第五話 決闘展開など、認めてたまるものか
パッケージに描かれている複数のヒロイン達。
エリーゼ・ルシフォルは、そのセンターを担う存在であった。
陵辱系のアダルトゲームにおけるメイン・ヒロインという位置づけになっているだけあって、キャラクターデザインも需要に強く寄せたものとなっている。
凜々しい眉。
気の強さを表すような瞳。
清楚な印象を受けるポニテ状の黒髪。
……快楽堕ちを期待させる要素のオンパレードである。
そんなエリーゼは連れ立っていた男子生徒と共にこちらへ歩み寄ると、
「アルヴァート・ゼスフィリアっ! わたしは君と君の生家を否定するっ!」
原作通りの台詞を、放ってきた。
「……なにコイツ」
「……黙っていろ、ルミエール」
殺気を放つ妹を手で制し、傍観することを命ずる。
そうしてから俺は、エリーゼへと問うた。
「ただ今の発言、どのような意図によるものか、お聞かせ願いたい」
「自分の胸に手を当てて考えろっ! この不埒者めっ!」
とりつく島もないといった調子。
徹頭徹尾、原作通りだな。
問うておいてなんだが、実のところエリーゼの意図は十分に理解している。
彼女はあまりにも真っ直ぐな正義感を持っており、なおかつ潔癖なのだ。
ゆえに社会の裏というものを全否定している。
そんなものは在るべきでないと、そう確信している。
だからこそ、王国の裏を支配する一族、ゼスフィリア家の存続を認めない。
……原作において、アルヴァートは彼女の言葉を自らに対する攻撃であると捉えた。
さらには。
「おいっ! 聞いているのかっ!」
ボディーランゲージで怒りを表現する度に、いやらしく揺れ動く、豊満な乳房。
きゅっとくびれた腰。
短いスカートから僅かに覗く、ムッチリとした尻たぶ。
男の欲望をムラムラと沸き立たせる極上の肉体を前にして、アルヴァートはこう思った。
『先ほどの発言は、俺に対する侮辱という名の攻撃だ』
『であれば……こちらには報復の権利がある』
などと大義名分をでっち上げて、彼はエリーゼに適応とは違う、もう一つの異能を発動。
当初、エリーゼはその力に抗い、
『お前が何をしようとも、わたしが屈することはないっ!』
などと叫んでいたのだが。
最終的には。
『ま、負けまひたぁあああああああああああっ♥ わ、わたひはっ♥ 貴方様のメス豚でしゅうううううううううっ♥』
とまぁ、見事に快楽堕ち。
……その直後。
得意絶頂となっていたアルヴァートは、あるキャラクターの手によって無惨な結末を迎えてしまう。
……そんな未来を防ぐためにも、俺は。
「ミス・エリーゼ。貴女の言い分は
相手方の意図を、全肯定する。
「貴女の高潔なる信念と、それに伴う正義。……当方もまた、それを共有する者として動く所存であります」
「むっ……!?」
この返答は完全に予想外だったらしい。
エリーゼは眉根を寄せて、怪訝な表情を作り、
「何を、言ってるんだ……?」
「堂々と公言できるものではありません。しかしながら……貴女のご想像通りのことを、当方もまた考えているものと、そう理解していただければ」
遠回しな言い方をしたのは、言質を取らせないためだ。
エリーゼの目的は王国の裏を叩き潰すこと。
そのために、ゼスフィリア家を断絶する。
こちらもまた同じ考えだと、そんなふうに直接的な言い方をしたなら、後々面倒なことになるだろう。
だからこそ間接的な言い回しをしたわけだが。
「……っ! し、信用、出来るものかっ! この嘘つきめっ!」
理解は出来ても、納得がいかない。
そんな態度で、彼女はさらに言葉をぶつけてくる。
「このわたしを謀ろうなどと……! ふざけるなよ、貴様!」
勝手にヒートアップしながら、彼女は自らの左手に嵌めていた手袋を外し――
こちらへ、投げ付けてきた。
そして次の台詞を叫ぶ。
「――決闘だっ! 貴様の歪んだ性根を叩き直してやるっ!」
刹那、場が騒然となった。
「け、決闘だって!?」
「ミス・エリーゼは学年ランク一位……! 学内ランクにおいても、かなりの上位ランカー……! それに対して、ゼスフィリアは……!」
「入学早々、面白いことになってきたな……!」
地面に落ちた手袋を見つめながら、思う。
あぁ、これは、そういうことか。
以前より薄々勘付いてはいたのだが。
この世界は確実に、陵辱系エロゲのそれとはまったく違う形へと、シナリオを変化させつつある。
具体的には……学園異能バトル。それも俺TUEEEEE系であろう。
状況証拠を見れば、それは明らか。
学年ランク一位のヒロインと、冴えない感じの主人公が決闘を行う。
そんな序盤を経て、主人公は学園の頂点へと登り詰めていく……
といったシナリオに踊らされるつもりは、断じてない。
俺が望んでいるのは凡庸な、モブキャラとしての日常。
激しい絶望もなければ、狂おしいほどの幸福もない、穏やかな生活こそを理想としている。
だからこそ。
モブから主人公へのサクセス・ストーリーなど、まっぴらごめんだ。
そう断ずるがゆえに、俺は。
「……この決闘、お断りさせていただく」
そう口にした瞬間、周囲のざわめきが一層強くなった。
「け、決闘拒否っ……!?」
「ば、馬鹿な……!」
「家名に泥を塗る、どころか……汚物を投げ付けるような、行為……!」
この国はどうにも、マッチョイズムが強く根付いているような節がある。
だから決闘を申し込まれた際に、これを拒否するというのは、極度に見下げ果てた行為だと見なされるのだ。
「…………アルヴァート・ゼスフィリア。貴様には、誇りというものがないのか」
先刻まで抱いていた怒りが、別種のものへ変わったのだろう。
冷え切った目でこちらを睨み据えるエリーゼ。
このまま興味を失い、どこへなりと消えてくれるとありがたいのだが、おそらくそうはなるまい。
よって相手が面倒な選択をする前に、先手を打たせてもらう。
「貴女との決闘に、なんの意味がありましょうか」
そう述べてから。
俺は、彼女の前に跪いた。
「っ……!?」
これもまた彼女からすれば、予想外な行動だったのだろう。
俺は地に膝をつき、エリーゼの美貌を見上げながら、言葉を紡いでいく。
「我々は同じ志を抱く者同士。それがなぜ、傷付け合わねばならぬのか」
「き、貴様……! こ、この期に及んで、まだそんなことを……!」
「ミス・エリーゼ。貴女が当方を疑うのも仕方のないことでしょう。しかしながら……我が決意は、正真正銘の、真実だ」
そう断言して、俺は。
彼女の靴に口付けた。
「「「…………っ!?」」」
エリーゼだけでなく、周囲に居合わせた者全員が呆然となる。
俺が行ったのは、絶対服従の証明。
相手方の靴に、衆目の前で、口づけを行うということは、つまり。
相手方の意に逆らうような真似は絶対にしないということを証す行いであると同時に、衆目を証人とした、絶対的な誓約である。
もしこれに反した場合、最悪、御家の取りつぶしもありうる。
「……これで、信じていただけたでしょうか? こちらの言葉が真意であるということを」
反応はない。
エリーゼは呆然と突っ立ったまま、ぱくぱくと口を動かしながら、こちらを見つめるのみだった。
「……では、ミス・エリーゼ。当方はこれにて失礼いたします」
妹を伴って、舗装された校庭の道を行く。
よし。
多少目立ってはしまったが、まぁ修正可能な範囲であろう。
エリーゼとは大きくぶつかることもなければ、極度に好感を抱かせるようなこともなかった。
きっと彼女はこちらへの興味を失い、特別な干渉をしてくることはない、はずだ。
……まったく、本当に厄介な展開であった。
もし判断を誤ったなら。
最悪、命を落としていたかもしれない。
「……関わりたくない相手が、まさかあちらからやって来るとは、な」
小さく呟いた言葉。
その対象は……エリーゼでは、ない。
そもそも彼女に対する行動は全て、奴へのアピールだったのだ。
こちらは無害な存在であり、そちらの友人に害を与えるつもりは決してないのだと。
そのように強く強く、伝えなくてはならなかった。
そう――
エリーゼが連れ立っていた少年。
いや、もしくは少女か。
原作においても性別はおろか、経歴すらまともに掘り下げられなかった、謎の人物。
ただエリーゼの友人というだけの情報が公開されていただけの、モブキャラ。
にもかかわらず、金髪碧眼で中性的な美貌を有し、固有名まで与えられているという謎の優遇ぶり。
その名は、セシル・イミテーション。
彼、あるいは彼女こそが。
アルヴァートにとっての。
そして、俺にとっての。
――――死神である。
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