第六話 イジメてくる輩は無視するに限る。……そう思っていた時期が(以下略


 入学初日は校内に設けられた式典場にて入学式を行い、それで終了となる。


 式の様相自体は特筆するようなものでもなかった。


 気になるところがあるとするなら……


 まずエリーゼ。


 なぜか遠くからチラチラとこちらへ視線を送り続けていたのだが、アレはいったいどういうことなのか。


 ……俺に、強い興味を持ったとでも?


 いや、そんなことはありえない。


 となると、答えは一つ。

 エリーゼが見ていたのは、俺の隣に立つ、ルミエールだった。

 そう考えれば辻褄が合う。


 何せ妹の学年ランクは堂々の第二位。

 きっとエリーゼは、自らの王座を奪いかねない相手に、強い意識を向けていたのだろう。


 これで一つ、疑問が消えた。

 やはりエリーゼに関しては問題ないと見て間違いない。


 そしておそらくは……式中にもう一つ気になった、についても、特に気にするようなことはなかろう。


 入学式の最中、教師陣の紹介があったのだが、その中に一人、原作に登場していない未知のキャラクターが居た。


 当代最強の魔導士。

 そんなふうに紹介された、赤髪の美女。


 その出で立ちは極めて扇情的で、抜群のスタイルを見せ付けているかのようだった。


 顔つきからも、己に対する圧倒的な自負を感じる。


 ……オリジナルのアルヴァートであれば、そのプライドをへし折り、徹底的な快楽調教の末に性奴隷へと堕としてやりたいと、そんなふうに考えるところだろう。


 しかしながら、俺は彼女に興味がない。


 今後、関わることもないだろうから、名前を覚える気にもなれなかった。


 ……さて。


 入学式を終えた後、案内人に従って寮へと移動し、自室に入る。

 貴人が対象なだけあって、その内観は極めて豪奢なものだった。


 そうして室内を一通り検めた後。

 俺はすぐ傍に立つ妹へ、問い尋ねる。


「……君、自分の部屋を確認しなくてもいいのか?」


「はい! 兄様のお傍に居るのが、ルミの役目なので!」


 まるで従順な付き人といった態度だが、俺は騙されない。


 背中を刺すタイミングを、四六時中探ってやろうという魂胆であろう。


 もっとも、ルミエールはこちらにとって脅威的な存在ではないため、何を企んでいようが「勝手にやっていろ」というところではある。


「……俺はこれから、予習復習のために図書館へ行くつもりだが、君はどうする?」


「もちろん! お供するに決まってるじゃないですか!」


「……邪魔は、するなよ」


 それだけ言い付けてから俺は妹を伴って、自室から出た。


 図書館は寮内に併設されており、かなりの蔵書量を誇るという。


 そこへ足を運ぶ理由としては、予習・復習というだけなく、この世界の設定などを確認するためでもある。


 この世界には修正力というものがあり、こちらにとって不都合な内容へと随時シナリオを更新し続けているのだ。


 そんな我が宿敵たる修正力に対応するには、この世界における様々な設定を把握しておいた方がよいのではないかと、そのように直感した。


 さらに言えば、図書館での学習は、モブキャラとしての自分を演出するということにも繋がる。


 何もせず部屋に引き籠もる怠惰な生徒よりも、勤勉な生徒の方が目立ちにくいものだ。


 そんな考えのもと、俺はルミエールと共に図書館へと入り、第六感が赴くままに書物を選択。


 それらを抱えてテーブルにつくと、早速内容を検め――


「ゼスフィリアくぅ~ん? 初日からお勉強だなんて、真面目だねぇ~?」


 不快な声音が耳に届く。


 そちらへ目をやると、複数人の男子生徒が立っていて。


「まぁ必死に努力もするわなぁ~。妹なんぞにランクで抜かれてんだから」


 先頭に立つ、いかにもイジメっ子といった男子に追随する形で、取り巻き達が口を開いた。


「マジだっせぇ」


「凡人がいくら頑張っても、天才にゃ敵わねぇってのに」


「悪いこと言わねぇからさっさと退学しとけや。な?」


 あからさまが過ぎる。


 修正力よ、俺がこんなものに乗るとでも思っているのか?


 不愉快なイジメっ子達を一方的にねじ伏せ、己が実力を周囲に見せ付けた結果、それを皮切りにサクセス・ストーリーが開幕する……


 といったシナリオなのだろうが、あまりにも見え見えというものだ。


 当然、俺としては――


「ねぇねぇ、兄様。こいつら、ブッ殺しちゃっていいですか?」


 ――ルミエールが口にした想定外の言葉に、ほんの僅かだが動揺する。


 まるでこちらの味方をしているかのような言い草であるが、俺は騙されない。


 きっと自分がイジメる分にはいいが、他人にその役を奪われるのは不愉快だと、そんなところだろう。


 当然、彼女の意図など認めてやるわけもない。


「邪魔をするなと言ったはずだ。黙っていろ、ルミエール」


「……はい、兄様」


 不承不承といった調子ではあるが、コクリと頷く妹。


 それを確認してから、俺は男子達へと目をやった。


 …………しかし、この先頭に立つ男子。

 どこかで、……


 ……ダメだ。思い出せない。


 まぁ、きっと大したことでもなかろう。


 そのように断定しつつ。

 俺は相手方に対し、淡々と言葉を紡ぎ出した。


「俺には君達に対する興味など微塵もない。ゆえに何を言おうと構わないし、何をしようとも知ったことではない。君達の好きにすればいい。俺もそうさせてもらう」


 修正力によって発生したであろうイベント。


 これに対するアンサーは、徹底的なガン無視である。


 衝突は論外。

 話し合いに持ち込むというのも、少々リスクを感じる。


 ゆえにここは無関心一択である。


 何もしなければ、何も起こることはない。


 俺は彼等の存在を視界から消し去り、当初の目的であった予習・復習に打ち込んだ。


 無論、相手方は無視されて愉快なはずもなく、さまざまな妨害を試みたのであろうが……こちらの認知するところではなかった。


 周囲に展開した防壁が彼等の行動だけでなく、邪魔な雑音さえもシャットアウトする。


 それゆえに……


 知る由も、なかったのだ。


 学習の最中、身の周りで何が起こったのか。

 そのあらまし全てが、まったくわからない。


 ただ、一つだけ言えることがある。


 俺はきっと、なんらかのミスを犯したのだろう。


 学習をあらかた終えた後、俺はなんの気なしに周囲を見回し……

 現状を把握した瞬間、無意識のうちに呟いた。


「……なんだコレは」


 荒れている。

 図書館の内部が、まるで戦後のように、荒れ果てている。


 そして。


 なぜだか、こちらに畏怖の情を向けるイジメっ子達。

 なぜだか、得意満面な顔で微笑むルミエール。

 なぜだか――


 我が眼前に立つ、当代最強の魔導士。


 彼女は深緑色の瞳を興味深そうに細め、こちらを見つめつつ、一言。


「結局、最後の最後まで関心を持たなかったわね」


 どこか弾むような語調で紡がれた美声。


 そうして彼女は真紅の美髪を靡かせ、こちらへと接近し、


「ねぇ、アルヴァート・ゼスフィリア。…………あたしの名前を、言ってみろ」


 口元には微笑を。

 目元には鋭さを。


 そんな彼女に対し、俺は。


「…………」


 強い焦燥感を、覚えた。


 名前。

 彼女の、名前。


 ……マズい。

 ……どうせ一生関わらないと断定していたので、まったく覚えてない。


 必死こいて記憶を探る。


 しかし、ダメだった。


 思い出すよりも前に、彼女は。


「あははははははっ! そう! このリンスレット・フレアナインですら、あんたの眼中にはないってわけね!」


 相手の方から名乗り、そして。


 あまりにも、最悪な台詞を、ぶつけてくる。


「…………いいわね、あんた。面白いわ。気に入った」


 もうなんの反応も出来ない。


 とにかく今は、ここから離れるべきだ。


 長く居座ったところで、良いことなど何もないだろう。


「……当方はこれにて失礼いたします。ミス・フレアナイン」


 さっさと足を運ぶ。


 彼女はそんな俺を無理に引き止めるようなことはしなかったが……


 代わりに、こちらの背中へ言葉をぶつけてきた。


「あんたのクラス、ね。あたしが担当させてもらうから。最低でも一年、一緒に学園生活を楽しみましょ? あたしを無碍にしてくれた、アルヴァート・ゼスフィリアくん?」


 どこか艶めいた声音。

 しかし、その奥底には、隠し切れないほどの激情が含まれているように感じられた。


 あぁ、これは、もう。


 完全に、標的となってしまったようだ。


「ふふんっ♥ さっすが兄様、初日から派手にやりましたねっ♥」


 なんか隣で妹が言ってるが、どうでもいい。


 ……俺はただ、イジメっ子達を無視しただけだ。


 奴等はどうやっても反応しないこちらへ諦観を抱き、去って行く。

 以降、多少絡んでくるようなことはあっても、何一つ問題にはならない。


 そのような結末となる、はずだったのに――



「――――どうしてこうなった?」

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