閑話 盛大に勘違いする父親達
ゼスフィリアに睨まれたなら、たとえ女王であろうとも逃げられない。
リングヴェイド王国の中に在って、かの侯爵家は特別な立場にあった。
ゼスフィリアは建国当初から存続する数少ない名家であり……国家の闇そのもの。
あらゆる汚れ仕事を請け負い続けた彼等は、いつしか王国の実質的な支配者とまで称されるほどの権勢を得ていた。
が……それも今や、過去の栄光でしかない。
今やゼスフィリアは、女王の使い走りに過ぎなかった。
かつては王国を裏で支配し、王族にも幅を利かせ、彼等を抑止する存在だったはずの名家は、没落の一途を辿りつつある。
だからこそ。
現当主リチャード・ゼスフィリアは、彼の生誕に打ち震えたのだ。
《魔物憑き》
それも、顔半分が異形という姿は、まさに。
夜王の異名で知られる初代当主と、まったく同じものだった。
それを目にした彼はこう思い込むに至る。
我が子は彼の生まれ変わりなのだと。
没落しつつある我が家と、それに呼応して権勢を強めつつある王家。
これらの問題を解決すべく、彼は現世へと蘇った。
そのように断じたからこそ、リチャードは我が子に初代と同じ名を与えたのだ。
そして今。
アルヴァートが去り、ルミエールの治療が済んだ後も、彼は跪いたまま――
滂沱の涙を、流し続けていた。
「やはり私は……! 間違ってなどいなかった……!」
アルヴァートに対する虐待も同然の仕打ち。
それは彼の中にある、初代の魂を刺激することを目的としたものだった。
よしんば初代が目覚めることなく、我が子のままであったとしても。
異能が覚醒したなら、それで十分。
もしそうなった場合、自分も妻も、ルミエールも、きっと皆殺しにされるのだろうが……その代わりにゼスフィリアの威光が全盛期のそれに戻るのなら、喜んで命を捧げよう。
しかし結果として、彼は自分達を生かした。
そのときのことを思い返しながら、リチャードは妻に問う。
「アルメリア。彼の目を、見たか?」
「えぇ、えぇ。まるでこの世全ての闇を凝縮したかのような、漆黒の瞳……あれは今までのアルヴァートでは、ありませんでした」
それ自体は事実なのだが……
ここから語る全てが、大間違いであった。
「これまでの惨い仕打ちを全て水に流す、その度量……やはり、間違いなく」
「えぇ、今のアルヴァートは」
「「初代様の、転生体となっている……!」」
本人がこの場に居たなら、きっとこう言うだろう。
誰だそれは、と。
「しかし……流石は初代様といったところだな。まさか学園への編入を望まれるとは」
「かの御方に学ぶべき事柄など、どこにもありはしない。にも関わらず、あえて編入を望まれたということは……」
「うむ。かの学園に潜む魑魅魍魎の気配を、鋭敏に感じ取られたのだろう」
勝手な勘違いを言い合う二人に、ツッコミを入れる者はどこにも居ない。
「まずは学園の闇を暴き、支配し……それから、王国の危機をお救いなさるつもりか」
「あぁ、初代様……! 我等が不甲斐ないばかりに……!」
勘違いに次ぐ勘違い。
その果てに二人はルミエールへと目をやった。
治癒を終え、正常な状態に戻った彼女は、両膝をついたまま、ジッとある方向を見つめ続けている。
そこは、さっきまでアルヴァートが立っていた場所。
虚空を見据える彼女の美貌には、敗戦の苦渋が――――微塵も宿ってはいなかった。
むしろ恍惚とした笑みを浮かべ、頬を朱色に染めている。
「ルミエールよ。お前もまた、かの御方と共に学園に編入するわけだが」
「足手纏いにならぬことは当然として。どのような形であれ、お役に立ちなさい。よろしいですね?」
反応はない。
ルミエールの脳内には、もはや二人の存在など入れ込む余地がなかった。
彼女の頭と心は、今。
ただ一人の存在によって、埋め尽くされている。
「
アルヴァート・ゼスフィリア。
その内側に宿る、平凡を望む男。
彼には知る由もなかった。
壊れ始めたのは、原作シナリオだけではないということを。
彼自身が描いたシナリオもまた、音を立てて、崩れ始めていた――
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