へと至った主人公のラグザは、最強最悪の貴族として国内を席巻。


 欲望の限りを尽くした結果、リングヴェイド王国は滅亡の危機に瀕してしまう。


 そんな未来を、彼は知らず知らずのうちに防いだのである。



 後に。

 このことが切っ掛けで、彼は途方もない不本意を抱えることになるのだが。


 それはまた、別の話――






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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