閑話 メイン・ヒロインの勘違い


 思考停止状態。

 エリーゼ・ルシフォルはしばし、そのような有様であったが。


「……アルヴァート・ゼスフィリア」


 ようやっと落ち着きを得た彼女は、遙か先に在る彼の背中を見つめながら、呟いた。


「……わたしは、誤解していたのかも、しれないな」


 この言葉に反応する形で。

 すぐ隣に立っていたセシル・イミテーションが、口を開いた。


「本当に想定外なことばかりだったね、彼」


 エリーゼは小さく首肯する。


「悪名高きゼスフィリア。世に出る前に、わたしが手ずから成敗してやろうと思っていた。しかし……まさか、思想を同じくする者だったとは」


 エリーゼは信じ切っている。


 彼の芝居を。

 彼の、虚言を。


 それも無理からぬことだ。


 家業と家名に対する侮辱を受け、それでも平然と接する。これについては誰でも可能。


 しかしながら。


 自らの真意を証明するために、絶対服従の誓約を行うなど、誰にも出来ることではない。


「……わたしは自分が恥ずかしいよ、セシル。彼には後で謝っておかねばな」


 かくして、この一件は終了。

 めでたしめでたし。


 ――というのが、彼のシナリオであったわけだが。


 実際、ここまでは完璧だった。


 しかし。

 彼は失念していたのだ。


 自らが行った誓約に関する、重大な作法を。


「そ、それにしても……まさか初対面のわたしに、など、してくるとは……!」


 そう。

 絶対服従の誓約においては、ほとんどの場合、相手方の右足にキスをすることになる。


 だがもし、左足にキスをした場合。


 それは絶対服従を誓うものであると同時に、相手に対する永遠の愛を誓うものと、そのように受け取られてしまうのだ。


「ど、同志であることは、認めてやるが……ま、まったく、初対面の相手にあんなことを……ふ、不埒者めっ!」


 否定的な言葉とは裏腹に、エリーゼの頬は紅く、口元は僅かながらも緩んでいる。


 彼にとっての、もう一つの誤算。


 このエリーゼ・ルシフォルは、とてつもなく、チョロい。


 原作シナリオにおいてはそうした側面がほとんど描かれていなかったため、彼はそのことにまったく気付いていなかった。


 もし知っていれば、別の手段を取ることも出来たろう。


 だが残念ながら。


「……なぁセシル。こ、これは別に、本気というわけでは、ないのだが」


「うんうん」


「か、彼は、そのぉ……わ、わたしの伴侶に、相応しいだろう、か?」


 これが現実。


 大きくぶつかることもなければ、極度の好意を抱かせたわけでもない。


 そんな彼の考えは大きな間違いであった。


「う~ん、そうだなぁ。ボクは彼のこと、信じるに値する男だと思うよ?」


「お、おぉ! そうか! 君もそう思うか!」


 腰に手を当て、豊かな乳房を揺らしながら、快活に笑う。


 そうしてエリーゼは天を見上げ、


「……誰もが嘲笑う、わたしの理想と正義。それを理解してくれる者が、この国に居るとは、な」


 完っ全に、勘違いしていた。


「互いに手を取り合い、王国の裏を消し去ったなら、その後は……」


 祝宴。


 挙式。


 そして――


 結婚初夜。


「ふ、ふふ、ふふふふふ」


 淫らな妄想に耽りながら、エリーゼは太股をもじもじと擦り合わせ、


「か、彼は子供を何人、求めてくるのだろうか……!? わ、わたしは、少なくとも……三人は、欲しい……!」


 本質的に彼女はエロゲのヒロインである。

 ゆえに、そういうことへの興味や願望は人一倍強い。


 これまではその欲求の向け先がなかったのだが……

 今やその全てが、彼へと集中しつつある。


「あぁ~。こりゃあ暴走気味、かなぁ」


 やれやれと苦笑しながら肩を竦めると、セシルはエリーゼの肩を叩き、


「とにかく、さ。そろそろ会場に向かおうよ。入学式に遅刻だなんて、洒落にならないし」


「う、うむ。そうだな」


 コクリと頷いて、歩き出す。


 そんな隣を行くセシル。


 端から見ても。

 あるいは当事者からしても。

 それを疑うことはないだろう。


 二人は古くからの友人同士。

 仲違いなどしたことのない、幼馴染み。


 だが。


「……なぁ、セシル」


「なんだい?」


「ちょっとばかり、おかしなことを言うのだが」


「うんうん」


 ここで立ち止まると。

 エリーゼは怪訝な顔をして、問うた。



「我々は――――?」



 セシルは答えた。

 にっこりと。

 無機質な仮面に刻まれたような、笑顔を作って。


「ははっ。やだなぁ。ボク達は長年連れ添った幼馴染みじゃないか。……忘れたとは、?」


 これにエリーゼは、


「――あぁ! そうだったな! すまない、変なことを言ってしまった!」


 あまりにも不自然な納得。


 以降、自らの内側に生じた疑問を完全に忘れ去り、彼女は校庭の只中を歩む。


 ――友人を自称する、その存在と共に。






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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